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饗宴の夢は蜜の味♭【前半】(黄猿夢)


あれは蜜のような甘いものではない
それはどろりと粘り気があり、濃密で絡めば絡み付く。
それはそれは花の顏の如く、光輝かんばかりの美しさを放ち、眼差しは妖艶に男を手招きをしているのだ


『饗宴の夢は蜜の味』

あれは忘れもしない…そう、こんな星が美しい夜だった。
天竜人の屋敷で行われた宴の席に海軍本部上層部の人間が招かれた。

招待客は世界貴族、政府の要人、他国の王族らといった面子。
広大な敷地に財力の限りを尽くした趣向が凝らされた豪華絢爛な宴の席を見たときは札束の数を思わず計算してしまいそうになったくらいのもので目眩を覚えた

目映いばかりの大きなシャンデリアの灯りで夜の暗がりが嘘のようで、何故こんな場所に招かれたことすら嘘のようだった

デスクワークに海賊を捕まえることばかりに追われる日常が恋しくなったそんな時、会場であるホールの階段から下りてきた
一人の少年に年甲斐もなく自分は目が釘付けだったのを覚えている

天竜人ロズワード聖一家に囲まれて、儚げに微笑んでいる一際目を惹く人物に誰もがひそひそと面白いくらいざわめいていたのを覚えている

「見ろ、あれが『寵姫』だ」
「なんて美しい」
「あの顔、あの身体。とても並の女では太刀打ち出来ないわ…憎らしい」
「あれと床を共に出来るとはチャルロス聖も幸福者だ」

男達の鼻の下はだらしなく伸び、女達の眼差しは羨望と嫉妬に満ちているその光景があまりにも対照的で滑稽に見えたからだ

誰もが頭を下げ、声をかけようと我先にと近づき、輪を作っていた。
輪の中心人物は夫の隣に慎ましげに立ち、義妹に腕を組まれ、義父に腰を抱かれている

天竜人ロズワード聖の子息チャルロス聖の正室である。
通称『寵姫』と呼ばれるその人だった。
頂点に立つ者の寵愛を一身に受けるその様子からその呼び名が出来たと呼ばれている

表向きは『ワノ国の姫君』らしいが実際はただの少年だ、まだ18の子供。
その秘密は世界政府の一部関係者、海軍本部の上層部だけが知っている。
それに黙っていれば『男』とは分からない程の美貌の持ち主である、その証拠にこの五年間誰にも疑われていない

今年18歳になる少年にしては寵姫は女よりも美しい姿をしていた
若い瑞々しい白い肌と見事に真っ直ぐな黒髪が魅力的で異国情緒がどことなく漂う

真っ直ぐとした艶やかな長い黒髪を白い花の髪飾りで一つに束ね、動くたびにそれが腰元で揺れている
目の色より濃い紫のホルターネックのドレスは大きく開いた背中が露になり、こつこつと浮き出た背骨が妙に艶かしい
胸元にも髪飾りと同じ白い花が飾られていた
耳には動くたびにしゃらり、しゃらりと真珠とプラチナの長い耳飾りが揺れているのが見えた

細い柳腰から下にかけてのマーメイドラインは無駄な皺一つない美しいものだ
薄い胸にある膨らみは偽物だろうが、華奢な体型のわりにある肉付きのよい二の腕や尻は女に退けをとらないものだろう

だが、なんといっても顔立ちの美しさだろう
長いまつげに縁取られた儚げな薄紫色の目が特徴的な端正な顔立ち。
まるで芸術家に造られた女神の彫像のようだ
美の基準は人の好みの前に『比率』だろう

確かに好みは分かれるかも知れないが、『海賊女帝』と『寵姫』は世界の海で知れ渡るほどの二大美女である

どちらも魅力的で対照的
甲乙等誰にも決められない

財力と時間をふんだんに使って作られた寵姫
この世のものと思えぬ美女は絶対権力によって
男から女に変わってしまったのだ

「相変わらず美しい」
「全く、女でも見惚れてしまうほどに輝いてらっしゃるわ」
「ほら、あの笑顔…なんて美しいの」

まさに調教され尽くした籠の鳥である
従順で淑やか、気品漂う正室は噂の的のようだ

よく耳に情報が入る入る

「でも寵姫様…御子様はまだみたいね」
「チャルロス聖は他に側室を沢山囲っている…そちらの子供を養子に迎えればいいものの」

子供が出来ない?
当たり前だ。夜な夜な『男』を抱いているのだから、いくら抱いても何も孕むまいに

場所を変え、ウォッカマティーニの入ったカクテルグラスをボーイから受け取りながら、他の貴族達の会話が鮮明に聞こえてくる

グラスに口をつけて、その会話に耳を傾けるとこちらは少々…いやとても上品とは言えぬ会話をしていた。飲まねばやってられまいに

「寵姫の『宴』は毎回鑑賞しているが飽きないねぇ」
「この前のあれは滾りましたなぁ…いやはや、醜いものが美しいものを陵辱の限りを尽くす光景はいつ見てもいい」

噂ではあのロズワード聖一家は夜な夜な、『宴』と呼ばれる狂宴を繰り広げているらしい

主菜は『寵姫』
お供にはシャンパンが定番だとか
一部の天竜人だけが招かれるらしい


穏やかな微笑みを浮かべながら
今も他の貴族と話をしている『夫』であるチャルロス聖に手を握られ、シャルリア宮に腕を組まれ、ロズワード聖に腰を撫で回されている寵姫をちらりと横目に見る

きっと本人は知らないだろう、この会場でどれだけの人間に自分のことを話されているのかなど

穢れ一つ知らぬような涼しい顔でまるで聖女のような笑みを浮かべているが毎夜、淫欲に溺れているのかと思うと笑えてしまう

皆、何に惹かれているのか?
随分な溺愛ぶりだ、いや陶酔か?
この異常なまでの寵愛ぶりは世界政府、海軍本部上層部でも有名な話だが、何故こうも特別視されているのかは分からない

豪華な紫水晶の嵌められた首輪はそんな寵姫への強い独占欲だろう
今はドレスの為見えないが、厄介な人種に寵愛を受けてしまった哀れな少年

「ありゃあ、『寵姫』じゃないの…珍しいもん拝ませてもらったね。」
「寵姫ねぇ〜…ってなんでお前がわっしの隣にいるんだぃ?」

「暇だから?」
「…全く、なんでわっしら海軍本部の海兵が正装でこんな大層な宴に呼ばれにゃいけないのかね〜」

隣でウィスキーのグラスを傾けながら、同じ場所に視線を送っているクザンに尋ねる黄猿ことボルサリーノは着慣れぬ燕尾服に愚痴を漏らした。

いつも羽織っている『正義』と書かれた白いコートは今日はない
ドレスコードのパーティーだ、男は燕尾服、女はドレスを着用し、ダンスパーティーやら立食を楽しんでいる

「サカヅキはどこ行ったのかね〜」
「さっきダイナマイトボディーの姉ちゃんに連れて行かれちまった…真っ赤なドレス着たイイ女だったなありゃ」

海兵の一部がこのパーティーに参加している大きな要因は反政府の人間がなにかしでかした時、会場の貴族達をすぐ救出出来るからだろう

きらびやか過ぎる貴族達のパーティー
小編成のオーケストラが会場の端でダンスパーティーのBGM係をしている

豪華な一流料理人が作った料理がずらりと輝き放つ銀食器のプレートに品よく並び、酒の入ったグラスをウェイター達が切らさぬよう配り歩いていた

女達は今日と言う日にどこまで着飾るのかと思うほどに色とりどりの彩色の鮮やかな様々なデザインのドレスに身を包み、宝石を輝かせながら完璧な化粧で男達に微笑みを送っている

「場違いすぎやしないかぃ〜…わっしら」
「まぁ…仕方ないんじゃない。招待されたんだから」

こんな陳腐な面白味のない宴
デスクワークの方がまだ面白い

はぁ…とため息を一息吐いた時だった
寵姫が天竜人一家からするりと離れた
気分が優れないのか一人にして欲しいと言うジェスチャーをすると薄紫色の肘上まである手袋越しの手で口を覆いながらバルコニーへと早歩きで歩いていく姿が目に入った


「ちょっとわっしは席を外すよ〜」
「へっ?…あぁ、いってらっしゃい」

気になった
否、ずっと気になっていた。
五年前初めて会ったときから
寵姫と呼ばれるあの少年がどうしてこうも他者を惹き付けるのか…
そして自分は…

足は自然とバルコニーへ向かっていた
空になったグラスを机に置いて。












…………

腰が痛い
下半身が気持ち悪い
大方、昨日のあれのせいだろう
『宴』は朝まで続いた。犯され続け、最後は意識を失って気づいたら体を綺麗に清められて寝台に横たわっていた。あれのせいだ。
そして目が覚めれば今日の宴
今日は五度目の結婚記念日、毎年金に糸目をつけぬ豪華な宴が催される。五年目の今日は様々な人種が招かれたようで先程からずっとお飾りの着せ替え人形のようだった

いつまでこんな茶番劇は続くのか
彼らは僕を片時も離してはくれない
いつもの事だが…どうしてあぁも執着するのか

自分自身分からない
女ならいくらでもいる
美女も選り取り見取りじゃないか
男の僕に女の格好をさせて、女の真似事をしなくてもいいではないか
そんなことを考えてしまったらきりがない…。

今日のドレスが比較的軽いものでよかった
コルセットなどされたら倒れていたかもしれない
侍女の皆さんに感謝だ。

夜の風が吹くバルコニーに出て大きく深呼吸をした。
テラスに凭れて、海の匂いがする風が人で充満していた会場のせいで熱かった自分の体を冷ましてくれるようだった
澄みきった夜の匂いがする

自由になりたい
解放されたい

そんなことを考えながらふとバルコニーの下を見ると見事な薔薇園がまるで庭園迷路のように広がっているのが視界に入った

『薔薇園…』

人でごった返したパーティーよりは心落ち着きそうだ。
花は好きだし、自分の為に建てられた東屋はいつも育てた花が咲き乱れている
マリージョアで唯一心落ち着く憩いの場所だ

好奇心に負けてするりとドレスの裾を持ち、白い大理石の階段を降りて行った。

一人になりたい、今だけでも
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階段を降りるとそこは別世界のようだった。


「綺麗…」

うすぼんやりとライトの光が薔薇園を照らしている
赤や白や黄色、桃色、また珍しい紫色や青い薔薇まで沢山の品種や蔓薔薇が高いアーチ上の天上や壁を作っていた
まるで庭園迷宮のようだった
行き止まりや曲がり角がくねくねと続いている。行き止まりにはベンチがあり、よく手入れされた薔薇園は財力と時間が伺える。立派なものだ

道なりに進むと少し開けた場所に出た。
外灯が橙色の光を灯し、白いベンチを照らしている。

大きな白いベンチに腰掛け、薔薇を眺めながら
履いていた真新しいハイヒールに手を伸ばした。
パチン パチンとハイヒールの足首のベルトを外すとなんとも言えぬ解放感に包まれ、それをそっと芝生の絨毯に置いた

痛い
新しく新調された靴のせいで靴擦れを起こしている
薄手のストッキングを履いていても固い革は容赦がないようだ

髪飾りとお揃いの花飾りが装飾された白色の革パンプスを脱いで柔らかい芝生の感触を足の裏で確かめていると遠くで宴の華やかな音楽や人々の声が聞こえてくる。主賓がおらずとも宴は進むのだ

薔薇の香りに包まれながら目を閉じた
束ねた長い髪を肩にかけて、それを指ですく

『…疲れた。』

「本当にその通りだよねぇ〜」
「っ!?」

いきなりの声に驚きすぎて、思わず身構えてしまった
自分の真っ正面に男が立っていたのだ
驚かない訳がない…いつの間に

黒の燕尾服を着ている大柄な男
もうとうに50はすぎているであろう年の功の海軍最高戦力を担う一人

「何故海軍本部大将が此処に…っ」
「覚えてくれてと嬉しいねぇ〜なぁに宴に呼ばれたもんだからさ…お久しぶりだねぇ〜お姫様。」

結婚記念日おめでとうございます。
彼はそう言った。

海軍本部大将黄猿
長身のこの男の色眼鏡越しに見下ろされた目に思わず体がぞくりと震えてしまう
フジは無意識に黄猿を睨み付けた

海軍は苦手だ…いや嫌悪に近い感情がある
助けを求めて一度海軍本部へ逃げたことがある、だが海軍本部は迷わず自分を天竜人に戻した。
飄々としたこの食えない男…海軍本部大将黄猿は海軍の中でも自分と繋がりある人物だった

「あの時以来かぃ〜随分大きくなったねぇ」

“それに綺麗になった…”

海軍の中でも大将黄猿はどうしても好きにはなれなかった
このどっちつかずの雰囲気が好きにはなれないのだ。
天竜人関係を担当しているのか、あの時も彼が自分を聖地に戻した。


「宴の席を離れちゃ駄目だよ〜花が無くなる」
「貴殿には…関係ないことです。」

ふいと顔を背けると黄猿は腰を下ろし、膝を地面につけた
するとふと自分が先程脱いだパンプスを掴んでいるではないか

「暴漢者に何かされたらどうする気なんだぃ〜お姫様…ちと、無防備すぎやしないかぃ?」
「こんな場所で襲われるわけが…「ないとは言えないよ」

耳を傾けてごらん
男は飄々とした様子でハイヒールを眺めていた
白い花が飾られたハイヒールは外灯の光に照らされ、ぼんやりとした橙色に染まっている

フジは黙って耳を傾けた。

『ん…はぁっ…』
『あっ…そこは』

「っ…!?」

今まで意識しなかったから分からなかったが薔薇の壁に阻まれて『男女の逢瀬』が繰り広げられているではないか

女のくぐもった甘い喘ぎ声が聞こえてくると無意識に顔に熱が集まってくる
別に初な未通女ではないが、それでも18にもなればその意味を理解し、恥ずかしくなってくるのだ、例え男であろうともだ。

あれは情事の声だ
甘い、どろりとした濃密な夜の声だ
意識したら鮮明に四方八方から聞こえてくるのでますます気恥ずかしさで一杯になる

『嘘…こんな場所で』

来るとき遭遇しなくてよかったと心底思ったが今は羞恥心で熱くなった顔を冷ましたい

ぎゅっと膝でドレスの布地を握り、俯いていると
口を開いたのは相手方だった

「アーチがあるから上からは此処の様子は見えないようになってる…格好の場所だろうねぇ〜」
「わ…私はそんな事知らな…っ」

唇に黄猿の指が押し当てられて、彼は跪いたままフジの足首を取った

片手にはハイヒールがあり、それを馴れた仕草で履かせる

「宴ってのはそんなもんでしょうよ」
「っ…!!」

視線が交わる瞬間、フジの心臓はびくりと震えた気がした。
ぱちりと足首のベルトを留めらると、彼は口角を上げるだけの笑みを作り
指でつつっと足首から脹ら脛を撫で上げた
ストッキング越しでもぬるま湯のような体温が、固い指の感触が伝わってくる

「綺麗な脚だねぇ」
「っ…触らないで下さい!」

この男の真意が分からない
何を考えているのか

フジは黄猿の手を払い落とし、睨み付けた。
だがそんなもの、海の荒くれ者を相手にしてきた百戦錬磨の男からすれば子猫の睨み付けと同じようなもの

「一夜限りの逢瀬も宴の楽しみさねぇ〜」
「何を…」

逃げたかった
だが、長い彼の両手が逃がすまいと自分を挟んで小さなベンチの手摺を掴んでいて逃げられない

「会ったのがわっしで良かったねぇ〜…他の男に襲われたら、世間に男だってバレちまうかもしれなかったねぇ」

するりと腰に手を回される
力強いその手はグイッと引き寄せると耳元に口を寄せてきた

“ちょっとオジサンと遊んでいかないかぃ?”


低い、艶のある『男』の声が鼓膜に響くと心臓が早く脈を打つ
何を言ってるんだ、この男は
バレたら死罪になってしまうかもしれないのに…火遊びがしたいというのか

「何を…言ってっ!」

言葉と反比例して身体に熱が籠る
周囲の熱はあちこちで上がっているのが耳に伝わってきた
これは羞恥心だ…そうに決まってる
仮にも男だ、他人の『情事』を聞いて恥ずかしくない筈がない
調教しつくされたこの身体が嫌になった。
他人の熱が身体に伝わるだけなのに

男なのに…
分かってるのに…

どうしようもなく『男』に惹かれてしまうのだ


遠くで鐘の音が鳴っていた
ゴォーン、ゴォーン…と大きな鈍い音が時間を知らせる
0時の鐘だ、それは間隔を開けながら1、2…と鳴らしていく


「こんなこと…許されませんよ…っ」
「じゃあ…わっしとお姫様とだけの秘密にしておけばいい」

「私は…男です」
「それだけ可愛ければ気にならないでしょうよ」

ゴォーン…

最後の鐘が鳴り終えると同時に男はにやりと笑った。




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