[携帯モード] [URL送信]
雲雀の闇【シリアス/第一部終了】


この闇に光などない
一筋の光すら掻き消してしまう悪魔が
いつも牙を向いて笑っている
ほら、聞こえる?

また何かが壊れる音が鼓膜を震わせる

『雲雀の闇』



「…………」

目が覚めたら知らない天井だった。
少し固い寝台の上で眠っていた
帯は眠る為か外されているし、小袖は綺麗に椅子に掛けられている
誰かが脱がしたのか、薄桃色の襦袢姿で寝台から体を起こした

此処は何処だろう
僕は一体あの時…

「…っ」

脳裏に過った光景
幼馴染みの罵声と悲痛な笑み
フジは目を閉じた


物心ついた時には隣にいたサク
芸と同じくらい傍にいた
信頼もしていたし、お互いも理解していたつもりだった

兄弟のように、幼馴染みとして育った
いつの間にか知らぬ所でその関係は壊れてしまっていたのを自分は知らなかった
否、最初から互いに傍にいたつもりだったのかもしれない

自分は気づいていなかった
彼の笑顔にどこか陰があり、その目に光はなかったことを気づけなかった
これはあまりにも悲しいことだった

自分は今まで…彼の何を知っていたのだ
なにも知らなかった
だから、今胸が押し潰されるように悲しい


「…う…っ」
泣くな、泣いてはいけない
何かが変わる訳がないのに涙は頬を伝い落ちる



「入りますよぉ〜」

突然聞こえた扉をノックする音と声
後に間髪いれずに部屋に入って来たのは今、一番会いたくない男だった

「…無礼ですよ……大将黄猿殿」
「それは失礼しましたね〜」

大将黄猿ことボルサリーノは部屋に入るなり、寝台の近くにあるソファーに腰かけた
長い脚を弄ぶように脚を組み、こちらを色眼鏡越しに見ている

フジは思わず寝台の上で足を抱えた

「船は聖地マリージョアへ進路を進んでいます。あと、1日もあれば着くでしょうよ」
「……………」

ボルサリーノの声をよそにフジは冷たい目をしていた
涙の跡がうすらと残ったその顔は以前のような人形のような清ましていた表情ではなく生きた人間の顔だとボルサリーノは思った。

「あぁ〜…ご気分は如何で?」
「………出ていって下さい。…舌を噛みきって自害などしませんし…自爆もしません…もう逃げません…貴殿方の手を煩わせません」

“一人にして下さい”

フジは寝台の上でボルサリーノに背を向けて横たわった
体を丸めて、目を閉じた

「…船が到着したらまた来ましょうか〜」

ボルサリーノは立ち上がり、フジの丸まった身体に毛布をかけてやり、部屋から立ち去ろうとした。
扉の前でノブに手をかける前にふと口を開く

「トラファルガー・ロー…ハートの海賊団の詳細…知りたくないんですかぃ?」
「…………」

「これはわっしの独り言なんで気にしなさんでくださいね……やつらはまんまと逃げちまいました。生きてますよ」

自分はあの時、一人で行動した
出港前、それも海兵がいる中…マントもせず、顔も隠さずに…馬鹿だ。
着物など目立つものを着ずに身を隠すべきだった

「まぁ…もう二度と会えないでしょうが、お伝えだけはしておきます」

もう過ぎたことなのだから
嘆くのは止めよう
彼らが無事に出港出来たのならそれでいい。
自分の事など忘れてほしい
忘れて、航海を続けてくれればいい
最初から…自分は余所者なのだから


「……っ」

私の事など
あの人の事など
全てを忘れてしまえばいい。

あの人の匂いも
肌の温もりも
髪の感触も
声も
全て、全てを忘れてしまえば
違えた歯車も元に戻るだろう
何もかもがきっと…何もなかったように進み始める

「もう…出ていって下さいっ…!」

フジは声を荒げ、怒鳴った
先程までの弱々しさはなく、今は芯を持った刃のように鋭く、ボルサリーノを射抜く

ぞくりと、思わず身体が震えた
足の先から頭の天辺までを何かが走り抜けたようだった。
変わった男だと笑われるかもしれないが、この男はやはり人を惹き付ける天性の何かがあるようだ

寵姫、ただ美しいだけではない存在
天竜人関わらずに他者を惹き付ける『魅惑』の力
覇気ではない、甘く芳しい何かに人は惹き付けられる

そして自分は…

『やっぱり…イイ目だねぇ〜』

この鋭く光る一瞬の輝きが堪らなく好きなようだ。
ボルサリーノは薄ら微笑むと扉を開いた

「また船が到着したら来ます、それまではゆっくりしてて下さいな。何かあれば外にいる海兵に言ってください」
「……っ」

かといって何をする訳でもない
手を差し伸べてやるでも、助けてやる訳でもない
只、自分は成すべき事をするだけだ

世界政府は何を企んでいるのか
寵姫をどうしたいのかなんてどうでもいい

『お姫様、あんたは自由が欲しいだとか言ってたけどねぇ』

どの世界で生きるにも
本当の自由なんてものは何処にも存在しないし、在ると言えばあるのかもしれない
お前さんが考える概念がいかほどのものかは知らないが、何かしらに縛られて生きるのが人間と言うものだ

それらの束縛全ての箍(たが)が外れたら人間は人間で在るのだろうか?
運命という陳腐な言葉を使いたくはないが、彼に絡み付いた糸はそこらの人間よりもずっと複雑で、ずっと切れにくいものなのだ。

フジの啜り泣きの声を聞きながら、ボルサリーノは部屋を出た。

さぁて、奴等はどう出るのか
未だ逃走を続けるあの海賊共は



「船長!!海軍振り切りました!!」
「一体何だってこんな…っ」

一方、ロー率いるハートの海賊団は海軍からの攻撃を受けていた。
一時間前、港でまだ来ないフジを待っている最中隠れていた海兵達からの襲撃、今は攻撃の届かない深海を船は進んでいる。

「どこで情報が…っ」
「いや、堂々と停船してたんだ。それくらいのリスクはあった、俺たちはお尋ね者だしな」

シャチとペンギンの会話を聞き流しながらローは刀を持ち直した。

「キャプテン、どうしますか。姫さんはきっと海軍に…」
「………様子を見るしかない。今のままじゃ、俺たちは海軍本部と世界政府に挑むのはあまりに無謀だ」

寵姫は謂わば世界貴族、天竜人の所有物
裏には世界政府がついている。となれば名の知れた海賊団と言えども負けは見えている。

「キャプテン!!」
「………なんだ、ベポ」

誰もが頷いていた時に声を上げたのはベポだった。

「フジは…キャプテンの事が好きなんだよ!!一緒にいたいんだよ、あんな場所に帰りたくなんてないに決まってる!!」
「だったらなんだ…お前は海軍本部精鋭と世界政府を敵に回せるのか?」

大きな体を震わせて、ベポは苦虫を噛み潰したような表情で俯いた。

「でも…可哀想だよ…っ!」
「可哀想、なんて同情する輩は幾らでもいる。ヒューマンショップで売られていった奴等だって『可哀想』で済まされると思うがな。」

誰もが幸せな訳じゃない、不幸な人間は沢山いる。どんな人間だって何かを背負って生きてる…あいつだけじゃない

俺たちは不幸な人間を助ける正義も義理も持ち合わせてない、あったら海賊なんかしてるわけがない。

ローはそう言い放つと部屋を出た。
その思案は彼一人しか知らず。

「………ちっ」

舌打ちは静かに廊下に響いた。

-------------------------------------



「聖地マリージョア!!到着しました!!」

聖地マリージョアに一隻の海軍戦艦が港に錨を下ろすと渡し板が港の地につけられる。
海兵達がずらりと左右に並び、間の通路にレッドカーペットの道が出来上がると船内の扉が開き、その人物は静かな足取りで段差を跨ぎ、渡し板を渡る

『僕には…もうこの道しかないというのか』

フジは真っ直ぐとその道をゆっくり…着実に一歩ずつ聖地へ進んでいく、唇を噛み締めながら歩くその表情は憂いに満ちている。

少し後ろを歩くのは海軍本部大将の一人、その後ろには本部の将校クラスの海兵達が護衛もとい『見張り』がいる。逃げるなど可笑しな真似は出来ない…首輪の操作機器も大将黄猿が所持しているのなら不可能だ。

此処は聖地マリージョア
世界政府の本拠地であり、中枢。
そして………

「ご無事でなによりです、寵姫様。」
「………出迎え、ご苦労様です。」

世界貴族天竜人達の居住地でもある。
天竜人ロズワード聖一家の執事と馬車が迎えに来ていた。
フジは『寵姫』の仮面をかぶるしか術はない、今は従うしかないと理解すると開けられた馬車の中へ足を進める

「皆様、首を長くしてお待ちかねです。」
「…。」

席に座ると扉が閉められた。
馬車は次第に走り出す。

ガタガタと規則正しい馬の足音、車輪の回る音を聞きながら短期間に起こった事、出会った人達の顔が浮かんでは消えていく。

あぁ、ロー様に頂いた着物…あそこに落ちたままか。
船にやりかけの繕い物を置きっぱなしにしてしまった。母の形見の扇子も船に置いたままだ
捨ててもらっても構わないけれど出来れば捨てないで欲しいな

僕のいた証が1つでも誰かの記憶にあるのならと矛盾した考えを巡らせてしまう。

ロー様、ベポやシャチさんにペンギンさん。船員の皆さんは無事だと良いけれど…いや、無事だ。無事な筈だ。

フジは膝で握りこぶしを力強く握り締めた。

『もう…会えない……もう…。』

塞がった筈の腹の傷がずきりと痛んだ気がした。
完治はしている、傷痕もうすらとしか残っていない。彼が完璧に治したのだから大丈夫な筈なのに

忘れなければならないのに…もう誰にも迷惑はかけたくないのに……っ


----------------------------
一方、その頃ローは一人部屋にいた。
静寂が包むその部屋で彼は何を思うのだろう、その手には薄汚れた扇子を持っていた。
薄紫色のそれを握り締め、一匹の電伝虫で会話をしていた。

『まさかお前から連絡がくるとはなぁ…フフフフ、なんだ?おれが恋しくなったのか?』
「うるさい…あんたに頼みがある」

『ほぅ?お前がおれに?…珍しいじゃねぇか』
「…“寵姫”を知ってるか」

『お前が数週間前に浚ったお姫様だろ?』
「そうだ。」

『知ってるもなにも、聖地マリージョアでは社交界の華。知らない奴はもぐりだな』
「あいつは今日海軍本部の奴等に連れていかれた。聖地へ連れ戻された筈、俺は情報が欲しい。」


『なんだ?気まぐれで浚ったお姫様に情でも移ったか、それともそんなにイイ具合だったのか?』
「ちっ…うるさい」

フフフ…フハハハハハハッ!!
残忍で名の通ったお前が、そんな役にも立たない弱い女に骨抜きにされちまったのか?
おもしれぇ、面白い冗談を言うようになったな

サングラスをかけた向こう側で笑っている本人に似た電伝虫の面を殴りたいのをぐっと我慢した。
殴った所で意味はない、通信が切れるだけだ

『たかが女一人に何故そうも執着するんだ?おれに頼むほど大事なのか』
「…嫌なら良い、自分でなんとかする」

『分かった、いいぜ。調べてやるよ…好都合にも今海軍本部は取り込み中、おれにも強制召集がかかってる。聖地に行く用がある、ついでに見てきてやるよ…お前をそんなにしちまったお姫様をよ』

強制召集、聖地マリージョアに王下七武海の面子が集まるというのか。
そういえば白ひげ海賊団のポートガス・D・エースが逮捕されたってのは聞いてたがそれに何か関係してるのか?
白ひげは仲間思いで有名の海賊、仲間が捕まったとなれば救出に行動を移すとも少なからず考えられる。

四皇の一人が動くとあらば海軍は勢力を以て迎え撃つだろう、となれば聖地マリージョアへの侵攻は可能かもしれない

「寵姫の動向、寵姫に関する世界政府、海軍本部の内情を知りたい。」
『なぁ…これの見返りは一体何を用意するつもりだ?ロー』

「……てめぇが望むものを用意してやる。」


ローの言葉には迷いがなかった。















--------------------------------

「おぉ〜!!フジ、心配したんだえ。」
「只今戻りました。…旦那様」

屋敷に着くなり、衣類を脱がされ、髪と身体を洗われて着替えさせられ
久方ぶりに見る『夫』に頭を深く下げた。

「どこか怪我は?乱暴はされなかったかえ?」
「お気遣い感謝します。…特に何もなく、無事に旦那様の元へ帰ってくる事が出来ました。しかし…」

笑顔を浮かべるのは容易い、涙を流すのも簡単だ。劇の役に置き換えればいい、感情すらも装ってしまえばいい。

「フジは旦那様にお会いしとうございました。」

この男の前で泣いたりするものか
もう二度と、屈しは…しない。

フジのいつもの柔らかな微笑みに艶やかな流した視線の魅力に鼻の下を伸ばすチャルロス聖は彼の心中など知るよしもない。

チャルロス聖の座るその長椅子に近寄り、隣に座ると
フジは擦り寄るように腕を艶かしく絡める

「私の居ぬ間に、よそのご婦人方に目移りなどしてはいませんでしたか?」
「ぬふ〜…するわけがないえ。わちしにはフジだけだえ」

「では私の願いを聞き遂げて…下さいますか?」

するりとチャルロス聖の脂肪のついたふくよかな顎を撫でる細い指は妙に厭らしい動きをさせている
無自覚ではない、意思的にしているのだ。

フジは微笑んだ。
いつもの儚げな笑みではない、何処か強気で艶やかであるそれにごくりと生唾を飲んでしまう。

「願い…?」
「旦那様が囲っている8人の夫人方を…下々民に戻して下さいませ」

「愛人を…かえ?」

チャルロス聖は驚いた。
自分の一番のお気に入りの正室が誘拐され、無事に帰ってきたと思えばいきなりのおねだりである。
それも以前のような『仲間』の解放を泣きながら訴えるではなく、第6夫人からつい最近迎え入れた第13夫人までの縁を切れと言うのだ。

「私には旦那様しかおりませんのに、旦那様が他の夫人の元へ通うと思うと嫉妬で身も焦がす思いです。」

“私を本当に大事だと仰るのなら”
“私を縛り付けておきたいのなら”

「私だけにしてくださいませ」

フジの眼差しは強かった。
何か信念が宿っている、貫かれた心地だった。

「商売女を呼ぶのには文句は言いませぬが…囲う女は私以外お止めください」

それが私の願い、我が儘です。
フジはそう言うとすっと離れ、部屋を出た。
言い放った言葉は鋭く、今まで感じたことのない冷たさを放っていたのをチャルロス聖は鈍感ながらも感じとることが出来たようだった。

ばたんと閉じられた扉
フジは長い裾を擦って歩きながら真っ直ぐと先を見据えていた。

昔読んだ話を思い出した。

“美女”は傾城とも呼ばれる。
一国の財政も、民をも傾けさせることが出来る程の罪深き天性の才が美だからである。

傾城の美女は国の崩壊を招く。
そして、美しい女達の最後は悲しい死で終幕を向かえてきた。

しかし、自分は男でもう成人しているのだ
いくら女の格好をしていようと、女の真似事をいくらしようとも叶わないものがある。
“寵姫”の寿命もまた短く、先は見えている。
自分の最後は…きっと。

フジは一瞬足を止めた。
誰もいない廊下に一人だけ、磨きあげられた廊下の床を見下ろすとまた足を進める。

シュッ、シュッ

着物の裾が擦れる音を聞きながら、フジは窓の外を眺めた。
昨日までいた海が遠くに感じる。
忘れよう、貴方の事を…忘れられなくとも。
今は先に進もう、進むしかないのだから

『まず手始めは……ここから…っ』


小さな光は闇に包まれる
雲雀は思う。そして願う。
変革を…そして平和を
血と涙の滲む思いを無駄にはしない
たった一つの光を、その思いを守る為に。

フジとローが過ごした八日間はこうして幕を下ろした
そして誓う

(たった一人、その刃を手に挑む)

『この闇は光だと雲雀は言い聞かせた。』

(完)
.

*アトガキ*
死の外科医シリーズ夢もとい雲雀シリーズは一旦此処で区切りとなります。読んでくださった皆様お付き合いくださいましてありがとうございましたm(__)m
とりあえずお疲れ様です。
実はこのシリーズ夢…三部に分けられて構成される予定だったのです!!そうなります。

第一部はローとフジ君の出会いと恋愛発展、一時の別れを書いてきましたが第二部、新章では二人の互いの思案が動乱へ進んでいきます^^
分かりにくい文章ですが…また二部もお付きあいしていただければ幸いですm(__)m
何かありましたら拍手、掲示板、メールをよろしくお願いします!
激励?喜んで!!♪ヽ(´▽`)/
以上です。
第二部シリーズでお会いしましょう!

椿



[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!