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Episode-0 この狭い鳥籠の中で(前半)【シリアス/モブキャラ出演/鳥籠の雲雀の前話】






世界は広い筈なのに
この鳥籠は狭い

不自由なんて一つもない
強いて言うなら恵まれている
けれども、人間扱いはされていない


綺麗な服を着て
化粧をして
着飾られるその姿は鏡越しに『人形』のようにも思えた















『この狭い鳥籠の中で』
















聖地 マリージョア
世界貴族、及び天竜人が住む土地である。
ここはごみ溜めより酷い臭いがする
性根の腐った臭いがする

バシッ バシッ

「おらおら、手を休めるな!!」
「申し訳ございません!!只今、片付けますので…っどうかお許しを」

奴隷
家畜以下の烙印を押された人々
天竜人に飼われた者の証を押された人間達


彼らは天竜人に飼われる
肉体労働や性欲処理やただ、暴力を受ける為だけに生きるしかない。

それを間違いだと言う人間もいない。
声を上げる人間など誰もいない。

「この…っ!!」
「ひっ…」

「お止めなさい」

この一言だけが、僕の小さな抵抗だ。

「なっ…これは『寵姫』様。お見苦しい所をお見せしました」
「年端もいかぬ子供を一方的に鞭打ちとは…あまりにも酷すぎます。」

頭を深々と下げる男を横目に、袂にいれていたハンカチで床で泣いている子供の頬を拭った。

背中には天駆ける竜の蹄の焼き印
胸が痛む

「…大丈夫ですか?」
「お止めください!!お召し物が汚れてしまいます!!」
「寵姫様!!奴隷をそのように甘やかしては…」

子供が声を上げて泣くこともできない、この世界はあまりにも厳しい
この狭い世界は、あまりにも……

「フジ、こんなところにいたんえ」
「…旦那様」

悲しい


「寵姫様、お召し換えを」

チャルロス聖の後ろに控えている執事にそう言われて気づいた
裾が床に飛び散った彼らの血で少し赤黒い染みで汚れている。

もう、とっくの昔から汚れてる
この無情感はなんだろう
フジは声を出せずにいた

ただ、目を閉じた
そして小さく呟いた。

『ごめんなさい』と















髪が伸びた
腰まで伸びた長い髪がお湯を含んで、体にまとわりつく
鬱陶しいし、重たい
だが切ることは許されない
『あの人』達が望まないことだから

もともと華奢な体は同年代の少年達に比べれば、発育途中の少女の身体のように細い
日焼け、染み一つない肌にぽつり、ぽつりと色づく鬱血痕

錯覚してしまう
自分は女なのか、男なのか
女に作り替えられているのか

女形として幼い頃から修行はしていた
どうしたら、愛らしいのか
どうしたら、艶やかなのか

首の傾げ方は?
手首の使い方は?
視線の落とし方、一つ一つの仕草

『女』というものが染み込んでいる
『血筋』なのかもしれない
芸者の両親から生まれた自分は天性の芸者だと周囲にはよく言われてきた

けれど、けれど…

「…こんな、着せ替え人形になるためじゃない」

頭上から滴り落ちるシャワーの温かい水を感じながら、小さく呟いた

綺麗に着飾って
笑って
ご機嫌とりをする。
変わらない毎日

首に嵌められた爆弾つきの首輪は飼い犬かなにかの証のようだ
奴隷ではないけれど
一歩踏み外せば、犬畜生にも劣る卑しい人間なのだ。

豪華な広い湯殿に一人
誰も寄せ付けない時間
『男』だと偽り、『女』を演じる。
鏡に映った出来損ないの『人形』に笑ってしまった

また、夜がやってくる
悪夢を引き連れて、闇色に染めてしまうから
夜は嫌い
















「おぉ、綺麗だえ。フジ」

薄暗い寝室にフジは立っていた。
大きなキングサイズの天蓋つきのベッドに横たわる、不細工な男
天竜人、チャルロス聖
正真正銘、自分の『夫』である
男ということを偽り、無理矢理嫁がされた
親を殺され、仲間を殺され、少し残った仲間を人質に良いように弄んでいるのだ

狂ってるとしか言いようがない
だが、従順に従うしかない
それしかないのだ。

薄紫色の寝着は新しく誂えられたもので滑らかな感触や藤と蝶の透かし柄の繊細さから、彼の財力を感じる

手招きされるがままに、ベッドに上がり
しずしずと近くによるとすぐ引き寄せられる

髪にまるで芋虫のような指が這う
背中に手が回されたかと思うと、直ぐに唇を奪われた

「んっ…!っ…ぅ」

口内をまさぐる舌
生暖かい、柔らかい感触
逃げても執拗に追いかけてくる、逃げ疲れて絡まっていく

漏れる声に羞恥を感じながら、従順にこの感触を感じる
相手も気を良くしたのか、唇を貪る

毎晩、毎晩、飽きもせずよく抱く
何十人も女を囲っていながら、正室に男を置く
その趣旨が分からない

互いの間に透明な糸を伸ばし、口を離すと
身体は空気を求めて深く呼吸する。

「…はぁ…っはぁ」
「むふー、可愛いやつだえ」

後ろから襟の間に手を突っ込んだかと思うと胸の突起を汗ばんだその指で摘まんでくる

「あっ…」

女のような声が出てしまう、この瞬間が嫌い
でも、もっと嫌いなのはこんな男の愛撫でも感じてしまうこの身体が嫌い

自分の身体が作り替えられていく感覚
娼婦のような淫貪とした感覚がどうしようもなく嫌い

いつの間にか肌けられた着物は既に肩に掛かっているだけの頼りないものだった。

ランプのオレンジ色の光がぼんやりとフジの白い肌を映し出した
若い、艶のある、滑らかな柔肌は極上の身体であろう
チャルロス聖はフジの首に嵌まった首輪の鍵を取ると、首輪をするりと外した

ガチャンと音をたてて、首輪が床に落ちるとフジは身体が軽くなった気がした。

“今ならば逃げられる
首筋に鬱血痕をつけていく、この男を張った押して逃げればいい”

“じゃあ、どこまで?
どこまで逃げればいい?
一座の仲間を助けて逃げる?
その先は地獄だ”

“フジ、お前はいつも捕まったじゃないか
そして、三日三晩の『お仕置き』を受ける
それで一座の生き残りが何人死んだ?”

自分の頭の中で誰かが喋っている
頭がおかしくなったのか
疲れているのか分からない
だが、涙が流れていた

「ん…?フジ?どうしたんだえ」
「っ…いえ、あまりにも幸せで」

笑え
演じろ
今は生きるために
完璧な嘘をつけ

「フジは旦那様だけを……お慕いしております。」

時を待て
いつか来るその時まで
精一杯、生きろ

そう、自分に言い聞かせて、憎き男の懐へ収まった。















暗い、地下牢は上の豪華絢爛な部屋に比べて雲泥の差があった。
不潔で寒い、なんとも言えない臭いがする
人間の臭い
かびやなにかの腐敗臭

チャルロス聖との情事の後、フジはいつも此処へ足を運んだ。
見張りに金を渡し、色目を使い
数分だけ会いに来るのだ

「サク…」
「…フジか?」

そう、此処には幼馴染みであり、一座の仲間が『収納』されているのだ。
一座の生き残りは全てロズワード家の奴隷にされた。

女子供の他に男で生かされた唯一の存在はこのサクだった。

「大丈夫か?また手酷く…っ」
「大丈夫…今日はまだあの人だけだったからまだ大丈夫」

柵越しの会瀬
フジが唯一、心を解放できる時だった

「サク、背中を出して。今、拭くから」
「いつもすまない」

うす汚れ、生傷の絶えない筋肉質な広い背中をフジは持参した湯を張った桶と手拭いで拭う

「っ…!」
「ごめんなさい、痛かった?」

湯気のたった手拭いで傷を拭う時にサクがくぐもった声を出すから、フジは心配が絶えなかった

「大丈夫だ、いつもすまない。」
「そう、良かった」

細い腕が柵の隙間に入り、渾身的に汚れを取っている

フジは正座をしたまま、数分間ひたすら身体を綺麗にして、傷口に軟膏を塗り込めた

すっかり綺麗になった頃、二人は向き合い、小声で話をしていた

此処に収容されているのは男ばかりで、女子供は違う場所にいれられている
フジは毎回、一座の生き残りである女子供の安否を尋ねていた

「サク、姐さん達は大丈夫だった?」
「俺が見る限りでは大丈夫だったが…精神面がきてるな。俺は良いから会いに行ってやれよ、姐さん達もだがハナやユキも心配だ。」

「そうだね…っ…ごめん」
「フジ…?」

柵にすがりつくようにフジは泣いていた。

「フジ…」
「私が、あの時…頷いていればよかったんだ。決断出来なかったから兄さん達や父上が…っ」

「フジ、自分を責めるな。お前はすぐ自分を責める」

柵の隙間からでた温かい指が涙を拭う
フジは余計に泣きそうになった。

「皆、お前を助けたかった。只、それだけだ。天竜人に大事なお前を簡単には渡せるもんか…皆、立派に死んだんだ。だから、お前は生きろよ」
「サク…っ…私は…」

サクの言葉は優しい
優しいからこそ悲しくなる
『お前は生きろ』
その言葉が、『皆死ぬけれど、お前だけは生きろ』に聞こえてしまう

「絶対…絶対に皆助けて見せる。どんな事をしても…何度失敗しても…っ必ず」

小さく泣きじゃくるフジの額にサクは自分の額をくっつけた。

「あぁ、分かった。待ってるよ…でもな、フジ。奴隷の烙印を押された俺達は自分の末路くらい分かってる。だから…」





「寵姫様…一体、何をしておいでですか」

男の声に地下の牢は静寂に包まれた
ロズワード家の執事である


「…っ」

見られてしまった
フジが目を見開き、檻の前に庇うように立った。

「いけませんよ、奴隷に話しかけてはあなたはチャルロス聖の正室…あなたに与えられた身分を考えて下さい。」
「どっ…奴隷ではありません!!彼は私の…っ!!」

「今はロズワード一家に飼われる奴隷です。あなたも一歩間違えれば…お分かりですね」
「では、私は最後まで彼らと共にあります。彼らを奴隷と呼ぶなら…私も奴隷に…っ!」

自分より背の高い男にフジは退けを取らなかった。
それよりも、立ち向かおうとしていた

その小さな肩に背負ったものは大きなものだった。
目には見えない何か、サクは眉間に皺を寄せた


「それは私に言うべき発言ではありませんね。あなたはチャルロス聖…いえ、天竜人の楔として役目を果たしていただきます。これからもあなたはその身一つ、差し出していただきたい」

“さぁ、チャルロス聖がお待ちですよ。
お気づきではないでしょうが、あなたがあの『奴隷』と密会していたことは
既に皆様、ご存知ですので…覚悟なさいませ。”


死刑宣告のようだった。
自分だけなら良い、また誰かが死ぬというのか
それとも自分が…



鳥籠の中に一羽の雲雀
美しいその声で囁く

どうか気づいて
誰か助けて
この世界は腐ってる

『私はここよ』

その声は一瞬の間にかき消される
それでも啼き続ける
自分の心が壊れるまで


後半へ…

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