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雲雀の決意【シリアス?夢】





女は走る
正確には女の姿をした男
長い髪を振り乱しながら細い路地を走り抜ける
手には美しい着物
包み紙の隙間から覗いていた


助けて!!
誰か…っ

息が切れる
胸が苦しい
でも走らなければならない
走らねばならないのだ。
それだけが彼を駆り立てた

薄暗い路地を抜け
彼は後ろを振り返る
振り返ってはいけなかったのだ
だが、彼はふと自分の背後を見てしまった

よかった、もう追って来てはいない
そこには恐ろしい形相の鬼などいない
ただ…

「手間取らせてくれたねぇ〜…お姫様」

前を向けば眼前に正義を掲げた鬼が飄々と笑っていた。
彼の薄紫色の目に恐れが見える
後悔しても遅いのだ

彼の細腕は女のように細い
それがもがきながら空を掴む姿を鬼は
美しいと思った

「あっ…あぁ……っロー様」

崩れ落ちる彼を鬼が抱き止める

捕まえた

『雲雀の決意』
















トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団はとある島に上陸していた
ここは偉大なる航路に位置する海賊や商人、沢山の船乗り達が休憩がてらに停泊する港町である。

他国の文化が入り交じり、沢山の違う国の人々が行き来する活気ある場所だ。
新世界に行く前には準備をしなければならない
それに先月入った新しい仲間の必需品も調達しなければならない
久々の地面に海の中での生活から解放された船員達は新鮮な空気に高揚が隠せなかった
皆、目を輝かせながら停泊準備をしている

「この島のログは二日で溜まる。その間に水や食糧、武器の補充を十分にしておけ」
「分かりました!!キャプテン!」

「フジ」
「はい」

「お前も一緒に下りろ…必需品を買う」
「ありがとうございます。ロー様」

ローはグレーのフードのついた足下まですっぽりと隠れる上着をフジに渡した。
フジは察したようで受けとるなり、目深にフードを被った

「俺から離れるな」
「はい…っ!!」

この短期間で二人の信頼関係は実に深く築いていた。
他の船員達も穏やかで優しいフジを『姫さん』と慕うようになったし、残酷非道な男と世間から呼ばれているローもそれは例外ではなかった。

何かが変わり始めていた。
彼の中で何かが芽生え始めていた
でもそれが何なのかは分からない

最近毎晩夜中にふと目が覚める
眠りは浅い方だが、毎晩同じ時間に目が覚めるのだ
これはおかしい?一体どうした?
ローは毎晩考えていた

隣で眠るフジを見つめると
毎晩変わらずこいつは泣いている

大声ではない
小さくすすり泣いているのだ
身体を丸く縮こませて眠っている
そしていつも何かに謝っている
か細い声で魘されている
だが女々しい奴だとは何故か思えなかった


ローは脳裏を駆け巡らせながら市場を歩いていた
市場を抜けたら町の中心部だ
ふと隣をおずおずと歩くフジを見た

正真正銘こいつは男だ
女のように胸が膨らんでいるわけでもないし
下半身には男の証拠がちゃんとある
でも、どんな女よりも綺麗だと思える

ふとした仕草やこいつが纏った空気が
穏やかでゆったりとしているのが何故か心地いい
平和ボケかと自分には心底呆れてる

夜中泣いているこいつを抱き寄せて
一緒に寝るとかアホらしい
女にもこんな扱いしたことない
他人と同じベッドで寝ることすら一度もないのになにをしてるのか
仲間達にバレたら笑われる
見られたくもない
柄でもない…

「様…ロー様?」
「…………。」


分からない
何だ?ついにイカれちまったのか?

こいつの目の中に俺が映ってるだけで心が満たされる

こいつが他のやつと楽しそうに喋っているのを見ただけで苛々する

こいつが泣いていると泣かせたい反面、泣かせたくなくなる

触れたい?
抱き寄せたい?
いやいや相手は男だ
確かに身体の線は細いが男だろ
馬鹿馬鹿しい

「ロー様、如何しましたか?」
「………いや」

…馬鹿馬鹿しい















二人は今晩の宿を取ると、町に出掛けた。
食糧や武器調達は船員達が準備するだろう
問題はこいつの服だ
女物で探した方がいいのか、男物の方がいいのか悩む所だ

女物の方が違和感はなさそうだが、それは失礼になるのか
ローは町中の店を横目に見ながら歩いた
自分の三歩後ろを歩くフジはローの船に乗ってから初めて島を下りたのだ
見るもの全てが珍しいのかきょろきょろと町を見回している

そう言えば…こいつはずっとマリージョアにいたのだ。世界貴族ならば街など滅多に行かないだろう、特に寵姫ならばずっと屋敷の中にいたのではないか


「……どうした」
「いえ…珍しいものが沢山あって」

フジの目が楽しげに辺りを見回している

「…俺から離れるな。この島は海兵は滅多に来ないが、海賊はいる。何かあったら面倒だ」
「はい」

にこりと笑う
こいつといると平和ボケしそうだ
他の奴等は既に手玉にとられている
こいつにはそんな力がある
『魔性』ともいえるそんな力が…

「あ…」
「どうした」

「着物が…」
「…」

ふと左側の通りにあった古着屋に目をやった
自分らとは違う雰囲気の服が沢山並んでいる、こいつが着ているものとよく似ている

こいつの手首をぐいっと引っ張り、強引に店に入った

「おい、こいつに見合うやつが欲しい」
「はいはい…少々お待ちくださいな」

店の中に入ると薄暗い独特の臭いがした
入るなり目に入ったのは年老いた老婆が一人。
フジが着ているような服を纏っている、地味な色ではあるが作りは似ている
この老婆もワノ国の人間なのか
老婆はフジを曇った老眼鏡越しにじろじろと見た

「ふうむ…着物を着るには良い体型じゃ…寸胴でないが、胸がないのはよいことよいこと」
老眼はぽんぽんとフジの手を叩くとまた奥へと戻っていった

すると白い包み紙に包まれた荷物を両手一杯に持ってくるなり、畳の床に並べた
地面より少し高い位置にある畳に老婆は正座すると、ローとフジは段差に腰を下ろした

「お嬢様にはどのお色みがよろしいでしょうかね」
「あ…えっと」
フジは並べられた色とりどりの着物を見回しながら目を泳がしていた


白、黒、濃紺、紫、薄紫、桃、橙、赤…
鮮やかな色みに細やかに描かれた花や鳥、蝶がとても美しい

「私は極力質素なもので…」
「おや、まだお若いのだから少しくらい華美なものでもよろしいかと」

「…えっと」

困った
こんなに並べれられては迷ってしまう
それに自分はその前に…男なのだ。
自分は侍ではないがお姫様でもない

「おい…早く選べ」

迷い悩み、百面相をするフジに痺れを切らしたのかローは口を開いた

目を輝かせたり
眉間に皺をよせたりと大変なやつだ
何を葛藤してるのか
この布切れ以外をあまり着たことがないというからこの店に入ったのに

だが…この布切れをこんなに綺麗に着こなすのはこいつぐらいだ
ワノ国特有の黒髪と白い肌を持つ
こいつだからだろう

胸を強調しない、寧ろ隠そうとする
そのくせ細い項は露になってるし
腰から下の線は艶かしい

大胆に露出したドレスよりよっぽど色気があると思う

こいつならどんな色でも着こなしてしまうだろう

ローは濃紺の地に白い花弁が何層にも重なった花の柄の着物
濃い青が美しい地色に垂れ下がるように描かれた薄紫色の花の着物をフジの前に差し出した

「お前が選ばないなら…選んでやるよほら」

頭の中でこいつが色とりどりのこれを着る姿が目に浮かぶ
腰のオビとやらは白が良い
唐草の透かし模様の入った上品な白い帯を選ぶと
ふと老婆を見た

白くなった髪を器用に纏め、髪飾りで結い上げている
なんと言うのかは知らないが、何故か気になった

「おい…その髪留めは此処に売ってるのか」
「少しでしたらございますよ、お嬢様であれば充分に結い上げられるかと」

嫌だと思った
どこかの貴族がこいつを飾り立てるのが
分からない…分からないが
嫌だと思った
全て自分の選んだもので飾り立ててやりたくなったのだ

奥へとまた戻った老婆の後ろ姿を見送るなり、フジはローに向かい合った

「い…いけません!!こんなにお金を使っては勿体無いです」
「俺の金だ、誰も文句は言わねぇよ」

「私は貴方に返すお金がありませんっ!!」
「返してもらおうなんざ、これっぽっちも思ってねぇよ。それとも何か、俺が買ったものが着れねぇのか」

フジは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった

「…………………です」
「あぁ?」

小さな声で何かを呟くから尋ねると顔をあげた

「そんなこと…あるわけないです」
吹き出物一つないつるりとした額に自分の額をあてると冷めた熱がまた戻ってきたのか顔を真っ赤にした

「なっ…な」
「黙ってろ…馬鹿が」

近い
そこらの女よりずっと整った顔があたふたと落ち着きがなく、俺のパーカーの裾を握っている

こいつといると安心する
何故か心が休まる
自分が自分でなくなる
…だが、それでも良いと思ってしまう
こいつに骨抜きにされてしまったのか
ほだされてしまったのか

「俺は…「お熱いところ申し訳ありませんが、ここは連れ込み茶屋ではございませんよ」

老婆が奥から帰ってきた
手に盆を持って、にやりと笑っている
フジは恥ずかしくなったのか、ローからすぐ離れた

ローは舌打ちをすると老婆を睨み付けた

「こちらが簪、櫛、笄…どれも質流しのものですが質はよろしゅうございますよ」
「………」

訳が分からない、見たこともない物体がずらりと並んでいる

「お前、これ分かるか」
「はい、よく挿してましたから」

「よろしければ結いましょうか?どちらがお好みですか?」

一本の棒を老婆の持つ盆の上から手に取った。
濃い鳶色の棒の先端に小さな薄紫の花が連なっている

「藤の花ですね」
「フジ…」

こいつに似ていると思った
目の色と同じ色をしてる

「お前に似てる」
「…っ……」

こいつはすぐ顔が赤くなる
羞恥の現れがすぐでるのがこいつの癖だと一緒にいて分かった
伏せ目がちに斜め下を決まって向く

「花に例えるなんて…滅相もないです」
「…一々恥ずかしがるな」

スッと耳に棒を挿してやった
ゆらりと花が揺れる
こいつの黒い髪によく映えている
自分の目は間違っていなかったようだ

「い…如何でしょうか?」
「悪くない」

また顔を赤くして斜め下を向いてしまう

フジが顔を真っ赤に染め
ローが他の簪を物色してはフジの髪にあててみたり、耳に挿してみたりしていると老婆がにこりと微笑んだ

「どれかお気に召しまして?」
「これをくれ…あとそこのやつも」
藤の花をモチーフにした花簪を手に取るとローは顎で分けて置いていた着物を顎でしゃくった
老婆はありがとうございます。と言うとにこりと笑った

「宜しければこちらで着ていきますか?化粧道具も揃っていますから髪もこのばぁがちょいと結って差し上げましょう」
「じゃあ、頼む…あと、着てきたやつは処分してくれ」

「畏まりました。ではお嬢様こちらへどうぞ」
フジの手を取るとフジはされるがままにブーツを脱ぎ、奥へ連れていかれた

「…何してんだ、俺は」
人気の無くなった店に一人になったローはフジが置いていったフード付きのマントをちらりと見てから畳に転がった
足だけは組んだまま土間にだらりと垂らして、目を腕で覆った

「……何してんだ」
もう分からない
自分の気紛れで拐ったあいつに
自分はどんな感情があるのか
同情?分からねぇ

『ロー様』
だが、あいつにそう呼ばれるのは悪くない

ローは目を瞑った
もやもやする胸の中の感情を押し殺しながら
只、眠りたかった
















「お嬢様はワノ国の生まれで?」
「…はい、故郷の場所はあまり覚えていませんが」

襦袢一枚になったフジに老婆が薄桃色の長襦袢を着せながら口を開いた

「この首のものはお連れ様が?」
「…それは」

首輪に触れるとフジは怖くなった
ばれてしまうのか
奴隷に間違えられ政府に連絡されるかもしれない

「大丈夫ですよ、同じ国の人間同士…ましてやお客さまの素性を探ろうなどとは思ってはおりません」
「あ…ありがとうございます。」

老婆はにこりと笑い、着物を着せていった
慣れた手つきで着せながら老婆は口を開いた

「つい先日一人同郷のよしみで若者を拾いましてね。シャボンディ諸島から逃げてきたとかで…こちらの国の方は残酷なことをしなさる、奴隷だなんて」

先日
同郷
若者
シャボンディ諸島
奴隷

一人の人物がフジは頭にちらついた。
五年という決して短くはない年月を耐えれてこれたのは彼ら…仲間がいたからだ


「ご婦人、その若者は…」
「サクと言っておりました。若い手が必要だったのでありがたいことです。恩返しだと…よく働いてくれます」

全てのパーツが繋がった
彼だ…サクが生きている!!
フジはそれだけで目から涙が溢れそうだった。
大和男子たるもの泣いてはいけないと言われていたあの頃が懐かしく思えた。

「サクは…私の親友です。是非会わせてください!!」
「喜んで…さっ、帯を締めます故少しばかりこちらをお持ちくださいませ」

老婆はにこりと微笑むなり、いつのまにか腰ひもを締めたフジの柳腰に帯を巻いていた
流石、商人である
話をしながらも自分の仕事は全うしている

「きつくはございませんか?」
「大丈夫…です。」

本当は苦しかった
でも、胸の高鳴りが気になってどうでも良かった
















「お客様、お待たせしました。」
「…待ちくたびれた」

ローは瞑っていた目を開けた
やっとか…
ぎろりと老婆の声がする方へと目を向けた

するとそこには小さな老婆を控えさせたフジが立っていた

「………」

言葉が出ないなんてあるのだとローは初めて知った。

ハーフアップにして垂らしていた長い髪は器用に結い上げられ、自分が選んだ花簪を飾っている
ゆらりと花が揺れると恥ずかしげにフジは笑っていた

濃紺の着物に白い帯が華奢な身体を包んでいる。
首もとには見慣れぬ白いストールがまるで忌々しい首輪を隠すように巻かれていた
予想した通り、自分の見立てに狂いはなかったようだ。

薄く化粧された顔は上品で
目尻に引かれた紅が色っぽい
何もしなくてもこいつは元々顔が整っているのだから、これだけで十分だ
けばけばしい女よりずっと良い

ちょこんと自分の隣に座ったフジを見てにやりと笑った

「如何ですか?お気に召しましたか?襟巻きはサービスです。」
「上出来だ…で、幾らだ」

老婆はすっと帳簿と算盤を持ってきた
座った二人の目の前で算盤をぱちぱちと弾き出した。

ぱちぱちぱち

「そうですねぇ…着物が二着、帯を一本と簪一本…でしたら」

ぱちぱちぱち

「占めて…この位で如何でしょうか?」
老婆はすっとローに算盤を見せた
ローは算盤を見るなりジーンズのポケットからベリーの札束を取り出した
生でいれるとは大胆だ
だが、平然とそれを老婆に支払う辺りは男前である

「これで足りるだろ」
「えぇ…でも流石にこれほどまで頂きすぎると釣り合いませんので…そうですね」

老婆はパンパンと二回手を叩いた。
金額の分だけお札を取り、それを懐へしまう
すると人気が無かった筈の奥からある人物が現れた。


「…サクっ!!」
「フジか…!?」

群青色の作務衣に頭に白い手拭いを巻いた若い男はまさしく…シャボンディ諸島で離ればなれになったフジの幼馴染みの姿だった。

「まぁ…立ち話もあれでしょうから。奥でお茶を容れましょう」
「いや…俺は先に宿に帰る」

ローは立て掛けていた太刀を持つと、立ち上がった。

「ロー様…」
「宿の場所は分かるだろ…俺は眠い。用がすんだら真っ直ぐ帰れ」

彼なりの気遣いだろう
ローはさっさと店から出ていってしまった。

「フジ」
「サク…少し話したいことがある、構わない?」

「あぁ…俺も話したいことが山ほどある。女将さん奥借りるよ」
久しぶりの再会だった
フジは奴隷の頃とはうって変わって生気を取り戻したサクを見て安心した


女将と呼ばれた老婆はどうぞと言うなり、奥へと案内する。
先程、フジが着替えをした部屋である

「じゃあ、終わったら声をかけておくれ」
「ありがとう、女将」

女将は仕切りの襖を閉めた
湯気が立つ二つの湯呑みを置いて、部屋を出ていった

懐かしい匂いがする
真新しいイグサの匂いと使い込んだ家具の匂いがする部屋で、サクとフジは向かい合って座った

用意された座布団にサクは胡座をかき、フジは正座をした。

「久しぶりだな…フジ。元気だったか?」

自分の涙腺はどれだけ緩いのか
鼻の奥がつんとするのを感じたフジは湯呑みをとった
温かい温度が手に伝わってくる

「元気だった…」
「今にも泣きそうな顔だな」

「だって…っ」
「フジは昔からそうだよな。変わらない」

サクは静かに話し出した
シャボンディ諸島のヒューマンショップであの時自分は売られるはずで舞台裏で控えていたら、麦わらの一味の一人が鍵の束を置いていった
売られそうになっていた奴隷達は首輪と手錠をとることに成功し、巨人族の男に守られながら皆脱出した。

この島にたどり着いた時に食べるものも着るものも、寝る場所もなくて困っていた時に助けてくれたのがこの店の女将だったと

「俺は住み込みで女将の手伝いをしてる。が…先は分からないな。ワノ国に帰るにも鎖国中だ…いくら生まれがあの国だろうが、簡単には帰れないだろう」
「そっか…」

自分達の生まれ育った国は世界政府に加入していない鎖国国家で他国との干渉は殆どない
他国の人間を寄せ付けない国だ
一度出てしまえば帰ることはむずかしい

「でも俺達はそれを承知で海に出た」

我々の生きた証を残すため
伝承されてきたものを後世に伝えるために

「それは覚悟の上だよ」
「そうだな…そう言えばさっきのあの男、海賊だろ?お前を拐った連中じゃないのか」

「海賊だけど良い人だよ?手当てもしてくれてお世話になってる」

あの人はとっても優しいから
皆さん本当によくして下さる
フジはそう言うと湯呑みに口につけた

久しぶりの煎茶の味にホッとする
紅茶や珈琲も良いが、やはり煎茶がいい

「フジ、これからどうする?」

真実を突きつけられた気がした
温かいお茶が一気に冷たくなった気がする

「僕は…あそこに帰らなきゃいけない。」

いつも思っていた
きっとロー様やベポ達と旅を続けるのは楽しいだろう
だが、心の中ではきっとあの場所に帰らなければいけないのだと悟っていた

「姐さん達や他の奴隷として扱われている人達を放ってはおけないよ」

毎晩夢に見るのだ
今まで自分のせいで殺された人達が夢の中で追いかけてくる
自分はそれを走って逃げている
暗い闇のなかをひたすら走っているのだ


「僕は…今までたくさんの人達が自分のせいで死ぬところを目の当たりにしてきた」

自分に関わったばかりに命を奪われた沢山の人達をきっと私は忘れてはいけない
そして新たな犠牲を増やしてはいけない

「もう…逃げちゃいけないんだ」
「フジ…っ」

「だから…サクは生きて」

“僕の分まで生きて”

サクは泣きそうになるのをグッと唇を噛み締めてこらえた
微笑んでいたのだ
フジは泣くでもなく儚げに笑っていた
そしてスッと膝立ちで自分を抱き締めたのだ

堪えきれず涙が一筋頬を伝った

「ごめん…ごめんなさい。」
「フジ…だめだ…っ」

「私は今までずっと逃げてた」

目を背けていた
目を閉じていた
耳を背け、口を開くのをやめた

見たくなかった
聞きたくなかった
もう何も考えたくなかった

「でも、あの人に会って…逃げるのをやめようって思えるようになったんだ」

私は幸せものだと呟くとフジはサクの額に自分の額をぴたりとくっつけた

ありがとう、サク
君はもう自由だ
だからもう…泣かなくていいんだ
君は君の望む人生をこれから歩めば良い
私の…僕の分まで生きて
誰かと恋をして結婚して
幸せな家庭を作って生きて
良い人生を歩んで
幸せになって
僕はそれを願ってる

「さようなら、サク」
「お前の…フジの幸せは誰が願うんだ」

「私の幸せは誰も願いません…誰も願わなくて良い」
「お前は天性の才能があるのに…っ俺はなにもできないのか!」

サクは泣いていた
ぽろぽろと綺麗な涙を流して、鼻をすすっていた
痛いくらい私を抱き締めて泣いていた

サクは誰よりもフジの才能を評価していたが、うすらとその才能を妬んでいた
自分には無いものが羨ましかった
内気なフジが舞台で立つとすぐ表情が変わり、人を魅了していく
友達でもあるがライバルでもあった
役は互いに違えどやはりその才能は羨ましかった…だがその前に幼馴染みで、友達なのだ

彼が心の中で葛藤していたのをフジは知っていた
知りながらも友達のまま、仲間のまま接していた
聖地マリージョアで二人は誓った
また同じ舞台に立ちたいと
それが叶わないと知りながらも希望を捨てきれずいたのだ

フジは笑っていた
それは慈愛に満ちた聖母のようだった
自分が自由になれないのを知り
きっともうあの歓声に満ちた舞台には立てないのだと知りながらも絶望してはいなかった

「僕は幸せものだ」

沢山の人達に出会えた。
幸せを…生きることを願ってもらえた。
捨てようとしていた命を救ってもらえた。

「誰も悪くない…ありがとう」

気に病まず進んでくれればそれでいい
フジは笑った


あれからどれだけの時間を話したのか
嫌と言うほど沢山話をした
もう…心残りはない
サクと分かれてフジは宿へと向かっていた
サクは取り合えずこの町で旅費を集めるそうだ。
旅費を貯めたら一度一か八かでワノ国に向かうと言っていた
無事に帰れればいいが…きっとサクなら大丈夫だろう
自分と同い年だが自分よりうんとしっかりしてるし…

フジは着てきたフード付きの上着を目深く被り、着物の包まれた畳紙の包みを懐に抱き締めて歩いていた。
町中はやはり人が多い
もうすぐ夕暮れだ
辺りは夕食の準備か、皆肉や魚や野菜など新鮮なものを市場で買い
帰路へと急いでいる
酒場やレストラン街にも灯りが点り始める

「早く…宿へ帰らないと」
夜になれば柄の悪い連中が増えるだろう
早く帰らなければ…フジは早足に宿へと急いでいた。

すると町に海兵の姿が見えた
一人ではない
数人いるではないか
昼間はいなかった…いつこの島に来たのか
フジは息を飲んだ

『どうして…海兵が』

もしや自分を追ってきたのか
心臓が早く脈打つのが分かる
どうやら彼らは聞き込みをしているようだ
一枚の紙を持ちながら町の人々に何かを尋ねている

フジは息を殺して人混みに混ざり
先程より早足で宿へと急いでいた
黄昏が夜に染まらぬうちに
彼は走る
不安を沢山抱え込みながら
今この瞬間彼らに連れ戻される訳にはいかないのだ


願う
祈る
心の奥底で息づく闇を押し殺しながら
只、ただ願う
大切な人達の幸せを
そして決意を固める

(雲雀は決意する)

『でも最後に貴方に会いたい』

.


*アトガキ*
はい、皆様お久しぶりです。
椿です。
前回の更新は夏でしたか…大分時間はかかりましたがやっと更新です。
皆様お待たせしましたm(__)m
さてさて…序盤からホラーフラグが立ってますが、皆さん大好きな黄猿さんが出ます(笑)
本当は今回の話で出す話だったんですが文面が長すぎたので次にする話で登場します。
うちの黄猿さんはど鬼畜さんですが、『優しい黄猿さんが好き』という方はお控えなすって下さいm(__)m
私の中ではあの人は優しそうだけど実はどSな人なのですはい(・∀・)

主人公君は幼馴染みに会って
頭のなかで整理がついてきたようです。
悩み悩んで彼はどうするのでしょうか?
次回に続きます。
何かありましたら、もしくは感想ございましたら拍手or掲示板にどうぞ!!


椿

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