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雲雀の首輪【シリアス/最後は甘夢】




ゆらり ゆらりと
遠くに揺れる陽炎に
幻を見た気がした。

あぁ、あれは家族だ
仲間だ 友達だ
皆笑っている

楽しそうだと思った
色鮮やかな笑顔が並んでいる

輪に入りたいと手を伸ばしたが
残酷にも
手はすらりと何も掴めず
闇の中

繋がった鎖に自由なし


『雲雀の首輪』















目を覚ました時、誰かが隣にいたのはいつぶりだろう

フジは隣で未だ眠るローの顔を見ながらそう思った。


『この人…こんな顔で眠るんだ。』

どんな悪逆非道な海賊と呼ばれている人でも無防備な一面を持っているのだと改めて思うのだ。

意外と睫毛長いとか
綺麗な顔してるとか
髭を剃ったら多分幼くなるのかなどと考えて見つめていると

「…何見てる」

いきなりバチッと黒い目がこちらを見ていた。

「…お…おはようございます。」
「…………あぁ」
気だるそうな顔で此方を真っ直ぐ見てくる
あまりにも真っ直ぐ貫くように見てくるものだからフジはどこか気恥ずかしくなってきた。

「…何か?」
「お前…男に見えねぇな」

ローはそう言うなり、隣にいるフジの長い髪を一束掴むと感触を確かめるように手で遊ばせた。

「…っ生まれつきです!」
「別に怒る事はねぇ。褒めてんだ」

「……失礼しました。」
「そこで謝るのも可笑しいだろうが」

フジはおちょくられている気がした。
何故か気恥ずかしくなって顔に熱が集まってくるのが分かる


「赤くなってんぞ…顔」

胡座を組んで、クックッと笑うローにフジはまた羞恥心で赤くなった。

この人は苦手だ
フジは俯いて唇を噛み締めた。


「…っ」

恥ずかしい
何でこんなに動揺するのかも分からない。

「あ…貴方の寝床を狭くしてすみませんでした」

フジは気恥ずかしさを殺し、ローに向き合った
ローは寝癖のついた髪をガシガシと掻きながら、低血圧さ満載の表情でフジを見つめる

「あいつらと雑魚寝なんざしたらお前の貞操がアブない。」
仕方ねぇだろとローはそう言うなり、フジの頭を撫でた

「まぁ、俺は男に興味は更々ない」
「…そうですか」

彼は船員達に自分を『男』だとは伝えていないらしい
そして空き部屋が無いからと自分の部屋のベッドを使えと言ってきた

最初はソファーで寝ると彼は言っていたのだが部屋の主をそんな場所で眠らせるなど良心が痛んで仕方ない
フジはどうせ同性なのだから一緒にベッドを使えばいいと申し出たのだ

そう、男同士なのだし
彼は女性が好きなら別に一緒のベッドで寝ようが恥ずかしくはないはずなのだが…

『何でこんなに…恥ずかしいんだろ』

マリージョアでの生活のせいか
どうも自分は変に同性意識が薄くなっているらしい
この数年間女性に触れるきっかけが余りにも少なく
男性経験の方が遥かに多かったからかもしれない。

また気恥ずかしくなって顔を赤くしているとローの指が顎をなぞった。

低い体温
ゴツゴツした固い骨格の浮き上がった手
長い指が顎に触れた瞬間、フジはびくりと肩を震わせた

「ト…トラファルガー様」
「その言い方やめろ。」

「では……ロー様」
「……」

ローはフジの自分への接し方が厭に恭しい事が気に食わなかった。

聖地マリージョアでついこの間まで世界貴族の正室だったのだ
貴族に囲まれて暮らしていたのなら仕方ないのかとも思ったが何かが違うと気付いた

自分と話していると顔を真っ赤にして
視線を自然と反らしてしまう

触れば過敏に反応する

ゴツゴツしい男がしていたら見苦しいものなのだが、『美女』の部類に入る端麗な容姿の美少年なのでローは何とも言えない複雑な心地だった

男だと分かっていても
男だと思えなくなってくる


「お前…」
「はい」

「…もう少し楽に話せ。俺はあんなカスじゃない」

無意識に怯えているのかもしれないと悟ったローはフジの細い顎をなぞっていた指を離して、ベッドから降りた。

ジーンズを履いただけのローの姿を見たフジは目を反らした

細いがしっかりと均整についた筋肉に長い手足、それは芸術品の彫刻から出てきたような姿だった。
上半身から腕、指先までに刻まれた刺青を見て、堅気の男ではないと気づかされる

ローが椅子にかけたパーカーを取り、それを着ている間フジは何故か逸る気持ちを抑えていた

『あれは同性…落ち着かなくては!自分も男じゃないか…っ!!』

フジもベッドから降り、乱れた布団やシーツを整えて
足袋を履き、ブーツを履くとソファーに置いていた着物と帯を取った

手慣れた手つきで着付けていくフジの様子を見ていたローはふと口を開いた

「ややこしい」
「え…?」

「それ」

ローが顎でしゃくるように指したのはフジが着付けている着物だった

「慣れれば簡単ですよ。まぁ女性物と男性物では着付け方は多少違いますが」
キュッと紐をきつく締めながら、フジはにこりと笑った。

「着替えたら食堂に来い。」
「分かりました。」

それを言うなりローは出ていった。
フジは黙々と着付けをする手を進める










「船長、姫さん大丈夫なんですか?」
「…あぁ」

「船長…まさか手を出したなんて言いませんよね」
「……誰が出すか」

俺は獣(けだもの)かとローが呟くと食堂に集まった船員達はざわめきあった

「あの船長が」
「あんな美女を前に」
「何もしなかった!?」
「…聞こえてる。」

あれは美女じゃない
あれは男だ。
ちょっとばかし普通の男より綺麗なだけだ。
いや普通よりはランクが上だが
「…あの、失礼します。」

おずおずと食堂の扉を開けて中に入ってきたのは今この船内で一番話題の『お姫様』

長い髪をハーフアップしたフジはこの船で一番可愛らしい男間違いない

薄紅色に頬を染めた端麗な顔立ち
女なら身長の高いモデル体系と言えるだろう
胸は当たり前だが無いが
筋肉も最低限しかついていない
だがしなやかな柳腰に美しいマーメイドラインは女でも滅多にお目にかかれないものだ

着物の襟元や袖から覗く染み一つない白い肌は若々しく張りと瑞々しさがある。

まるで本から抜け出てきた異国のお姫様のようだ
ぽかーんとそんな一人浮いているフジを見ている船員達。
まさに間抜けと言える

「あの…」

机にずらりと並んだ朝食とは違う良い香りを漂わせたフジの言葉に違う世界に飛んでいた船員達ははっと戻ってきた。

「…あ、どうぞ!こっちの椅子に座って下さい!」
「お前ちょっと邪魔だよ!」
「そこどけろ!」

船員達に華麗ではないがエスコートされ、ローの近くに腰を下ろした。
「遅かったな」
「…迷ってたんです。場所が分からなくて」

「……あぁ」

言うの忘れてた
とばかりにローはテーブルに置いてあったコーヒーに手を伸ばした

「船長!案内くらいしないと」
「そうですよ!」
「…忘れてた。」

船員達も席に座ると朝食の時間が始まった。
日持ちする野菜や干し肉を使った料理やスープやパンが並び、缶詰のフルーツで作ったフルーツゼリーのカップがカラフルに並んでいる
コーヒーやカフェオレの匂いが漂い始め、皆朝食を突っつき出した。


「姫さん何食べます?」
「…カフェオレ頂けますか?」

「姫さん、何か食わねぇとゼリーならどうです?ずっと食べてなかったでしょ」
「あ、じゃあ。…どうも、ありがとうございます。」

フジはフルーツゼリーのカップとカフェオレが並々注がれたカップを優しい気配りをしてくれる船員から受け取るとカフェオレに口をつけた。

優雅な仕草でカフェオレを飲むフジの姿を見ていた船員達の脳内は花畑が出現しはじめた

『かんわいぃ〜』
『絵になるなぁ〜』
『紅一点ってやっぱ良い』
『フジ、雌のクマなら良いのに』

ベポだけが例外だったが。

「…ロー様。」
「なんだ」

「ついてますよ」

フジは口端にパン屑をつけていたローの口端を指で拭った。

その仕草で船員達の脳内の花畑は満開を迎える
微笑ましい、羨ましい、狡いの三言である

「…あの、ロー様」
「なんだ」

「この船に乗せて頂くからにはお仕事を下さい。お荷物になるのは嫌です」

フジがそう言うと、ローより先に動いたのはクルー達だった。

「掃除は…」
「掃除は俺達がします!」

「洗濯…」
「洗濯は間に合ってます!」

「じゃあお料理を…」
「コックがいるんで大丈夫ですよ!」

フジが言うなり、直ぐ様反応するクルー達に気落ちしてしまった。

『僕って…必要ない人間なのかな』

しゅんと顔を曇らせているフジにローは一言。

「お前は手先は器用か?」
「はい、繕い物は得意です!」

「…お前ら」
「「「はい!」」」

「繕い物があるなら、こいつに渡してやってもらえ」

こうしてフジは仕事を手に入れた。
船員達が破いてしまった服の繕いをする事になったのだ。











誘拐事件から四日後

「フジさん、これ縫ってくれますか?」
「えぇ、これですね。あぁ…ここも解れちゃってますね。」

フジは数日も経てば、馴染んでいるように見えた。
食堂のソファーで昼寝をするベポの身体に凭れ、正座をし、船員達が破いた服や穴の空いたシーツを縫うフジの姿に皆心和ませているのが見てとれる。

コックの淹れてくれたホットレモンティーを机に置いて、たまにベポの頭をよしよしと撫でる姿は毎日のように船員達は見ていた
何とも微笑ましいものだった。

手慣れた手つきで破れた場所に服と同じ色のあて布をし、針で縫っていく。

フジは同じ作業を永遠作業する事が嫌いでは無かった。寧ろ、好きな方だった

誰かの役に立つということを久し振りにした事が何より嬉しかったのだ。

『あそこにいた時は何もさせてくれなかったから…久し振りだなぁ』

マリージョアの自分に与えられた豪華な広い部屋
一人ぼっちだった。
大きな窓の窓際に座り、そこから眼下に下る豪華な屋敷、それより向こうに広がる海原を眺めていた。

いつも遠くに果てしなく広がる海に浮かぶ小さな点が視界から消えるまで見ていた
それが毎日の日課だったのだ
今に比べればなんとも無駄な時間を送っていたと思う。

沢山の人に囲まれ
必要とされ
こんなに笑った生活は久し振りで幸せ過ぎて怖い

「何笑ってる」
「へっ…!?あ、ロー様」

その呼び方止めろと言うといつの間にか近くに来ていたローにフジは縫っていた手を止めた。

「流石に呼び捨ては出来ませんよ。目上の方になんて…私の故郷では失礼にあたる無礼です。」
「此処はお前の国じゃないだろ」

確かにそうだが身内でも友人でも恋人でもない年上の男を呼び捨てになんて自分の性分では無理な話しである。


「何してる」
「へ…あぁ、皆さんの服を繕ってる所です。」

フジは穴の空いた服を見せるとにこりと笑った。

「…楽しいか?」
「えぇ…楽しいですよ?必要とされてるみたいで凄く嬉しいんです。」

手に持った針をまたするすると穴の空いた箇所にハギレをあて、縫い合わせていく

「裁縫は得意で、下積み時代によくやってたんですけど皆が喜んでくれる顔が大好きで…どんなに辛くても耐えられたものでした」

フジのその顔はとても幸せそうだった。朗らかな温かい、どこか春の日溜まりのような優しさを感じた

「でもロー様の方がお上手なのでしょうね。お医者様は手先の器用さが命ですし」
「…まぁな」

ローはソファーでごろりと仰向けに眠っているベポの身体を背もたれに床に正座しているフジの隣にどかりと座ると一着、穴の空いたツナギと針山から針を一本、ツナギと同色の糸を取った。

糸巻きからくるくると糸をほどき、適度な長さにするとそれを糸切り鋏で切り
手慣れた動作で小さな穴を繕い始めた

その緻密かつ丁寧な動作にフジは口をぽかりと開けてしまった

「お…お上手ですね」
「腐っても医者だからな。」

「そうですね」

なんとも言えぬ空気が流れた。
フジは針が進む毎に緊張が解れていくのが分かった

この何故だか落ち着く空気
隣に座るとローに不思議と至極安心している自分がいた。

互いに何も喋らず
ただ山のように積まれた衣類を一つずつ手にとり
それにチクチクと針を縫い目に刺し入れ、糸で縫い合わせ穴を塞いでいく。

その作業を延々と繰り返すだけなのに、こんなにも安堵している自分がいる

「あの…」
「なんだ」

互いに口を開いたが、どちらも針を進める手は止めなかった。

フジはおずおずとまた口を開いた。

「私は…その…迷惑じゃありませんか?」
「…………」

「私のせいで海軍に追われるはめになってしまったし…この首輪がいつ爆発するかも分からないですし。」

フジは不安でならなかった
ローが自分をどう思っているのか
何故、連れてきたのか
疑問といつ海軍が襲撃してくるのかという不安で胸が押し潰されそうだった

ローは縫い終わったのか、糸を鋏で切ると出来上がったツナギをフジの膝に置いた

手に取ってみると
丁寧かつ綺麗な仕上がりで穴は修繕され、繕われていた。

完璧である

「俺達は元からお尋ね者だ。海軍に追われるのには慣れてるし、その首輪は…もう数日経つが一向に爆発する兆しはねぇ。奴等はお前が目当てなら間違っても爆発させるなんて事はしねぇだろ」

ローはそう言うと、ベポがすやすやと未だ眠るソファーに身体を凭れかけ、体勢を崩した

「お前を連れてきたのは…気まぐれだ。籠の鳥とやらが自由に羽ばたく様を拝んでみたくなった…それだけだ」フジはローの言葉を聞いて、目の奥が熱くなるのを感じた。

自由になることなんて諦めてた。
もう一生この檻から出られず、生きていくのだと思っていた。
多くの悲しみや嘆きに苦しみ、ただ影で泣き
表舞台では笑って生きていかなければならないのだと。

だが彼は単なる気まぐれで自分を海に連れてきた。
自分が何よりも欲しい、喉から手が出る程欲しかった自由をくれると言うではないか

狡い、なんて狡い人だろう

「…あなたといると……心が乱されます。」
「……。」

「…どうしてっ……私が欲しい事をそう…簡単に言うんですか」

徐々に嗚咽が混じるフジの鼻声にローは視線を向けることはなかった。

ぽた と涙の雫が服に落ちる音にさえ目を向けなかった

「……狡い…ですよ…っ狡い」

狡い人です。
期待してしまうじゃないですか
幸せになれるのではないのかと錯覚してしまう

自分は天竜人から逃れ、自由に生きられるのではないのかと
その些細な言葉が未来を期待させるようで馬鹿みたいに嬉しいのだ

いつの間にか視界は涙の膜でぼんやりと滲んでいた。
今の自分は最高に見苦しい顔だろう

「……。」

ローは黙ったままだった。
フジの目からは涙が幾つも幾つも伝い、流れ落ちていった。

鼻を啜り、嗚咽混じりの乱れた呼吸の音がする

「…生きてて…良いのかなぁ…」

フジはそう独り言のように呟くと天井を見上げた
自分が生きてて、誰か喜んでくれるのか

親を殺され
仲間を殺され
大切な人達を失った。

世界を呪いもした
あまりにも悲しみが深すぎて
心を閉ざした。

何も願わない
何かを願えば誰かが悲しむと知ったから。

誰も信じない
誰にも助けを求めない
誰も愛さない
誰も 誰も…

「…生きてちゃいけない人間なんていねぇだろ」

なのにまだ信じてしまう
願ってしまう

自分が自由に生きられる
誰かを愛せる
誰かを信じられる
あるがままに生きられると

そんな時、ふと額に一つの感触を感じた。
隣にいたはずのローが額に口づけたのだ

前髪を上げたその額に柔らかな温かい感触を感じて、フジの涙は止まってしまった
目を大きく見開いた

「生きろ」
「………っ」

「もう泣くな」

フジは自分を見るローの言葉に衝撃が走ったのを感じた

何か温かな優しいものだった。

自然と微笑みが溢れる
まだ涙のその残る顔は痛々しいものだったが、良い笑顔だとローは思った。

「その方がまだましだ」
「…ありがとうございます。」

(この感情を僕らは知らない)
.

*アトガキ*
長らくお待たせしました
やっと更新できました(´д`;)
本当は8月中旬に更新予定だったのですが…音大生の夏休みがこんなに忙しいとは思いませんでした
休みもなく練習に門下合宿にオーディションにと忙しい夏休みを過ごしていました
更新遅くなってすみません

一万アクセス記念企画もまだだと言うのにもうすぐ二万にいこうとしています(´`;)
いつも訪問して下さる皆様、更新を今か今かとお待ちして下さる皆様
本当にありがとうございます!

数も少なく、更新も遅いですが暇な時間を使ってできる限り更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします

椿

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