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寵姫様の指輪A【テゾーロ微裏夢】


VIPカジノルーム、それは実に華やかな空間だった。
壁面に埋め込まれた黄金色の巨大水槽では魚が優雅に泳ぎ、金と赤を基調としたワノクニ風の誂えの部屋。中央ではVIP客達が『丁か半か!』と意気揚々と賭博に熱を燃やしている。
その様子を周囲のソファーや椅子で寛いだ客達が眺めては談笑した空間。

「フジ」
水槽近くのソファー席で目元を隠すマスクをかけた男女のVIP客達に囲まれたテゾーロが然程大きくない声でその名を紡いだ。
派手な賭博の声の中でも聞こえたその声に背筋がぞくりと震える。
遠く離れた場所からでも視線が混じり合い、見つめ合う。

「さぁ、あちらへどうぞ」
「……えぇ」

ドレスの裾を持ち、階段をゆっくりと降りていく。
その優雅な歩き姿にVIP客達はひそひそと話し声を洩らす。

『あれは、寵姫様?』
『なんでも天竜人チャルロス聖の賭博の借金で売られたとか』
『まぁ、お気の毒』
『なんて、お美しい方なのかしら。神々しいわ』

こつり、こつり

『オークションでテゾーロ様が落札なさったとか』
『私もその場で入札したが流石に百億ベリーはとてもとても…』
『国が傾く額だな』
『流石テゾーロ様だ』

聞こえてくる声に、自分がいかにその界隈で有名になったのだと理解した。フジは階段を半ば程降りながらそのひそひそと聞こえてくる声を聞いた。

それにしても、あの男。褥でも名前を呼ばなかったくせに知っていたのか。と内心冷静に呟いていたフジは階段を降りきるとテゾーロ達がいる場所へと向かう。

自分の『魂の番』、ギルド・テゾーロ。
傲慢的な態度でソファーに深々と脚を広げて座るその様は見ていて快く思っていないのに、何故か心が踊る。

彼が好き?愛してる?
魂の番は一目見た瞬間に相思相愛だと言うけれどフジには分からなかった。何故ならば、恋というものをしたことがない人種だからである。

(番の関係に愛なんて必要ない。発情期の熱をどうにかしてくれる相手がいるだけできっと恵まれている。彼も私との関係はビジネスライクとしか思っていない)
そう言い聞かせながら、フジは綺麗な弧を描き微笑んで見せた。

自分は芸人の子だ。
芸人は芸をしての芸人。笑えと命じるのなら笑おう、従順になれと命じるのなら従順になろう。
一世一代の晴れ舞台、あちらがこちらを利用するというのならこの男を利用するだけだ。

「座れ」
「……はい」

テゾーロの横に腰を下ろし、フジは自分を見つめる好奇な目ににこりと笑みを送った。
すると周りにいた客達が顔を赤くして席をまばらに立つ。

「なんの魔法だ?」
「さぁ……なんのことでしょう。気を利かせて下さったのでは?」

細身のフルートグラスにシャンパンを注いでフジに手渡すテゾーロはクックッと喉奥で笑う。

「……何が、楽しいですか?」
「昨日の姿との変貌ぶりが楽しくてな」

「……あの時はそれのことしか……考えられなくなるので」

今思い出しただけでも身震いしてしまう。
項に色濃く残った咬み傷がずくりと熱を帯びる。快楽に次ぐ快楽、空が白むまで肉と肉がぶつかり合い、糸引くような口付けを交わし合う。
獣のようなまぐわい、互いの熱に侵され満たされるまで犯し尽くす。

「っ!!」
「何を考えているのかな、寵姫様。そんな雌の顔をしてたら……抱きたくなる」

鼓膜を犯されるような低音の甘い囁き。フジは身体を震わせて、思わずグラスを落としそうになった。

「……っ、ご冗談を」
遊ばれてる、フジは平常心で対応すると決めていたのにどうも狂う。

「よ……っよく、私の名前を知っていましたね。大抵の人間は私の名すら知らないと言うのに」
「五年前、新聞で知った」

「……結婚の」

自分にとって思い出したくない過去、あの日あの時から自分の人生は狂ってしまった。

「何故、Ωだと言わず“女”と偽った?」
「天竜人が一目惚れをして無理矢理娶ったのがΩ性の十三歳の男で、しかも流れの旅一座の芸人なんて体裁がよくないでしょう」

「確かにな」
「おまけに私は『女方』として修行の身でしたし……女性と違わぬ顔だったので気づかれませんでしたね。世間は」

父が言っていた亡き母にそっくりな顔、Ω性だった母に瓜二つの他人を狂わす魔性の顔。
フジはグラスに口をつけ、喉を降下する炭酸の感触を楽しんだ。

「女方とは?」
「ワノクニ特有の女の役を演じる男役者のことですよ。……私の国では舞台に上がれるのは男だけなので物語において女役をする人間が必要なのです」

ことりとグラスをテーブルに置いてグラスに残る口紅を指で拭うフジ。
泡が上っては弾けていく様を見ながら何故自分がこうまでペラペラと喋っているのかということに唇を閉じた。

「芸は何ができる?」
「芝居に舞踊や、楽器、唄くらいですよ。楽器も三味線が弾けるくらいでこちらでは滅多にお目にかけないですが……あとピアノは少しマリージョアで教えてもらっていましたが、遊び程度で」

「ほぅ……中々に芸達者だな」
「美しいと呼ばれる時期は短いので身に残るものをと……父の教えです」

あとに残るものを身につけて生きることが芸人というものである。容赦見てくれなど歳をとれば落ちる一方、それがどんな絶世の美女であったとしても歳は誰もが公平に取るもの。
年老いたその時でも自分という存在が自分の足で立ち、自分の食い扶持を稼ぐくらいのことができて一人前である。

「……話が過ぎましたね」
「いや、いい話が聞けた」

「では、今度はこちらが聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ」

「……バカラさんが言っていました。私はここで客をとるのだと」
「そうだ」

フジはカジノルームを眺めた。視線を移した先にいる仮面をつけたVIPな客達、顔を隠しているということはそれなりに身分ある人間で殆どがαなのだろう。

「私には一晩百万ベリーもとれるだけの技量はありませんが……」
「お前はそれだけの額を稼げる器だ。その美貌も身体も、芸も、なにより雄を刺激するものを持っている。女だろうが男だろうがお前を欲しがる客はワンサカいる」

するりと腰に手が回り、下へ下へと指が厭らしく蠢く。スリットの入った裾に手を差し入れて太腿を撫で、そして股ぐらをなぞる。

「自由が欲しければ百億ベリー、その身をもって稼げ。そうすれば解放してやろう」
「私を買った……っ、が、くですか?……っ、はぁ」

他の客達がいる目の前で何をしようというのか、フジはテゾーロの手を両手で押し出そうとするがびくりともしない。さらに奥へ進み、下着越しに蟻の門渡りを指でなぞると前立腺を刺激するように愛撫する。

「っ、やめ……っひぁ……っ!」
「声を殺しておけば誰も気づかない。丁半がいい具合に盛り上がっているようだしな」

ぴくりと震えて、フジは下唇を噛みしめる。発情誘発剤は一晩しか効果を成さない筈だが、何故こんな場所で人前で、今にもバレてしまいそうな環境でテゾーロは厭らしい悪戯をするのか。

「そのドレス姿も実に魅力的だ。……そそられる。やはり、白い肌には黒が似合う」
「んっ……、!んんっ……ふ」

「ここに来た時着ていたあの類の服も今仕立てている。楽しみにしているといい」
「ふっ……はっ、はぁ……んっ」

「全てを忘れて、堕ちてこい。俺色に染め尽くしてやる」
「んんっ!!」

立ち上がった陰茎が窮屈げに下着の中で膨れ上がる。並の男より小さなそれは使ったことがないのか淡い色をしていた。今はドレスに隠れ、下着に隠されて見えないが直に触ってやりたくなる。

テゾーロは雌の顔をして情欲に頬を紅潮させる自分の番をうっとりと見下ろした。
高貴な生まれと言われても分からない品のあるその人が人前で羞恥に堪える姿は酷く興奮する。

くにくにと蟻の門渡り越しに前立腺を指で焦ったげに刺激を与えていると、乱れた吐息を噛み締めながら身をよじらせ震えている。その姿からは先ほどの淑女っぷりが一体何だったのかと思えるほどであった。

「犯されれたいか? また、空が白むまで。……どうだ?」
「っ、だれ…が……っひゃ!」

「その抵抗が俺を煽っていると知っててしているのなら中々の手練手管だ」
「ぁ……っ、や、ちが……っ」

耳元で囁かれる魅惑的なその声にフジは自分がどうしようもなく興奮しているのを痛いほど理解した。

「俺に懇願しろ。そうすれば望みのものは全てを与えよう。だが、何も言わぬのならお前は高級娼婦として百億ベリー何が何でも稼いでもらう」
「っ、卑怯……です」

「卑怯? 寧ろ感謝して欲しいぐらいだ。天竜人から解放されて一安心しているのだろう?」

ぐさりとその言葉が頭に突き刺さる。
そう、心のどこかで安心しているのだ。過去の傷口を塗り替えていくこの男に従えばきっと自分の生活は聖地にいた頃より生きた心地はするのだろうと。

例え同じような扱いをされていても
この首には爆弾付きの首輪はない。この身体にあの忌々しい天竜人の所有物の烙印はない。それだけでもストレスは減った。

だが、この男は百億ベリーを支払えという。その額で自身を買い戻せというのだ。リスクの高い道を自分は進める?

「っ、何故、この指にはめたのですか」

自分の左手薬指で輝く指輪は眩く黄金色に光る。
愛を誓う指に嵌めた意味が知りたかった。
熱に浮かされてしたこと?ただの冗談?

「俺のものだからだ。俺が百億ベリーでお前の全てを買った。この身体も、声も、心さえも俺の所有物だ」

だから、今のお前には何の権利も権限もない。

「そもそもΩのお前に口答えする権利など存在していない。番の関係とはそういうものだ。絶対的な主従関係、すべての権利を握るのは俺だということを忘れるな」

この言葉ではっきりと理解した。
この男は愛などという甘く不確かなもので番にしたわけではない。
するりと呆気なく離れた手が裾から出るとフジは立ち上がり、よろよろと歩き出す。

「どこへ行くつもりだ?」
「気分が悪いので……化粧室に行ってまいります」

ここは息ができない。もう何もかも考えることが、考えるたびに絶望に叩き落される心地だ。

「一つだけ……お言葉を返させていただきますと…っは、身体は買えても心は金で買えませんよ。少なくとも私の心は」

血よりも、言葉よりも深く濃い繋がりを持ったとしても心までは奪えない。

「そして……私を見て誰かを重ねているのなら尚のこと」
フジはそう言って静かに階段へと向かって行った。長い階段を足早に上り、そしてエレベーターのタナカさんに声をかけた。

「どちらへ?」
「外の空気が吸えるところならどこでも……通してくださらないのですか?」

「いえいえ……お通しします。さぁ、お手をどうぞ」
「感謝します」

タナカさんの手を取り、エレベーターの中へ。
どこでもいい。
ここではないどこかへ行きたい。
ここは息ができない。あの男といると自分は平然を保てない。

円形の広いエレベーターに一人、フジは一階までのボタンを押して溢れる涙を手の甲で拭った。

「……っ」
泣いてもどうにもならないのに涙が溢れる。
その時ふと見えた左手で輝く指輪を外そうと思ったがなぜか外せずにいた。

「……っどうして」
簡単に外せるはずの指輪になにを期待していた?
幼き日の父と母のように仲睦まじい夫婦になりたいと憧れていたあの未来はとっくに捨てたはずなのに、魂の番は思いの外無情な男で愛や恋など生まれるはずもない。

でも確かに身体に電流が走ったのだ。
一目惚れのようにあの男から目が離せなかったのだ。

エレベーターが降下していく浮遊感を感じながら自分の滾った下半身が落ち着いていることに気がついた。少し湿って気持ちが悪いが歩いていれば乾くだろう。

どこへ、どこでもいい。
この国とも呼べるギャンブルの街で落ち着ける場所は……どこ。

チンッと音が鳴り、扉が開く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フジはホテルロビー奥にあるラウンジへ向かった。宵闇迫った時間も時間ということで薄暗いバーカウンターのある広々としたその空間ではホテル客やカジノを楽しみに来た客達が優雅に酒を楽しんでいた。

ジャズの生演奏に、落ち着いた大人の雰囲気のその空間にフジは静かに入って行った。
こつりこつりとゆったりとした足取りでカウンターの端の席へ、そして椅子を引くと腰を下ろした。

「いらっしゃいませ」
「……こんばんは」

若いバーテンダーの男はにこりと微笑み、シェイカーを振っていた手を止めてカクテルグラスへと注ぐとカウンターに座る他の客に差し出す。

「何かお作りしましょうか?」
「……ごめんなさい。静かな場所を探していたらここに来てしまって……その持ち合わせが」

フジは自分の立場を知った。
そう、手持ちがない。着の身着のままで、逃げるにも逃げられない。金を稼がなくては生きて生けない。人の世界で生きるには必要な金。それが現実である。

「邪魔なら他所へ行きます。……すみません」
「少々お待ちを」
「……」

バーテンダーはなにかを考えるようにカウンター越しに手を動かし出した。そして数分も経たぬ間にフジの目の前にカクテルグラスを差し出した。

「“ブルー・ムーン”です。どうぞ」
「……あ、でも……」

「あなたの目がとても美しかったのでつい手が……。お代は結構です。その憂いを晴らせるのならそれで十分でございます」

薄紫色のカクテルが注がれたカクテルグラスが薄暗い店内でもはっきりとその美しさが分かった。
そして今はこんな人の優しさが酷く身にしみる。
フジは自分の目に涙の薄い膜が張るのが分かったが、泣くわけにはいかないとにこりと微笑んだ。

「ありがとう、ございます」
フジの笑みに応えるように微笑むバーテンダーは使い終わったシェイカーを静かに片付け始める。フジはブルー・ムーンが満たされた逆三角形のカクテルグラスの脚部分を持ち、口をつけた。

爽やかなジンの香りとスミレの香り、甘酸っぱいレモンの味がする。とても贅沢なものを飲んでいると実感できる味だった。

ここはいい場所だ。
ギルド・テゾーロという男が作った夢の都、金で買えないものはないと言わんばかりに夢の時間を金で買うことができるのだ。他の客達はそれを求めてここに来ている。

言い換えればここは欲望の街だ。
人の欲が渦を巻いて、黄金を輝かせる。
そんな街で自分はどうやって……稼ぐ?
星の焼印を身体に、消えない咬み傷を項に残したままどうやって生きていく。

こくりと降下するブルー・ムーンの味を確かめながらフジは静かに考えた。
ジャズのスタンダードナンバーを聴きながら








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



Ω性の人間は稀少価値がある。
Ω性の人間は男女問わず、αやβに比べ圧倒的に容姿に優れている。特にΩ性の男はこの世で一番美しいと言える。その実例が“寵姫”である。今までΩ性の人間は数人見てきたが、あれは別格だ。

テゾーロはフジが席を立った後、CP0に頼んでいた寵姫についての書類を私室で眺めていた。

「テゾーロ様」
「どうした?」

床からするりと出て来たタナカさんはソファーで長い脚を組んで書面から視線を離さないテゾーロに口を開いた。

「寵姫様を見つけました」
「あぁ、随分長い化粧室だと思っていたが……それでどこにいる?」

「はい、ホテル一階の『The Moon』に居ます」
「……なにをしている」

着の身着のままで、酒でも飲んでいるのか?
金も持ってないくせに。
テゾーロはホテル一階にある自慢のバーラウンジが脳裏によぎった。

薄暗いあの店で、あの姿で、あの顔で、誰に話しかけられた? 誰に微笑んでいる?誰を自覚もなく誘惑している? ……なにを、している?
ふつふつと溢れてくる苛立ちにテゾーロは書類をソファーに置いて立ち上がった。

「警備室に行くぞ」
「かしこまりました」

◇◇◇

街中、施設中に配置された映像電伝虫からの映像が映し出された警備室へ二人は向かった。
目まぐるしく変わる映像のモニターを見るテゾーロは作業をしていたタナカさんの部下である男にきつい口調で命令した。

「『The Moon』の映像を出せ」
「はっ、はい!」
男はキーボードを叩き、テゾーロの丁度目の前のモニターに店内に設置された電伝虫の映像を映した。映像は数秒毎に切り替わる。店のあらゆる角度を映し、そして目的の人を映し出した。

「五番の映像だけ見せろ」
「かしこまりました!」

店のカウンター席で楽しげに談笑しているフジの姿を見つけた。カクテルグラスに残ったカクテルは淡い薄紫色のブルームーン、そして話をしているのはカウンターの中でシェイカーを振るバーテンダーの男も心なしか楽しげに微笑みを浮かべている。

「はっ、面白い。もう他の男に媚を売っているのか」

そして相手も満更そうではない。手持ちのないフジがカクテルを頼むわけがない。他の客と話をしているわけでもなさそうだ。
あのカクテルを提供できるのはバーテンダーだけ、そして専門家ならその意味を知っている筈だ。

モニターの液晶越しに目を細めて微笑むフジの姿にテゾーロは自分の中で何かが切れる音がした。

「……タナカさん、このバーテンダーの男の借金は幾らだ?」
「少々お待ちを…あぁ、丁度百万ベリーですね」

この街で働く人間は『奴隷』だ。自分、もしくは家族の借金のために一生働くテゾーロの所有物。
ギャンブルに負けた成れの果てである。

フジが今話しているバーテンダーの男もその一人、そして借金の額にテゾーロはにやりと口角を上げた。

「いい余興を思いついた。タナカさん、百万ベリーを用意しろ」
「かしこまりました」

フジの薬指に嵌めた指輪がモニター越しにきらりと光るのを見てテゾーロは踵を返した。
何かを企む、その微笑みを浮かべて

.
『青い月に完全な愛を囁いた男の運命やいかに』


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