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寵姫様の指輪@【テゾーロ夢/NL要素あり/グロ要素】



いつから自分は人を愛さなくなったのだろう。
いつから自分は人を愛すことを諦めたのだろう。
一人はいい。何を背負うこともない。
自分一人の為に生きるのは楽だ。

けれど、愛のない人生は酷くつまらない。
臆病なのは自分だ。
愛に矛盾した自分なのだ。







『寵姫様の指輪』







朝の日も高くに上がり、その眩さに目を覚ましたフジは素肌に触れるシーツの柔らかな感触に寝返りを打って、窓の方へ視線を向けた。

下半身の甘い痛みに顔を顰めて起き上がると髪飾りやら着物やらが床にそのまま残っている。生々しい情事の痕跡に息を飲む。
ふと自分の身体に視線を移すと赤紫色の花弁が幾つもあちこちに沁みを作ってはいたものの、身体に乾いた体液の付着は見当たらなかった。

誰かがきちんと処理をしたのだろう。
その誰かにお礼を言わなくては……

ふと項に手を回すとやはり夢ではなかったようで、そこには無残に噛み跡が残っていた。重い首輪からは解放されたが、首輪よりも重い鎖で縛られた心地である。

「っ……」

熱に侵され、盛りのついた春猫のように激しく欲情して相手を求めた。見知らぬ胡散臭い大富豪、この街ーーいや国とも呼べる黄金とエンターテイメントの都の玉座に座る支配者は自分の欲しいものを好きなだけ与えた。

めくるめく様な快楽を何度も何度も与えて、そして自分の全てを奪っていったのだ。
自分は金で買われた身で、拒否権などないのにあの夜は全てを忘れて、快楽に溺れた。

「っく……ふっ」
自分が惨めで、情けない。どうしようもなくふしだらな人間に思える。
発情期は初めてではなかった。去年初めて迎えた時は酷かった。何度抱かれても、何度達しても妙に浮かばれずに相手だけがさっさと満足して一週間生き地獄だった。

だが今回は違う。
善すぎる快楽に気を失っても尚、あの男は……。
無意識に涙が頬を伝う、顔を手で覆ってフジは力なくそのままベッドに倒れた。

これから自分はどうなる?
αの番になったΩに拒否権などない。愛があろうがなかろうが二人は一つなのだ。

そんな時である。コンコンと控えめにノックされた。声をかける間も無く声が聞こえると扉が開いた。

「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
褐色の健康的な肌に赤毛の美女、バカラがにこりと清々しい笑みを浮かべていた。後ろに控えるメイド服姿の若い女が二人ワゴンを手に、モーニングコート姿の執事が後に続く。

「……おはよう、ございます」
「昨夜はお楽しみいただいた様でなによりですわ」

「楽しんだ……わけ、ない」
「あら、そうかしら」

「私に薬を盛ったことは……謝らないのですね」
「テゾーロ様のご命令のままに行ったことなので。それに……」

「?」
「あの薬はΩにしか効きません。Ωだったあなたが悪いのでは?」
「……っ」

「まさか世界貴族から寵愛を受けてきたあなたがΩだったなんて……気づきもしませんでしたわ」
バカラが話す中、近づいてきたメイドが散らばった着物一式を拾い上げてワゴンに乗せた。

「さて……立てますか? 湯浴みの準備を整わせていますが、その様子では無理ですね」
バカラは執事に目配せをするとシーツごと横抱きにさせられてその場からフジを移動させた。








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熟した甘い桃のような香りがする湯で身体を、髪を余すところなくじっくりと洗われる。湯から上がると髪を丁寧に乾かされて椿油で潤わされた。
柔らかいバスローブに身を包み、そのままマッサージ室へ。

美しいエステティシャン達がいい香りのするマッサージオイルで身体の痛みや凝りを熟練の手練手管を披露していくとこれにはフジもうとうとと眠気を誘われてしまう。

エステが終われば次は服である。
黒のサテン生地の紐パンを用意され、最初は戸惑ったがこれしか用意されていないのなら拒否権はない。フジはサイドの紐を結んで臀部に食い込む生地を指で広げながらなんとも言えぬ心地になった。

そして脚に薄手の黒のシアホールアップストッキングが穿かされ、太もも辺りまで上げられる。

そして用意されたのは黒のAラインドレス。
胸元と裾、ノースリーブ部分に幅広の作りの細かいレース飾りがあしらわれたロング丈のノースリーブドレスに脚と腕を通して後ろ髪を前へ寄せると近寄ってきたバカラが後ろのファスナーを閉じる。

「サイズは丁度良いようですね。何か不具合はございませんか?」
「腕が……」

バカラはフジの左腕に視線を移した。
天駆ける竜の蹄、天竜人の所有の証がそこにはあった。古代人は壁画に自分達の生きた証を残したが、今もそれは変わっていないのだ。
自分のものには名前を書くと同意義語に所有の印を残すのである。

「あぁ……ご心配には及びません。それは後で解決する問題、なんのこともございません」
「そう……ですか」

バカラはそのまま上までファスナーを引き上げるとフジを鏡台の前へ座らせた。すると他の女がワゴンを引いてこちらに来る。
ワゴンにズラリと乗っていたのは『首輪』もといΩ用のチョーカーであった。

「別に……必要」
「ありませんか? この傷は見ていて痛ましい上、他のお客様からすれば目障りでしかありませんので隠していただいた方がよろしいのですが」

客?

「お客様とは……一体なんの話で」
「あら、テゾーロ様から聞いておりませんか?あなたは今日からこのグラン・テゾーロでお客様をおもてなしするのですよ。その身をもって」

鏡越しに見つめたバカラは微笑んでいた。フジにとってその笑みは怖くて怖くて堪らない。この女もαなのだとその時理解したのだ。
そして、あの男は自分のことを単なる玩具にしか思っていないのだと理解した。

「でもご心配ありませんわ。あなたがお相手するのはVIPのお客様、それも一晩百万ベリーを支払えるだけの限られた方になりますので然程リスクはないかと存じます」
「それは、つまり……男娼の真似事をしろということですか?」

「いいえ、男なんてとても見えませんわ。こんなに美しく、可愛らしい殿方は今まで見たことがありませんもの」
にこにこと微笑みながらバカラは鏡の前で目を大きく見開いたフジと視線を絡み合わせた。

「テゾーロ様がお許しくだされば私があなたを孕ませて差し上げたいくらいですわ」

するりとドレス越しに下腹を撫でられる。昨日散々突かれたそこが疼いた気がして、フジはカッと頬を紅潮させた。

「……っ、女性が言う台詞ではありませんよ。慎みなさい」
「これはこれは失礼致しました。寵姫様」

バカラはずらりと並んだチョーカーの中からその一本を手に取り、カチャカチャと項辺りに巻いた。留め具をつけて、そして鍵を閉める。

太めのベルベッド生地でできた黒のチョーカー、前部分がレースアップになっているその締め付け具合にフジは顔を顰めた。
なんだ、同じじゃないか。マリージョアのでの五年の歳月と何が違うと言われれば金を支払ってこんな自分を抱く好き者がいるというぐらいである。

「お美しいですわ」







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「テゾーロ様、寵姫様をお連れしました」
「あぁ……入れ」

「失礼します」
こつりこつりと二人分の足音が響く広い部屋。
天井が高く、白と金で豪華に装飾されたその部屋の奥に置かれた大きなソファーに彼はいた。
部下であるバカラが連れてきた自分の番の美しさに彼はほぅと感嘆の息を漏らした。

長い黒髪は高い位置で纏め編みこむように結われている。編み込まれたまとめ髪を飾るのは金の星を模した三連バレッタ。形のいい耳からを飾るのは金のチェーンタイプのイヤリングは先端に飾られた小さな星が歩くたびに揺れる。
黒のシンプルなドレスの裾から覗くのは同じくレース素材でできた黒のハイヒールパンプスを履いていた。

「これは、美しい。いいセンスだな、バカラ」
「寵姫様の元々の素材がよいからですわ」

昨日の姿と打って変わって肌を見せる装いは身体のラインを美しく見せていた。
とても男には見えないが女らしい胸の膨らみがなくとも魅力的な細い柳腰に男にしては肉付きのいい丸みを帯びた臀部からすらりとした脚が伸びている様がドレスの生地越しにも分かる。

「近くに来い」

端正な顔立ちに映える化粧はより一層その目もくらむほどのフジの美貌を輝かせていた。
薄い唇に彩る艶やかな赤が黒一色で纏められた装いに艶やかにアクセントになっている。
思わず貪りたくなるほど扇情的なその人は下唇を噛み締め、静かにソファーに座る。

二人の距離の遠さにバカラはこの二人の関係が伺えた。まぁ、昨日の今日で馴染んでいたらそれはそれで怖いものがある。

「なんだ、緊張しているのか」
「……っ、そんなことは」

「なら近くへ来い」
「……人前で、ベタベタするのはどうかと」

「っはは!! 聞いたか! バカラ!」
「はい。その可愛らしいお言葉一つでお邪魔だと分かりました。またご用があればお呼びくださいませ」

くすくすと笑うバカラはそう言って踵を返し、静かに部屋を出て行った。彼女が出て行った後も笑うテゾーロにおずおずと近づくフジは横目で見つめた。

前髪を撫で付けたオールバックの髪、吊り上がった眉と垂れ目のコントラストがいい顔は端正で、男らしい顔立ちをしている。白いラインが入ったピンク色のスーツ姿は堂に入ったものでソファーに座ったままでも長い脚が嫌でも目に入る。

「まだ遠いな」
「十分近いかと……」
人一人分空く程の距離感、テゾーロはグイッとフジを自分の方へ密着させた。
肩を抱き寄せれば左腕の忌々しい焼き跡が目に入った。

「あぁ……上書きをするのを忘れていた」
テゾーロが指を鳴らすと床をすり抜けるようにでできた大きな頭をしたその人にフジは驚いた。
すり抜けて現れたその姿もその容姿にも驚いたがそれよりもその人物が手に持った重たげなバケツの赤々と燃え滾り、光を放つそれに大きく目を見開いた。バケツから伸びる棒、それには思わず過去の記憶がフラッシュバックされる。


「いっ、……いや!……っ、焼き、鏝は……っ」
歯をガチガチと小さく震わせるフジの顔が恐怖に染まり、ソファーの背もたれに下がろう下がろうとするががしりとテゾーロに肩を掴まれ逃げ場がない。

タナカさんがバケツから棒を引き抜くと、先端が真っ赤に光っていた。赤く燃える星型の印が赤く燃えている。
逃げようと腰を上げたフジをテゾーロはいとも容易くうつ伏せに押し倒して、口で器用に自分の小指に嵌った指輪をフジの身体に落とす。

ヒュッ!!

するとそれは、まるで意思を持った生き物のように蠢き、フジの身体をがしりとソファー、床に巻き付くように固まった。
フジは近づいてくるタナカさんを絶望の眼差しで見つめる。

「っ、……い、や……どうか……、堪忍して……ぇ」
「……よろしいですか? テゾーロ様」

「あぁ……やれ」
テゾーロは自分の指を後ろからフジの口内に突っ込んだ。痛みで舌を噛み切らぬようにである。指にあたるフジの歯が恐怖で震えているのが分かったが…嗜虐的な欲望を誘うこの声が、顔が、全てがいけない。

「待て、もう一度熱を。上書きするにはこれを押した以上の熱が必要だ」
「了解……するるるるるっ」

バケツを床に置いてまた棒を突っ込んだタナカさんは焼き鏝に十分熱が行き渡ったことを確認して取り出すと露わになったフジの細い白い左腕の天竜人の紋章めがけて一気に押し付けた。

じゅうぅうううっ!!
「んんんんんんーーーーっ!!」

くぐもった叫びとともにテゾーロの指を力一杯噛むフジは目がこぼれ落ちそうなほど大きく見開いて与えられた激しい痛みと熱に声を上げた。

肉が焼ける匂いとともにタナカさんはカウントする。目を大きく見開いて抵抗に震えるフジを見下ろしながら、失敗は許されないとばかりに焼き鏝を強く押し付けた。

「んんっ!! んんんんんっーー!んんーーーっ!!」

悲痛な叫びが広い部屋に響く、慎ましげに座っていたフジの姿とは違う激しい痛みに耐えるその姿に心を奪われる。元海賊に、痛む良心は持ち合わせていないのだ。

「3……2……1」
「0、オーケイだ。離せ」
カウントを終えてじゅっと焼き鏝を引き剥がすと肌が焼け焦げた皮膚が張り付いて剥がれる痛みにもう麻痺して顔を涙で濡らしたフジはがくりと気を失った。痛みでドレス越しに下半身を濡らしながら。

白い腕にはもう天竜人の紋章はない。
あるのは星のマークだけ、ギルド・テゾーロを象徴する“ステラ”のマークがぽっかりと痛々しく肌に残った。

「これでやっとーー俺のものだ」
ギルド・テゾーロという男の狂気をタナカさんは垣間見た心地でぞくりとした。フジの口から抜いた自分の血まみれになった指を赤いルージュが塗られたフジの唇になぞり、なすりつけて口付けた。
その姿は美しくも、狂喜を感じるものだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ずきりずきりと疼く左腕に巻かれた包帯越しに酷く痛む気がした。
目が覚めた時には新しいドレスに変わっていて、まとめ髪も先ほどのように綺麗に纏まっていた。

首回りが大きく開いた長袖のピタリとした作りのロングドレス。胸元にはワインレッドカラーの薔薇、チョーカーは先ほどと同じものだったが深くスリットが入ったそれはレース地の透け感がある黒のドレスだった。
着心地は酷くいいし、デザインも些細な所まで拘っているように見える。

フジは待つようにと言われた部屋の窓から外を眺めていた。
もう外は夕闇に包まれている。夜の帳が下り、街が光り輝く瞬間も間近に迫った頃部屋をノックする音に振り返る。

「失礼します。お薬をお持ちしました」

バカラである。
男の自分よりも身長の高い肉欲的な身体つきをした彼女は肌を大胆に露わにしたドレスの深くスリットの入った左太腿に入った刺青を晒しながらこつりこつりと歩み寄ってくる。

手には水の入ったグラスと錠剤が三錠
フジは静かにそれを受け取り、口をつけた。

「発情誘発剤と思わないのですね?」
「……二度も同じ手を使うような方には見えませんので」

「それはそれは。……あぁ、言い忘れていました。今からVIPルームに来るようにとテゾーロ様から言付かっております」
「……分かりました」

グラスの水を飲み干して、近くのテーブルに置くとフジはバカラと共に部屋を出た。廊下を二人で歩きながら先に口を開いたのはバカラである。

「従順な方ですね。あなたは」
「……一種の処世術ですよ。どうせ、聖地でも娼婦の真似事のように淫蕩な暮らしをしていたので……ここで客をとることも同じだと諦めただけです」

こつり、こつり
絨毯越しの硬い床に二人の足音、そして近づいたエレベーターを前にバカラはボタンを押した。

「寵姫様はお強いのですね」
「死ぬ勇気もない臆病者ですよ。守るものなんてないのだから死ねば楽になれると思っていても……死に切れない」

開いた扉をくぐり、エレベーターの中でフジは憂いを帯びた顔をしていた。そんな様子をバカラは静かに横目で見ている。

「バカラさんは朝と夜で随分変わりましたね」
「なにがですか?」

「纏う雰囲気が、です。今はどこか私に同情的に思えます」
「それはどうでしょう。……でも、あなたに惹かれる人達の気分が分かった気がするだけです」

最初は世間知らずなお姫様だと思った。
鎖国国家ワノクニからマリージョアに嫁ぎに来た異国のお姫様は五年前の新聞に花を飾っていたのを見たことがあった。

「でも、Ωのあなたならさぞ天竜人からすればいいお相手だったのでは? Ω性の男は今や希少価値、αなら何故番の契約をしなかったのか不思議でなりません」

きっと天竜人にまるで壊れ物のように大事にされ、愛され、誰からも好かれる人柄を持っているのだと思っていた。
五年もの間聖地にいて、綺麗な項を貞操のように守る意味は?

「……正妻とは名ばかり。私には子供ができなかったのですよ。旦那様は影で何人もご側室を囲っていらっしゃった。いつまで経っても正妻の私が身籠もらないのでお医者様が調べたところ、β性の精子に対する抗体があると」

天竜人はβが殆どでα性は稀だ。
フジは確かな口ぶりでそう言った時にエレベーターが目的階へと辿り着いた。はっとしたバカラがエレベーターの扉をノックして、タナカさんを呼び出す。

「これは寵姫様、お加減はいかがですか?」
「バカラさんがお薬を下さったので痛みは引きました。お心遣い感謝します」

先ほどの深い悲しみと絶望にくれた顔はどこへ行ったのやら。フジはにこりと柔らかな笑みを浮かべた。これにはタナカさんもバカラも驚きでしかない。

「そ、それは良かったです。では、参りましょう」
「はい」

「バカラはどうしますか?」
「わ……私はお客様をお迎えに上がらないといけませんので戻ります」

タナカさんの手に自分の手を重ねたフジは空いた左手でドレスの裾を引きずらないように持ち、バカラの頬に口付けた。

「バカラさん、色々と感謝します」
「っ!」

不意打ちの口付け、近づいたフジからは甘い香りがした。そしてタナカさんに手を引かれて、エレベーターの外に広がるVIPルームへ

「なっ、なんなのよ……」
残されたバカラは自分の心臓が早く脈打つ心地に頭が混乱した。
年下で、自分よりも小柄なΩ性の女よりも美しい男に口付けされた。それは、愛情ではなく、ただ親愛のそれだと理解はしていた。だがそれでもはやる鼓動を抑えられずにいた。

頬に残ったルージュの跡を手袋越しの甲で拭いながら、自分の中で芽生えつつある感情は何かも分からずに。
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