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Dream
これ以上のこと/河野叡一

カチ、カチ、カチ…

壁掛け時計の秒針の音が部屋中に響いている。
あれから何十回、いや何百回鳴っただろうか。

私は机に向かい静止していた。
目の前には、明日提出の数学の課題が広げられている。
……というのも、最終章の問題がさっぱり分からないのだ。

あれ?これ、前に見たことあるような……?

そうは思っても、答えは疎か、解法でさえも皆目検討がつかない。

仕方ない、会長に聞いてこよう。

私はノートと筆箱を持って部屋を後にした。







いつも聞いてばかりで悪いなとは思いつつ、思い切って向かいの部屋の扉をノックする。

「かーいーちょっ!」

「……鈴木さんか」

いつもより低めの声の返事。機嫌が悪いともとれそうだ。

「えっと、入ってもいいかな……?だ、だめなら、いいんだけど……」

恐る恐る尋ねてみる。
こんな会長は初めてで、思わず身構えてしまった。

「別に構わないが……」

少し間を置いたあと、会長は部屋の扉を開け、私を中に招き入れてくれた。

声の調子とは裏腹に、顔色は悪くないようだ。どことなく余所余所しい感じはするが、どうやら機嫌が悪いのではなさそうだ。

「それで、課題でも教えて欲しいのか?」

「そうなの、数学の……この問題なんだけど」

「あぁ、それは……」








うーん……。

会長の態度に違和感があるのは確か。
だけど、会長がいつも通り振る舞おうとしているのも確かだった。

ひとまず気にしないことにして、私は目の前の数学に集中することにした。







「できたー!」

「良かったな」

「かいちょ……じゃなくて、……え、叡一くんのおかげだよ!」

そういえば今は二人きりなんだと今更気づき、慌てて名前で呼ぶ。
元々はそういう約束だつたのだ。

隣からクスッ、と笑い声が漏れる。
いつもの叡一くんだ……!

「……千尋」

叡一くんが私の手をとった。優しい目をしている。

あれ?
さっきまでの叡一くんの違和感がなくなったような……?

あ……そういうことだったんだ。
考えを巡らせ、私は気がついてしまった。
なんだか照れ臭い。

「叡一くん、ごめんね?」

「……何が」

「寂しかったんでしょ!」

そう言って叡一くんの手を握り返す。

いつもとは逆の立場に、若干の優越感を感じてしまう。

……しかし相手はあの会長さんなわけで。
私が余裕を保っていたのも束の間、

「何?千尋が慰めてくれるの?」

と、いつものいじわるな笑みを浮かべ、叡一くんは私の手を引いた。

不意なことにバランスを崩し、叡一くんのほうに倒れ込む。

「……今まで溜まってた分」

「え、叡一く……」

ぎゅっと抱きしめられる。
叡一くんの鼓動が聞こえる程、体が密着している。

そして叡一くんは、なかなか放そうとしない。

時間がたつごとに恥ずかしさが増してくる。

だって、こんなに優しく抱いてくれてるんだもん……。

心地いい。
でも恥ずかしいよ……。

これ以上は耐えられないよ、幸せすぎて心臓が止まりそう……。

「い、いつまでこうしてるの……?」

「僕の気が済むまでかな」

「それはいつ?」

「そうだな……明日の朝、かな」

叡一くんの右手が私の腰に伸びてくる。

「ひゃあっ!」

すぐ後ろのベッドにゆっくりと倒された。

突然の行動に抵抗する術もなく、ただ目をぱちくりさせる。

「もう我慢できない」

そう言って叡一くんはブラウスのボタンに手をかけた。

「えっ!?」

いくら私でも、この状況が何を指すのかくらいは分かる。

さ、流石にこれはマズいんじゃないのっ!?
隣には圭吾さんや、孝明くんまでいるのだ……!

な、何より心の準備が……。

「叡一くん、放してよっ」

「……何で」

心底不満げな顔を向けられる。

「は、放したらいいことあるかもよ?」

「その理屈は分からないな。
これ以上の"いいこと"は千尋抜きでは有り得そうにないんだが?」

叡一くんは、ニコリと笑みを浮かべた。

そして甘い口づけを落とされる。

「ん、んっ…」

全てを味わうような唇。
叡一くんのことで頭がいっぱいになる。

だんだん力が、抜けていく……。

甘いキスのせいで、思うように力が入らない。

「ねぇ、千尋。
今日は僕の部屋、泊まってく?」

真っ赤になりながら頭を横に振るも、願いは聞き入れられそうにない。



Fin.


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あきゅろす。
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