Dream
これ以上のこと/河野叡一
カチ、カチ、カチ…
壁掛け時計の秒針の音が部屋中に響いている。
あれから何十回、いや何百回鳴っただろうか。
私は机に向かい静止していた。
目の前には、明日提出の数学の課題が広げられている。
……というのも、最終章の問題がさっぱり分からないのだ。
あれ?これ、前に見たことあるような……?
そうは思っても、答えは疎か、解法でさえも皆目検討がつかない。
仕方ない、会長に聞いてこよう。
私はノートと筆箱を持って部屋を後にした。
◆
いつも聞いてばかりで悪いなとは思いつつ、思い切って向かいの部屋の扉をノックする。
「かーいーちょっ!」
「……鈴木さんか」
いつもより低めの声の返事。機嫌が悪いともとれそうだ。
「えっと、入ってもいいかな……?だ、だめなら、いいんだけど……」
恐る恐る尋ねてみる。
こんな会長は初めてで、思わず身構えてしまった。
「別に構わないが……」
少し間を置いたあと、会長は部屋の扉を開け、私を中に招き入れてくれた。
声の調子とは裏腹に、顔色は悪くないようだ。どことなく余所余所しい感じはするが、どうやら機嫌が悪いのではなさそうだ。
「それで、課題でも教えて欲しいのか?」
「そうなの、数学の……この問題なんだけど」
「あぁ、それは……」
◆
うーん……。
会長の態度に違和感があるのは確か。
だけど、会長がいつも通り振る舞おうとしているのも確かだった。
ひとまず気にしないことにして、私は目の前の数学に集中することにした。
◆
「できたー!」
「良かったな」
「かいちょ……じゃなくて、……え、叡一くんのおかげだよ!」
そういえば今は二人きりなんだと今更気づき、慌てて名前で呼ぶ。
元々はそういう約束だつたのだ。
隣からクスッ、と笑い声が漏れる。
いつもの叡一くんだ……!
「……千尋」
叡一くんが私の手をとった。優しい目をしている。
あれ?
さっきまでの叡一くんの違和感がなくなったような……?
あ……そういうことだったんだ。
考えを巡らせ、私は気がついてしまった。
なんだか照れ臭い。
「叡一くん、ごめんね?」
「……何が」
「寂しかったんでしょ!」
そう言って叡一くんの手を握り返す。
いつもとは逆の立場に、若干の優越感を感じてしまう。
……しかし相手はあの会長さんなわけで。
私が余裕を保っていたのも束の間、
「何?千尋が慰めてくれるの?」
と、いつものいじわるな笑みを浮かべ、叡一くんは私の手を引いた。
不意なことにバランスを崩し、叡一くんのほうに倒れ込む。
「……今まで溜まってた分」
「え、叡一く……」
ぎゅっと抱きしめられる。
叡一くんの鼓動が聞こえる程、体が密着している。
そして叡一くんは、なかなか放そうとしない。
時間がたつごとに恥ずかしさが増してくる。
だって、こんなに優しく抱いてくれてるんだもん……。
心地いい。
でも恥ずかしいよ……。
これ以上は耐えられないよ、幸せすぎて心臓が止まりそう……。
「い、いつまでこうしてるの……?」
「僕の気が済むまでかな」
「それはいつ?」
「そうだな……明日の朝、かな」
叡一くんの右手が私の腰に伸びてくる。
「ひゃあっ!」
すぐ後ろのベッドにゆっくりと倒された。
突然の行動に抵抗する術もなく、ただ目をぱちくりさせる。
「もう我慢できない」
そう言って叡一くんはブラウスのボタンに手をかけた。
「えっ!?」
いくら私でも、この状況が何を指すのかくらいは分かる。
さ、流石にこれはマズいんじゃないのっ!?
隣には圭吾さんや、孝明くんまでいるのだ……!
な、何より心の準備が……。
「叡一くん、放してよっ」
「……何で」
心底不満げな顔を向けられる。
「は、放したらいいことあるかもよ?」
「その理屈は分からないな。
これ以上の"いいこと"は千尋抜きでは有り得そうにないんだが?」
叡一くんは、ニコリと笑みを浮かべた。
そして甘い口づけを落とされる。
「ん、んっ…」
全てを味わうような唇。
叡一くんのことで頭がいっぱいになる。
だんだん力が、抜けていく……。
甘いキスのせいで、思うように力が入らない。
「ねぇ、千尋。
今日は僕の部屋、泊まってく?」
真っ赤になりながら頭を横に振るも、願いは聞き入れられそうにない。
Fin.
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