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スイレン




「大分、花が増えましたね」


美化委員の仕事として、週ごとに変わる花壇の水やり当番が私のクラスに回ってきた。



そして放課後。
こうして花壇の前に居るわけで。


「そうだね。花達も仲間が出来て嬉しそうだ」


私の隣には穏やかな顔つきで花達を眺める幸村先輩の姿。






今週は私のクラスが水やり当番だと話したら。



『いつかのお礼に、俺も手伝うよ』



なんて微笑みながら、先輩は言葉を発したんだ。



"いつかのお礼"



その言葉が指すのはきっと、プランターの花を花壇に移す作業を手伝ったときのこと。




だけど、それはたぶん、




口実。




手伝ってくれる理由はもっと単純で
分かりやすいものだと思う。



そう、例えば−…



『もっと名前と一緒にいたいからね』



なんて、本人の口から真相を伝えられてしまえば
あの言葉は口実だったと確定してしまって。



少し残念に感じたけれど、笑みがこぼれた。





素直だけど、素直じゃない




先輩のそういうところ





『えっと…それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます』





私、嫌いじゃないんだって





気づいたんだ










「それにしても満開だね」
「はい!凄く綺麗です!色も素敵で!」


茎を伸ばし葉を広げ、懸命に生きる花達。


その姿は力強くて、可憐で。
見ていて心が温かくなる。


「ふふ、じゃあ俺たちの手でもっとこの花壇を綺麗にしようか」

「ええっ!?これ以上にですか?!」


出来るんですかと問う私に先輩は簡単さ、と言葉を紡いでにこっと笑った。


「俺と名前の仲がもっと深まれば、この花たちも自然と鮮やかな花弁を魅せてくれるよ」

「も、もうっ、からかわないで下さい」


紅潮してきた頬を隠したくて、私は急いで蛇口がある場所まで移動した。


そして蛇口を捻った瞬間、



「きゃっ!?」



本来ならホースから出るはずの水が、まるでスプリンクラーの如く蛇口から吹き出した。

そんなアクシデントが起こるなんて思ってもみなかった私は勿論、直にその水がかかってしまうわけで。


「名前っ、大丈夫かい!?」


急いで駆け寄ってきてくれた先輩に微笑む。


「あ、はい。ちょっと濡れちゃったけど…」
「ちょっとじゃないよ!」


…確かに、ちょっとにしては少し肌寒いかなと感じる濡れ具合。思ったより体温が奪われているのかもしれない。


「大丈夫ですよ、これくらい。すぐ乾きます」
「そう言う問題じゃないよ」


そう言って先輩は自分の上着を脱いで、私にかけてくれた。その行為に心臓がとくんと音をあげる。


「乾く前に風邪でも引いたらどうするの」
「で、でも先輩の上着が濡れちゃ…」
「俺は名前が風邪を引く方が、ずっと嫌だ」
「…っ」



「寒く、ない?」


目の前に迫った先輩の顔。


いつもの笑みではなく
私を心配して浮かべてくれる、その表情に。


「は、はい…」


ついつい見とれてしまう。


ぼぅっと眺め続ける私が我に返ったのは
先輩の優しい手つきを感じたから。


気がつけば、その手は私の頬を伝う滴を拭ってくれていて。


現状を理解したら急に恥ずかしくなった。
頬が熱を帯びていく。



そんな私を眺めながら、先輩は口を開く。



「それに、名前は無防備過ぎ」
「え?」



あれ?心なしか先輩の頬、赤い?

それにさっきまでは目を見て話してくれてたのに
急に視線、そらされた…?


「どうしたんですか?」


そう呟いた質問に先輩は、ちらっと私の方を見て。視線の先を見るように促した。

私は頭上に?マークを浮かべ、その視線を追う。
そして辿ついたのは…。



「その…透けてる、よ?」



濡れたシャツからうっすらと浮かぶ下着。

目の当たりにした光景に。
先輩の言葉の意味を理解した私は。


「…っっっ!!!!!!」


声にならない声をあげ、とっさに肩にかけられた上着を胸の前でしっかりと閉める。



みみみみ見られた!!!
やだっ、恥ずかしい…っ!!!
どうしよう!!!!!!



混乱状態に陥ってる私に
冷静さを取り戻してくれたもの。



それは、



ふわりと香る、先輩の匂い。



「俺のでよかったらジャージ使って」



差し出されたジャージから香る、優しい匂いに自然と心が落ち着いていく。


「6時間目の授業で使ったけど、汗はかいてないから大丈夫だよ」


さっきまで混乱状態だったことが嘘みたいに、落ち着きを取り戻した私は、先輩と手渡されたジャージを交互に眺める。


「でも上着も借りてて、ジャージもなんて悪いですし…」


その呟きに先輩はフフ、と言葉を漏らして。


「気にしなくていいから。早く着替えておいで」


と、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。




ふわりと暖かい風が吹いて。
先輩の匂いがいっそう私を包み込む。




昔、誰からか聞いたことがある



"匂い"はその人自身を現していると



当時はその言葉の意味がわからなかった



匂いなんて誰もが持ってるものだし
匂いをかいだって何もわからない



だけど、



今なら少しだけ、わかる気がする




だって先輩の匂いは




こんなにも優しくて、温かくて
傍にいるだけで落ち着きをくれる




きっとこれが、その人が持つ"匂い"





そしてこの温かさが





幸村先輩の"匂い"なんだ








「精市、」







「え……?」



きょとんとする先輩の顔を真っ直ぐに見つめて。
にこっと微笑む。





「ありがとうございます」




感謝の気持ち、ちゃんと伝えたい




「ちょっと着替えてきますね」




…伝わってるといいな




そんなことを思いながら、先輩のジャージを抱き締めて。更衣室へ向かった。









名前の姿が完全に見えなくなってから
俺はポツリと呟きを漏らした。





「急に名前を呼ぶなんて反則だよ」




心臓が変に脈打ってるのは



きっと、



そのせいだ




額に手を当てて、目を瞑る。





だけど、




それと同時に




こんなにも




「胸が苦しくなるのは何故?」





呟いた言葉は、




誰かの耳に届くことなく




静かに





宙に溶けていった。







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