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カーネーション




「…」
「どうしたの?そんな怖い顔して」


昼休みになって。


一緒にご飯を食べようと
幸村先輩が私の教室に迎えに来てくれた。


屋上に移動すべく廊下を並んで歩く。
ここまではいつもとかわらない日常風景。


問題はそこからで。


「えっと…これは一体…?」


視線の先には私の右手を
しっかりと握る先輩の左手。


「俺のこと好きになってもらう為にこれからは積極的になろうと思ってね」


いつもの爽やか笑顔を浮かべ、
さらりと私の手を握ったまま今に至って尚、
離そうとする気配は微塵も感じられない。


「ちょっと積極的すぎませんか?」
「そうかな?俺的には控えめな方なんだけど」


これで!?
しかも恋人繋ぎだよ!?


そんな私の様子なんて気にも止めず
いつもの余裕顔を浮かべて


「ところで、放課後暇かな?」


なんて問ってくる。


…今日初めて会った時から
ずっと感じてた違和感を確信する


「…すみません。用事があります」


いつもと様子が違う


「そうか…デートに誘おうと思ったんだけれど残念だな」


普段の先輩ならこんな風に
いきなりデートに誘ったり
さりげなく手を繋いできたりしない



『俺は名前ちゃんが好き』



きっとこれは



「…あの」



『いつか振り向かせてみせる』



昨日のこと、



「ん?」



『仁王なんかに負けない』



無関係じゃない



「昨日のことなんですけど…」


切り出し難そうに持ちかけた話題に
先輩はああと小さく言葉を漏らして。


「きちんと心得てるよ」
「なら、なんで…」


確かに臨むところだなんて言っちゃったけど…

こういうことされたら困るって
先輩ならわかってくれてる筈…


「でも俺 言ったよね?君を振り向かせるって」
「…はい」


「それと」


歩みが止まって。


「仁王には負けない、とも言った」
「…はい」


「だから、だよ」
「え?」


繋がれた手に視線を送って。


「こういうことするのは」


そして私を真っ直ぐ見つめる綺麗な瞳。


「たとえ名前ちゃんが望まない行為をしてでも、君の気を惹きたい」


逸らすことを知らないその視線が私をとらえる。


「何もしないで構えていられる余裕なんて俺にはないからね」


けれど。


いつもの自信に満ちた力強い瞳とは違う
少し頼りない印象を受ける瞳。


だからかな、


「ふふ、」


笑みが溢れたのは。


「俺、何かおかしなこと言ったかな?」
「いえ、何だか意外だなって」
「意外?」


キョトンとした顔を浮かべる先輩がまた可愛くて。笑みが溢れる。


「はい。先輩はいつも落ち着いてて、余裕のある人だって印象を持ってたから」


確かにスキンシップが多いのは困るけど
昨日の言葉、嘘じゃないって伝わってくる

一生懸命で真っ直ぐで不思議と心があたたかくなった


「へぇ…俺ってそんな風に思われてたんだね」

「はい。だから先輩の隠された顔を知れて嬉しいと言うか親近感が沸いたというか−」


「…」


ふと様子を窺うと先輩の顔がすごく真剣味を帯びていて自分の発言にハッとする。


「あ、ごめんなさい!失礼ですよね…」


「…て」
「え?」


そっと伸ばされた手が私の頬に触れる。



「笑って」



慈しむような、そんな瞳。



「せ、先輩…?」



様子が、おかしい



「今の笑顔、もう一度見せて欲しい」



私を見ているようで



「名前」



何も映していない、その瞳−


「ちょ…」


だんだんと近くなる距離に戸惑い、離れようとするけれど。しっかりと手を握られている為にそれも叶わなくて。


「幸村先輩…?」


頬に添えられていた手が私の肩に移動してそっと抱き寄せられる。



「ねぇ」



耳許で甘さを帯びた声が、響く。



「俺の名前を呼んで」



…っ、本当にどうしちゃったの!?



「ゆ、幸村先輩…?」

「精市って呼んでくれないかな」
「えっと、それはさすがに…」


馴れ馴れしいというか
段階が早すぎるというか…


心のなかで必死に返答していたら
私を抱き締める腕に少し力が入った。



「お願い」



「っ、」


錯覚かもしれないけれど少しだけ
肩が震えているような気がした。


「……せ、……精、市先輩」


「先輩は要らないよ」
「でも…」


私の言葉に埋めていた顔を上げ見つめてくる。
その辛そうな表情に胸が痛んだ。



「……精市」



何かを言おうと口を開いたものの
その言葉しか言えなくて。



「ありがとう」



くしゃっと微笑む先輩は酷く儚く見えた。



どうしてそんなに辛そうな顔をしているのか
何がそうさせているのか



わからない



「二人の時だけでいいから、これからは精市って呼んで欲しい」



先輩はそう言うけれど、何故だろう
これ以上名前を呼んではいけない気がした



だけど、



「嫌…かな?」



そんな顔されたら断れないよ


「嫌じゃない…です」
「うん、いい返事だ」
「…」


何で私に名前を呼んで欲しいの?
訊きたいことが喉につっかえて出てこない。


だけど好きだから、なんて
そんな単純な問題じゃない気がする
わからないけどそんな気がするんだ


「隙あり」


耳元で急に声が聞こえたかと思ったら。
再び訪れた手の感触に我に返る。


「え!? 」
「フフ、ボーッとしてるからいけないんだよ」


しっかりと握られた手は
ちょっとやそっとの抵抗じゃ
離してはくれないのだろう。

そう確信したら後は観念するしかなくて。
心の中で小さくため息をついた。


「それじゃあ行こうか、名前」
「へ!?」
「俺だけなんてズルいから。これでおあいこ」
「おあいこって…」


先輩がそう呼ばせたくせに
言ってることが無茶苦茶だ


「ふてくされた顔も可愛いけど、俺的には笑った顔が一番好きだな」


恥ずかしげもなくサラリと言葉を漏らす先輩に
聞いてるこっちが赤面しそうになる。


「…先輩がそんな人だとは思いませんでした」
「ふふ。知らなかった?それと−精市、だろ?」
「う…」
「せっかく二人っきりなんだし、名前呼びの練習をしようか」



そう呟いていつもの笑みを浮かべる先輩の顔は
先程までの出来事がまるで嘘かのように感じさせられた。


だけど微かに感じる影。
そしてそれを隠したつもりでいる先輩。



気づいてますか?



先輩が私の嘘を見抜くように
私だって先輩の嘘を見抜けるんですよ、



無理して笑わなくていいのに
辛いなら私に相談してくれてもいいのに



いつものお返しがしたいけれど
先輩は決して私にも他の人にも



弱味を見せてはくれない






それが酷く悲しいと思った






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