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動乱の江戸幕府(二)
「それじゃ又一郎。これを運んだら少し休憩をしよう」
「わかった。私はこっちを持って行くから、菊兵衛(きくべえ)はそっちの荷物を運んでくれ」
 とても豪華な大型帆船の真横で何人もの男が荷物を船から出したり船に運んだりと、とても忙しそうに働いていた。
 その中に、先ほど宮村と歩いていた男がいた。
 男の名は、門松 又一郎(かどまつ またいちろう)。
 伊豆出身の下級武士である。
 武士と言っても下田の中では武士に成り立ての新米で、日本が開国してからは他の下級武士と同じく港の貿易の手伝いに借り出されている。
 それに先月ここ下田の領事館創設のためにハリスが着任してからはそちらの手伝いもあり、休む暇もほとんど無く働いていた。
 それに加えて、ハリスの着任祝いのために先日来航したアメリカ国の富豪の船の整備などもあいまって、今までの中で最も忙しい只中にいた。
 そして隣で一緒に荷物運びしている男の名は、菊兵衛。
 又一郎と同じく、伊豆出身の下級武士である。
 ほとんど同時期に武士となった二人は、同じ新米として友達の仲を深めていったのだ。

 二人は船の中に荷物を運び終えた後、港にまだ残っている荷物を日陰にして休むことにした。
「とりあえずこの調子だと、今日中には荷物の運搬が終わりそうだな菊兵衛」
「それでも他にやることはまだたくさん残っているから、落ち着いてられないよ」
 二人は休憩に入ると、取り止めの無い話を始めた。
 又一郎と菊兵衛は港の手伝いに借り出されるようになってからは、同じ持ち場で働くことが多かった。
「日本が開国してから二年、世の中は目まぐるしく変わっていくな」
 晴れ渡る空を仰ぎながら、菊兵衛は又一郎にそんなことを呟いた。
「確かに。おかげでこんな忙しい日々が訪れるなんて、思いもしなかったよ」
「‥‥‥」
「…?どうしたんだ菊兵衛?」
 又一郎が心配に思って問い質しても、菊兵衛は空を仰いだまま答えなかった。
 空を仰ぐ菊兵衛の目は、どこか不安そうであった。

 …又一郎が菊兵衛に気をつかって黙って座っていると、唐突に菊兵衛が切り出した。
「お前は、不安にならないのか又一郎?」
「…?どういうことなんだ?」
 真正面から見つめて問い質す菊兵衛の目は、相変わらず不安そうだった。
「江戸幕府、いや日本は自給自足で生きていける国だ。だから外の国から侵略されないよう、他国の来航や貿易を禁止にした」
 実際は江戸時代初期に九州を中心に拡大したキリスト教徒が、寛永(かんえい)4年(1637年)に起こした島原の乱が鎖国の直接的な原因とされている。
 幕府はこのキリスト教の勢力を抑えるために鎖国体制を取り、キリスト教を必死に布教していたポルトガルやスペインの勢力を排除したのだ。
 だがもう一方で、鎖国体制のおかげで外国勢力の日本への干渉、そして侵略を防げたのも事実である。
「しかし幕府はアメリカ国の圧力に屈して、半ば無理矢理に開国させられた。…もしかしたらアメリカ国は、日本を乗っ取ろうとしているのかもしれない。…私は、それが不安で不安で、仕方がないんだ!」
 菊兵衛のその不安は、ペリーの“黒船”を見たものは誰もが一度は必ず思うものだ。
 それは“黒船”が来航した日、遠くから眺めていた又一郎も例外ではなかった。
 二人の間に重い空気が流れる。
 又一郎が何と声をかければ良いか悩んでいると、いつしか周りの人達も休憩に入っていた。
「もうそろそろ正午だな。昼御飯貰ってくるから、菊兵衛はここで待っていてくれ」
「…すまない、又一郎」
 又一郎は菊兵衛をその場に残して、昼御飯を貰いに行った。

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