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生きる意志(七)
 雲丸はいつの間にか部屋の中で一人立ち上がっており、先程母が雲丸を見下ろしていた時のように、今度は雲丸が母を見下ろしていた。
 先程の母と雲丸の図式が、今度は全くの逆となった状態。

 ただ先程と違って雲丸は一切言葉を発さず、母は自身から流れ出る大量の血に塗れてうつ伏せの状態で床に倒れ伏していた。

 ‥‥‥母を斬り刻んで、食べなさい。

 今だに整理がつかない雲丸の頭の中では、母の最後の言葉が何度も何度も繰り返される。
 雲丸はその場から一歩も動き出すことが出来ず、雲丸の双眼はただただ自身の流した血で汚れていく母の姿だけを映し続けていた。
 その姿はまるで雲丸が母をずっと見詰め続けいる事で、母が再び動き出して雲丸に話し掛けてくれるのではないかと淡い願いを抱いているようであった。
 だが雲丸がどんなにその淡い願いが叶う事を望もうとも、心では到底理解出来なくとも、何も考えられない頭は残酷な答えだけを導き出していた。

 母は二度と動く事は無く、母は二度と雲丸に話し掛けてくれる事は無く、母は二度と雲丸に微笑み掛けてくれる事は無いのだと。

 雲丸はゆったりとした、それでいてとても危なげなふらふらとした足取りで母の元へ歩み寄っていく。
 雲丸が一歩目を踏み出すと足ががくがくと震え、二歩目を踏み出すと身体がよろけ、三歩目を踏み出すと自身の身体を支えきれずに横転した。
 大きな音を立てて床に這いつくばるように倒れた雲丸は、それでもゆったりとした動作で身体を起こして立ち上がる。
 そして雲丸が四歩目を踏み出し、更に五歩目を踏み出した所で母が倒れている真横に位置に着いた。
 雲丸が立っている位置は母の血によって赤い色の水溜まりが出来ており、雲丸の足は母の血でべったりと汚れていた。
 だが雲丸は自身の足の汚れを微塵も気にする事無く、母の血溜まりの中に物音を立てず静かに座った。
 母の横に居座った雲丸は、何をするでも無くただただ母を凝視し続ける。
 何も考えられなくなった頭の中では、まるで走馬灯のように母と過ごした日々が駆け巡っていく。
 だが雲丸はそんな日々の中に浸かりながらも、泣きたいわけでも無く、かといって笑いたいわけでも無く、無表情な面持ちでただただ母を凝視し続けていた。
 だが母を凝視し続けていた雲丸の瞳が、突然驚きによって大きく見開かれた。

 雲丸がもう動く事は無いとばかり思っていた母の身体、その左手が僅かばかりではあるが動いたのだ。

 雲丸は唐突に動き出した母の左手を、驚きの瞳で凝視する。
 弱々しく小刻みに震えていて、それでも僅かばかりに懸命な動きを見せる母の左手。

 それは母がまだ生きている事を示す、確かな証であった。

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あきゅろす。
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