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D.C.half
本編 2月26日
二月二十六日(金)

ひらり・・・
(さく…ら?)
ふと気づけば、俺は桜の木にその周囲を囲まれていた。
桜の木から降りしきる花弁は尽きることなく降り注いで、足元を覆う。
(…ああ、いつものアレか。まったく…)
自分に備わってしまった、『他人の夢を無理やり見せられる能力』。
それだけ聞くと超人的な力だ。
ただ、備わってしまった俺に言わせればいい迷惑だ。
(他人の夢ほど面白くないものはないって…)
説明なしの恋愛やら、支離滅裂の冒険を見せられてみろ。わけわかんないから。
しかも、そういうのを見るときまって睡眠不足と来る。
(にしても、今日のはやけに自分を保てるなぁ。これだけ俺が俺でいられるってことは…知り合いの夢か?)
そんなことを思いながら桜並木に誘われるように歩を進めていくと、突然並木が途切れた。
そこは広場のようになっており、その広場の真ん中には周りの木が小さく見えるほど巨大な桜の木が立っていた。
まさにその姿は桜の王――――
(・・・枯れない桜・・・ってことは初音島か。他の場所の春かと思ったけど。)
シリアスになんて絶対なれない俺は無駄に冷静に状況を判断する。
すると―――
「…ぐすっ…うう…お母さん…。」
(ん?)
あまりにも巨大な桜の木のせいで今まで気が付かなかったが、木の根元にひとりの少女がうずくまっていた。
「…ひっく…お父さん…私が悪いの…?」
「私が…ひっく…悪い子だから…ぐすっ…おこるの?」
(…だれだ?この子…。どこかで見たような…)
自分のつぶやきは、少女には聞こえていない。
「ううん・・・この子が誰なのか、君は知ってる。」
(え!?)
なんで?俺は夢を見るだけで干渉できない。向こうからも同じはず―――
「そうだよ。でも、僕はこの夢には存在していない。君の考えに干渉してるんだ。」
そういわれると納得がいく。声の主の姿はどこにもないし、声は頭に直接響いている感じだ。
「これは夢。この時点では意味のない、ただの夢。」
“声”が放つ声音にも聞き覚えがあった。けれど、それが誰の声なのかわからない。
「彼女がだれなのか、それはこの時点ではわからない。でも、それでいいんだよ。」
(おい!まてよ!あんたいったい―――)
その言葉を言い終わらないうちに白光が夢をかき乱し、自分自身の感覚が流されていく。
「きっと君はこの夢を覚えていない。でも、いつか思い出す。その時まで――――」
“声”も遠ざかり、聞こえにくくなっていく。
急速に変化する夢の中、俺はその夢にとどまることも、“声”に向かって走ることも出来ない。
所詮俺は、夢を見るだけの、「不完全」な魔法使いなのだから。



「ん、んんー。いい天気…。」
朝の光は人間を正常に動かすための活力元のような気がする。
そのくらい、朝の光は気持ちがいい。
「玲夢も早起きすればこの気持ちよさがわかるんだろうなぁ・・・」
従妹のことをぼやいて、ベランダを出る。
「うし、バカを起こしに行きますか。」
そういって玲夢の部屋へ向かう。もはや朝の日課だ。
「おーい、玲夢―?起きてるかー?」
そういいながらノックする。
「…これで起きてたこと一回もないけどさ。」
自分の行動に苦笑しながらドアノブを回す。
「入るぞー。」
ガチャ…
「にゃぁ?」
「おー、うたまる。おはよう。今日は玲夢の部屋にいたのか。」
「にゃぁ、にゃにゃにゃー。」
「ふむふむ、玲夢を起こそうとしたけど起きなかったと?」
「にゃ。」
正解、と言うようにしてうたまるがうなずく。
しかし、いつの間にかうたまるの言いたいことがわかるようになったのはなぜだ?
「っと、それはどうでもいいか。おい、玲夢―?」
うたまるをそのままに玲夢をおこしにかかる。
「ん、むにゃ…」
「おーい、起きろー。遅刻するぞー。」
声だけで起きないので揺すりを加える。ま、これで起きた例もない。
「おーい、玲夢ー?そろそろ本気で起きろ。いつもの叩き込むぞー。」
「むにゃ…いや。」
断った!?起きてんじゃねえか、こいつ。
「起きてんなら、布団から出ろ。もう7時になるぞー。」
「…寒いもん…布団のあたたかさのせいですー。」
「む、布団のせいにするか。」
たしかに、朝の寝床はきもちいいけどさ。
「でも、さすがに起きろ。音夢さんに電話するぞ?なかなか朝起きないんですって。」
「それはだめっ!!」
お、起きた。さすが音夢さん、娘からもこれか。
「もう…兄さん、お母さん出すの反則―。」
「お前が起きるためなら、俺は悪鬼にでもなってやる。」
冗談めかしていいながらふり返る。女性はパジャマ姿を見られるのが恥ずかしい、と知っているからこそだ。
「朝食作っとくから、うたまると一緒に降りて来いよー。」
「はぁ〜い。」
あくびを噛み殺した返事を聞きながら部屋のドアを閉める。

「鍵、閉めたか?」
「うん。」
「んじゃ、行くか。」
玲夢を引き連れて学園へ向かう。
最近はひとりで向かうことが多かった分、それなりに楽しかったりする。
「ねぇ、兄さん?今日はお昼どうするつもり?」
「んー、学食だけど?」
やはり、低コストで早いと言うあたりがポイント。味もそこそこだし。
「やっぱり。でも、今日は学食使えないよ?」
「へ!?なんでだ?」
「今日は学食の機械の整備とかで作れないって、昨日先生がゆってたじゃない。」
そういえばそんなことを聞いたような…。
ってことは飯を買わなくちゃいけないのかー。
「…玲夢、なんか買って来て。」
「いやだよ、そんなかったるいこと。」
玲夢がめんどくさそうにあくびをする。この辺は純一さん譲りだ。
「では、俺が二人に弁当を支給してやろう。」
後ろから手が突き出され、ビニール袋が渡される。
「杉並、毒でも入ってるのか?」
「確認はしていないが、それはなかろう。」
学園一の馬鹿であり、学園一の秀才である俺の悪友は、快活に笑いながら肩に手を回してくる。
「安心しろ、伝説の和牛ステーキ弁当だ。この借りは高くつくぞ。」
「なにぃ!?」
和牛ステーキ弁当といえば、風見学園でその名を知らぬものがいないほど有名な弁当だ。
一日限定50個。主に本校の三年生に優先されるため、下学年はめったに食えない激レア弁当だ。
「いったいどこから仕入れたの?杉並君。」
玲夢がもっともな質問をする。
「いや、ちょっと裏ルートでな。まぁ、味や品質は問題ない。もらっとけ。」
「裏ルートって…」
玲夢が少し引いたようだが気にしない。杉並のことだ、それこそ何でもありだ。
「ありがたく貰っとく。で、用件は何だ?」
少し声を落として訊く。杉並もにやりと笑い返し、声を潜める。
「ほほう、さすがに話がわかるな。」
「伊達に何年もつるんでるわけじゃない。」
「手芸部の連中が朝倉嬢のスリーサイズを知りたがっているのだ。知らんか?」
「知らん!本人に聞け!」
というか、知ってたって教えるか。

「おーす、工藤。」
教室で見知った顔を見つけて声をかける。
「ん?…桜木か、おっす。」
「おはよう、工藤君。」
玲夢が工藤に挨拶しているのを視界の端に入れながら自分の席に向かう。
「ええっと、一時間目はっと…古典か。」
「おーい、桜木。古典の提出課題出来てるか?」
杉並がわざとらしく訊いてくる。
「当たり前だ。って、だから見せんでいい!」
これでもかと言わんばかりに提出課題のノートを見せ付けてくる杉並に軽く突っ込んでいると、
「はーい、あんたたち!ホームルーム始めるわよ!」
チャイムとほぼ同時に担任の水越先生が入ってくる。
「ま、特に伝えることもないからねー。あ、でもテスト近いってこと忘れんじゃないわよ。」
「起立、礼。」
玲夢の号令でHRが終了する。
さて、今日も頑張りますか・・・

昼休みに中庭で飯を食うのはかなり幸せだと思うんだ。
というわけで、俺は中庭に来ていた。
「ふう・・・うまかったぁ・・・」
すっかり空になった弁当をビニール袋に入れてゴミ箱に入れる。
玲夢は昼の放送、杉並は消えた。
デザート代わりに手から桜の形をした菓子を出して食べる。
カロリーはプラスマイナスだから、太ることはない。
「…ダイエットには案外使えるかも。」
和菓子を作り出すこの能力は、純一さんから小さいころに習ったものだ。もっとも、そのころは市販のお土産程度のものしか出せなかったが。
いつの間にか高級な物も作れるようになり、最近では人形のような和菓子も作れるようになった。
けど、実際にこれが役立ったことなんかは一回もない。
「ほんと、いらない力だよなぁ…」
なんというか、こうもう少し使える力にはならないか?
「こう、剣とか出したりとかさぁ・・・」
「…ずいぶん物騒なこと言ってるね、君。」
独り言に反応してくれた方がひとり居た。
「気にしないでくれ。小説を作ってるんだ。」
「あー、それならしょうがないよね。でも、小説は恋愛もののほうが好きかも。」
口からでまかせを言いながら、声の主に向き直る。
「そうか?俺的にはSFのほうが好きだけどな…って!?」
振り向いた先に居たのは本校の制服を身にまとった少女だった。
「ん?どうかした?」
「い、いえ…。タメ口でしゃべってたんで。」
少女はクスリ、と笑って俺を見る。
「ああ、気にしなくていいよ。隣、いいかな?」
「どーぞどーぞ。」
俺が軽く横にずれると少女が座ってくる。
「っと、自己紹介がまだだったね。本校1年3組所属、北城利奈であります!」
と言って敬礼をしてくる。
「んじゃ、俺も。桜木秀越であります!」
自分も敬礼しながら自己紹介する。
二人して同じポーズでしばらくいると、どちらからともなく笑ってしまう。
「…久しぶり、利奈姉。」
「ホント、久しぶりだね。私が本校に来てたのは知ってるのに、会いに来てくれないんだもん。」
ひどいよね〜とつぶやいて、こちらを睨んでくる。
「しゃーないっしょ。覚えてるかどうか自信なかったし、いってもFCからにらまれるだけだし。」
肩をすくめて、その視線をかわす。
「むー、まぁ、許しましょう。」
外見はとっくに大人のくせに、どこか子どもみたいに見える。
利奈姉とは、子どものころに本島で知り合った。
その時の記憶はかなり薄れてしまったけど、それでも大切な記憶だ。
「ねぇ、秀君。どこに下宿してるの?」
「親戚の家で、同じクラスの朝倉ってやつの家です。」
「ふ〜ん。そうなんだ。」
そういいながら、パンを取り出して食べる。
そんなこんなで、昼休みは過ぎ去っていった・・・。


帰りのHRが終わって、俺は玲夢といっしょに家に向かっていた。
「兄さん、公園よって行きませんか?」
「公園?なんだって急に?」
玲夢からの思いがけない提案に首をかしげる。
なにか、イベントでもあったか?いや、なにかのフェアか?
「いえ、その…チョコバナナが食べたくて。」
玲夢が少しはにかみながら俺に言う。
「…りょーかい。俺のおごりだろ?」
「うん!ありがとう、兄さん!」
現金な従妹を連れて公園に向かう。が、
「桜木先輩。それと玲夢先輩。」
「おお、真弓。チョコバナナにつられて出てきたのか?」
1学年下の真弓がはぁ?といった顔をこちらに向ける。
「何を言ってるんですか?先輩。」
「いや、なんとなく後輩はチョコバナナで釣れる気がしてな。」
「はぁ…」
真弓は、馬鹿がいる…と言いたげな瞳を俺に向けてくる。
「真弓も食うか?チョコバナナ。1本までならおごるぞ」
「う…。」
やっぱりほしかったんかい。

「はぁ…、ひさびさに食うとうまいな。」
「いつ食べても、味に変化はないと思うよ?」
玲夢がくすくす笑いながら、俺のつぶやきに指摘する。
「そうですよ。桜木先輩も毎日たべれば、味に変化のないことがわかりますよ。」
「おや?ってことは真弓は毎日食ってるってことか?」
「こ、言葉のあやです!」
真弓は真っ赤になって反論する。その行動が明らかに先ほどの俺の言葉を肯定していた。
「あれ?真弓じゃない。なにやってんの?」
「お母さん!珍しいね。こんなところで。」
「あ、水越先生。仕事おわったんすか?」
水越先生が仕事が終わったからと言ってここに来るとも思えないけど。
「ああ、まだ終わってないよ。けど、なんとなく食べたくなってね、チョコバナナ。」
しかし、と俺たち三人を見渡す。
「桜木はともかく、朝倉と真弓は成績やばいんじゃないの?勉強は?」
「うぅ…。赤点は取りませんよう…。」
「どーだか。あの朝倉の子だからね。」
っても、音夢の子でもあるんだけどさ、と水越先生がつぶやきながらチョコバナナを注文しているのを横目に、玲夢に聞く。
「お前、ホント成績大丈夫か?この前、赤点ギリだったじゃんか。」
「へ、へーきへーき!山カンと最終兵器エンピツ君があればいけるよ!」
…だめだこりゃ。


「うーーーーー。」
「ん?どうした、玲夢。」
珍しく居間の机で勉強している(唸ってるだけ?)玲夢に声をかける。
「兄さん、この記号の意味、わかる?」
「どれどれ…。ああ、これはダ・カ―ポだな。はじまりに戻る。」
「じゃあ、これは?」
「アクセント、特徴付けて、だな。というか、これは小学校の問題だろ。」
D.C.は小学校じゃないけど。
「うう…。あれ?ねぇ、ゆっくりと歩く速さでとゆっくりってどうして分ける必要があるの?」
「速度の差だろ?ちなみに、笛を吹くときの速度にもその記号のあるなしで変化が出るぞ。たとえば…」
居間においてあるオカリナを手に取り、実演してみせる。
「これが歩く速さで…」
「ふむふむ。」
「これがゆっくり。」
「おお。」
玲夢もこれで納得がいったらしい。
「つまり、言葉で表せない微妙な差なんだね。」
「そゆこと。」
オカリナを置くついでに、猫缶を手に取る。
二階に居るあの猫に持って行ってやろう。

「ふぅ・・・。こんなもんかな。」
とりあえず、試験範囲のノートを見直して、簡単にまとめる。
ポイントさえ抑えれば後は出たとこ勝負だ。
「ふぁ…、ねむ…」
いつもどおりの時間に目覚ましを設定し、布団にもぐりこむ。
今日は、誰の夢も見ませんように――――


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