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にゃんにゃん日和
学院から車で10分程にある閑静な住宅街。そこにあるマンションに竜司は住んでいる。
3LDKの室内はほとんど荷物はなく(充分な収納スペースがあるからだ)、寝室と書庫と仕事部屋に別れている。

寝室には大の大人が優に5人は寝れる大きさのベッドがあった。

昨日の夜、立芳の身体を余すところなく愛して、両腕の中に大事に閉じこめて眠りについた。
朝4時に起きた時、立芳はすよすよと安らかに寝ていた。竜司が一仕事して、立芳の隣に戻ったのが朝の6時だった。
その時も立芳は寝たままだった。

ところが。

竜司がほんの少し浅い眠りに落ちて、目が覚めたときには立芳は消えていた。

確かに腕の中に抱いていたはずの立芳はいなくなり、変わりに小さな茶色い毛並みの子猫が一匹。

「…………はる?」

「にゃ、」

朝一番に、立芳の声で立芳に起こしてもらえるものだと思っていた竜司は心底がっかりした。地面に四つん這いになりそうなほどがっかりだ。

立芳に起こしてもらえない朝など、朝ではない、と大層不満に思いながらベッドからのそりと起きて、竜司は消えた立芳を探した。
バスルームにもトイレにも書庫にも仕事部屋にもキッチンにもいない。

念のためクローゼットの中もベッドの下も確認したがやはりいなかった。

寝室の床に座り込んだまま竜司は、どこにいったんだ‥と呟いた。

「にゃー」

「お前、はるをどこにやった?」

「にゃぅ」

ベッドの高さが怖いのか飛び降りようとしながら飛び降りれない子猫をヒョイと抱えて、竜司は仕事部屋に移動した。

膝の上に子猫を置いて、パソコンを起動させる。
キーボードとマウスを使って、めったに使用しないプログラムを開いた。
ウィンドウに表示されたのは監視カメラの映像だ。

マンションのエントランスから始まり各階のエレベーターの扉、非常扉、そして竜司の部屋の玄関、仕事部屋の扉、ベランダに、換気扇など至る所がカメラによって監視されている。

昨夜まで時間を巻き戻し、立芳を抱えて2人で寝室に入るところを確認して、倍速で時間を進める。
4時頃に竜司が寝室を出て、6時前に竜司が寝室に戻るところがはっきりと記録されている。

竜司が立芳を探しに寝室を出た後も誰も寝室からは出ていない。出入りをしたのは竜司だけだ。

ふむ、と竜司は膝の上で機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らす子猫を机の上に置いてじぃとその顔を見つめた。

そんな筈はないと思うが、ビデオを確認して導かれた結論はただ一つだ。

「はる、なのか?」

「にゃー」

そうだ、とでも言うように子猫は鳴いて、竜司の手にすり寄った。

ゴロゴロと甘える子猫が立芳なのだとすれば、下手な扱いはできない。

竜司は机の上にある電話に手を伸ばすと、子猫の扱いに関する資料と必要な物一式を一時間以内に集めろ、と指示を飛ばした。



「竜司様、猫に関する資料と餌などをお持ちしました」

電話から僅か30分程で猪俣陣が大きな荷物を持ってきた。早朝にも関わらず素早い行動に竜司は労いの言葉をかけ、荷物を受け取った。

「猫を飼われるのですか?」

「あー‥。まぁ、ちょっとな」

竜司にしては珍しくはっきりしない物言いに陣は疑問を抱いたが何か事情があるのだろうと思い、話題をかえた。

「立芳様はお休みなのですか?」

「あー‥。立芳なら‥」

「にゃー」

竜司が返答に困っていると竜司を追ってきたのか、トテトテと子猫がやってきた。

「あ、可愛いですね」

「あぁっ!」

屈んで子猫をひょいと抱え上げる陣に思わず竜司は大声を出した。

「マンチカンですか?あ、雄なんですね」

「陣!その子をそっと俺に渡せ!そっとだぞ?」

竜司の鋭い声と目に陣はビクリと肩を揺らし、はい、畏まりました、と返事をして竜司にそっと子猫を渡した。

「あぁ、はる大丈夫だったか?」

子猫を両手で抱え、目の高さまで持ち上げると鼻先を擦り合わせるように話しかける竜司。
最愛の恋人の名前を猫につけている姿を目の当たりにした陣は苦笑いを隠せなかった。

子猫を抱き上げた竜司に指示された陣は荷物をリビングまで運ぶと早々に退室し、部屋には竜司と子猫が一匹だけだ。

「はる、動くなよ」

「にゃぅ」

テーブルの上にちょこんと座る子猫に鈴の着いた赤い革の首輪を巻く。子猫が離れていく竜司の手を追いかければ、鈴がチリンと鳴った。

これで子猫の居場所がわかる、と竜司は満足げに頷きながら手のひらにすっぽり収まる子猫の頭を撫でた。


「はる、朝ご飯食べるか?」

「にゃー」

食べる、とでも言っているのか尻尾をパタリと揺らす子猫に竜司は人肌に温めたミルクを与えた。

ピンク色の小さな舌が白い液体を舐めあげる様を、竜司は凝視した。立芳がしているのだと思えば、姿が子猫だろうがあらぬ妄想が沸き立った。

可愛すぎる立芳が悪い、と責任は立芳へ転嫁して、竜司は人差し指でついっとミルクをすくった。

みゃ、と一声泣いた子猫は竜司の指をペロリと舐める。

夢中で舌を這わせる子猫に、待て待てそんな事をさせたいわけじゃない、そりゃ少しは期待したこともないわけではないが!と竜司はどろりととろけた表情で何かを必死に否定していた。

竜司の指からミルクを与えてもらった子猫は満足するとテーブルの上に置いてある紙袋から覗く物を見つめた。

「はる?あぁ、これか?」

陣が持って来た荷物の中にあった猫じゃらしを取り出し、子猫の前でひらりと揺らせば大きな目をキラキラさせた子猫がピョンっと飛びついた。

キャッチをする前に反対方向に揺らせば、それに反応して飛びつく。

まだまだ子猫だからなのか立芳だからなのか、猫じゃらしを捕まえることは出来ず、竜司に翻弄されるままだ。

ちりんちりん、と鈴の音をさせながら飛び跳ねる子猫に竜司は満面の笑みだ。

可愛くて、可愛くて仕方がない。

ここに颯斗がいれば飽きれ返って大きなため息を吐いただろうが、いかんせんここには竜司と子猫2人(?)しかいない。

リビングに移動させ広い場所で大きく揺らせば、にゃぅ、と鳴きながら必死に猫じゃらしを追いかける。

追いかける物に夢中になりすぎて、ぺしょっと転けるのはご愛嬌。

「大丈夫か?」

「にゃ!」

転がった子猫の首筋をつい、と撫でれば、ころりと腹を見せながら竜司の指を前足で掴みあぐあぐと甘噛みしだした。

次のオモチャは竜司の指に決定したらしい。

竜司は喉や腹をグリグリしながら、艶やかな毛並みを楽しんだ。

子猫が立芳なのだとすればいくら見ていても飽きない。くるりとした大きな目も、少し短い手足も、鳴き声も、全てが愛おしくてたまらない。

だが、唐突に竜司は不安になった。

いつ人間の姿に戻るのだろうか、と。確かに子猫の姿の立芳だって十二分に可愛いし愛おしい。
でも竜司が好きなのは人間の立芳なのだ。小さな体に、ほんにゃりした笑顔、竜司を呼ぶ柔らかい声。

「はる、いつ人間に戻るんだ?」

子猫に問いかければ、にゃぅ、と鳴き声が返ってきた。












「……、…?」

ゆさゆさ、と柔らかく体を揺さぶられて竜司は意識を覚醒させた。

遊び疲れた子猫が寝たのと一緒に寝ていたらしい。

「りゅう先輩、朝だよ」

「っ!はる!?」

聞こえてきた恋人の声に竜司は飛び起きた。

「りゅう先輩?」

目をぱちくりと瞬かせ、どうした?のと不思議そうに小首を傾げる立芳に、竜司はベッドサイドの時計を見た。

AM6:32、竜司がベッドに戻ってきてから30分しか経っていない。
あれは夢だったのか?

朝ご飯食べよ、と言う立芳に引っ張られて竜司は立ち上がった。

目の前にいるのは二足歩行する立芳だ。

「はる、立芳…」

竜司はその存在を確かめる様に、立芳の体を抱きしめた。
すっぽりと収まる小さな体に、竜司と同じシャンプーの香り。

猫の姿も愛らしかったが、やっぱり立芳は立芳が良い。
背中に立芳の腕が回されるのを感じながら、竜司は思った。

ベッドから落ちた赤い首輪がチリンと音を立てた。

(にゃぁ)



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あきゅろす。
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