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No title(fantasy)
天界と地界と魔界。それぞれは互いに遠く、そして何よりも近い存在だった。

これはそんな時代のお話。



昼とも夜とも判別出来ぬほどの暗雲が空一面を覆い、鳥にしては異様に巨大な何かが悠々と空を泳ぎ、鬱蒼と生い茂った木々の上には異形としか言えない生物がその身を横たえている。

それは地界を基準にしたときの判断であり、ここ、魔界ではこれが日常である。

ちなみに本日は年に数回しかない何時になく晴れ間の広がった日だったりする。

魔界の森で一際目立つのは空高くそびえ立つのは魔界城と呼ばれる城だ。

魔界城にはこの魔界を総括する魔王とその配下たちがいる。

城の周りには浸入を阻むため何人もの兵士が配置され、幾重にも罠が張り巡らされていた。

何故なら地界から魔王を排除しようと乗り込んでる輩がごまんといるからだ。

地界の住人、人間達はこの世の悪事悪行厄事の全ては魔族達が引き起こしていると信じて疑わず、勇者と名乗る人間が魔王を退治しなければならないと意気込んでいた。

もちろん魔族にしてみればそんなこと濡れ衣でしかないのだが、如何せん悪戯好きの魔族は人間にちょっかいをかけては遊んでいるために誤解はとけることがないのだ。

ちなみに魔力を持つ魔族にしてみれば人間など非力な存在でしかなく、罠など使わなくても人間は魔族の敵ではないのだが、そこは悪戯好きの種族。

雰囲気を出すために、という理由で城の周りに罠を仕掛けていると言うのは人間だけが知らない常識だったりする。

今日も今日とて魔王を退治しようと勇んできた人間共はなんとかかんとか必死に兵士から身を隠し罠をかいくぐり、たどり着いたは魔界城。

薄暗い廊下には等間隔で蝋燭が灯り、壁から突き出している6本の角が生えた鹿のような剥製や人の顔ほどあるニワトリの頭のような剥製を不気味に照らしている。

勇者フェイスは腰の左側にずしりと重みのある剣の柄に手をかけ、魔導師に教えられた扉の前に立っていた。

見ただけで重厚な造りと分かる扉には、フェイスには解読不可能な文字と思わしき羅列が渦を巻き、円を作っている。

何かしら罠が仕掛けられているのかもしれないが、残念ながらフェイスにはそれを解読する能力はなかった。

一か八か。

仲間の手助けでやっとここまで来れたのだからここで尻尾を巻いて逃げるわけには行かない。

地界を旅立ち魔界城を共に目指した仲間達は皆、罠にかかり、魔族の兵士にやられたのだ。

仲間のことを思いだしたフェイスは悲しみに胸を痛めたが、それを怒りに変え、目の前の扉を蹴破り剣を引き抜いた。

「魔王よ!覚悟するが良い!」

フェイスの恫喝が広い部屋に響き、右手の剣がキラリと光った。

やるかやられるか。

隣り合わせの死に、緊張とそれを凌駕する興奮がフェイスの身体を包んだ。

けれど、そこにいたのは想像とは全く違うものだった。

フェイスが聞き及んだ魔王とは、屈強な身体を漆黒のマントで覆い、頭には2本の巨大な角が生え、禍々しい空気を纏ったこの世の物とは思えぬ生物、のはずだった。

だが目の前にいるのはフェイスの身体半分にも満たない小さな子供で、確かに漆黒のマントに覆われ頭には小さな角が2本生えているが、キョトンと見上げてくる姿はなんとも愛らしかった。

魔王の部屋であるこの部屋にいると言うことは魔王と何かしら関係があるものなのだろう。

フェイスは瞬時にこの子供は魔王の慰み者としてここにいるのだろうと判断し、この様に幼い子に手を出すなどなんたる非道をするのか、と魔王に怒りを募らせた。

だがしかし、子供と言っても立派な魔族。

今後、地界に何かしらの危害を与える可能性だってある。

ここで命を奪ってしまうのは簡単だがフェイスを見上げてくる大きな瞳はあまりにも無垢で、右手の剣を振り下ろすのはフェイスには無理な事だった。

とりあえず物騒な物を鞘に収めて、小さな子供の目線に合わせるため大きな体をかがめた。

「ファレル様、お茶をお持ちしました、おや?おやおや?」

その時、部屋の左側にあった扉が開き1人の男が入ってきた。

腰まで伸びた白銀の髪の毛に、尖った耳、まるで氷を思わせるような瞳はどこまでも冷たい。

「珍しい客人ですね」

フェイスは素早く立ち上がり柄に手をかけた。

対峙しただけで分かるほど、目の前の魔族は強い。

ピリっとした空気を出すフェイスを気にする事なく、男は手に持ったティーセットをテーブルの上に置き椅子に腰掛けた。

「ファレル様、お茶のお時間ですよ」

「うん!」

フェイスの前にいた子供は元気よく返事をして走り出すと白銀の髪の魔物に抱きついた。

ファレル(それが子供の名前なのだろう)を抱えて膝に乗せた魔物は不思議そうにフェイスを見た。

「何をしているのですか?客人も座れば宜しい。なに、人体に害のなす物はありませんよ。まぁ、人間がここにいた試しがないのでわかりませんがね」

そう言って紅茶(のようなもの)を啜った魔物に同意するようにファレルが大きく頷いた。

「おにぃちゃんも食べて!とっても美味しいんだよ!」

ニコニコ笑う魔族の子供に、氷のように無表情ながらも悪意を感じない魔物。

フェイスはなんだか気を殺がれて、勧められるまま椅子に座った。

テーブルの上にはこれでもか、と言うぐらい茶菓子が並べられていた。

いつの間にこんな大量の菓子を準備をしたのだろう、男が部屋に入ってきたときには持っていなかったはずだ、と考えるフェイスの前にティーカップが置かれた。

「地界から取り寄せたものです。その黒い物を好んで飲むなど人間の嗜好は理解できませんね」

顔をしかめた男がなんとも言えず面白く、フェイスは思わず笑みをこぼした。

人間の生き血や肉を平気で食べる魔物がコーヒー一つでこんなにも嫌な顔をするのがフェイスには親近感が沸いたのだが、それが気に障ったのかギロリと睨まれた。

「あぁ、ファレル様、お手が汚れてしまいますよ。さ、どうぞ」

子供が身を乗り出してクリームたっぷりのケーキに手を伸ばすのをやんわり止め、これまたどこから取り出したのかフォークで一口に切り分けると子供の口に運んだ。

まるで奇術師だ。

それが魔族の所以足るところなのか。

今更ながらにフェイスは目の前の2人が恐ろしくなった。

「あぁ、もう1人客人が来ますね」

まったく、迷惑な奴です、と言い終わった瞬間。

「迷惑とはなんだ!迷惑とは!ラッシュめ!あぁ、ファレル!今日は子供の姿なんだね。とても可愛いよ!そしてなんだ貴様は!地界の者か?ん、だが少し、」

「ミハエル。一体何のようです?人間が驚いているじゃないですか」

扉を正に蹴破る勢いで入ってきたのは純白の衣に輝かんばかりの金髪の持ち主。フェイス達人間が天使と呼ぶその姿そのものだった。

「ま、さか天使様…?」

「ふむ、天界に住む我々の事を指した言葉ならばまさにその通りだが。私は貴様と話している隙などない!我が父がお呼びなのだよファレル」

ファレルを呼ぶその時だけイヤに甘い声を出し、跪くと両手を広げるミハエル。

ファレルはミハエルと机の上にあるお菓子を交互に見て、困った顔を見せた。

「父がファレルの好きなものを用意すると仰っていたぞ。さ、おいで」

ミハエルの言葉にパァァと表情を明るくしたファレルはミハエルの両腕に飛び込んだ。

「では、しばしファレルを預かるぞ!」

バサッと音を立てながらミハエルは純白の6枚羽根を広げ宙に浮き上がった。

さっきまで確かに天井があったはずなのにそこは目に痛いほど透き通った青空が広がっていた。

「え…?」

「あぁ、ファレル様。お菓子は食べ過ぎてはなりませんよ。夕飯までには帰ってきて下さいねー!」

呆然とするフェイスを尻目にミハエルとファレルは光り輝く空に吸い込まれるように消えていった。

「さてさて。今日の夕飯は人間ですか。ふむ、良い素材が手に入りました」

「え……?」

聞こえてきた言葉にフェイスはブリキの人形のよいにギギギと首を回して、魔物を見た。

ニヤリ、ニタァリ、舌なめずりをする魔物にフェイスは無様に叫び声を上げ、逃げようと扉に向かったのは良いが勢いがつきすぎて扉を開ける間もなく重厚な扉にぶつかった。

「おや。おやおや!」

ガコン!と痛々しい音を立てたかと思えばそのままフェイスは後ろに倒れた。

「全く情けない。やはり人間は人間。いくら魔族の血が混ざろうとも変わらないのですね。さてさて。如何したものか」

完全に気を失っているフェイスを見てラッシュは呟いた。

「まぁ、とりあえず地界に返品しますか」

ラッシュが右手の指をパチリと鳴らすとフェイスの体はふわりと浮き上がり、次の瞬間には半透明の黒い球体にすっぽり覆われ、音もなくその姿は消え去った。

「さてさて。仕方がないのでまた来るであろう人間の為にお茶請けでも用意致しますか。ねぇ、我が魔王陛下様」

氷のような美貌にうっすら笑みを浮かべながらラッシュは空を仰いだ。





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