9月のプリン
紫月くんが僕じゃない子とキスをするのはイヤだし、手を繋ぐのだって、エッチをするのだって、イヤだ。
紫月くんにイヤだからやめて、って言ったら真白は我が儘だねって。
眉を寄せて、少し不機嫌に紫月くんは言った。
「真白は俺と付き合えて幸せでしょ?でもあの子達は俺と付き合えないんだよ。可哀想だと思わない?付き合えないかわりに手を繋いだり、キスをしたり、エッチをしたりするんだよ」
紫月くんは小さい子に言い聞かせるみたいに僕に言うから、なんだか僕が悪いことをしたみたいな気分になってごめんなさいをした。
「真白は良い子だね」
にっこり笑って、僕の頭を優しくなでてくれる紫月くん。
ちゅぅとキスをされると僕はほわほわしちゃって何も考えられなくなった。
紫月くんにぎゅうって抱きついて、あとはされるがまま甘くて切なくて、幸せいっぱいにしてもらうだけ。
恩田真白と佐山紫月が付き合っている事は有名な話で、紫月が来る者拒まず誘われれば相手をすると言うのも有名な話だ。
食堂で紫月が男の子とご飯を食べているのを、真白は向かいの棟の3階からぼんやり見ていた。
にこにこ笑いながら楽しそうに食事をする2人。対して真白はポツンと1人でメロンパンをかじっている。
紫月くんと一緒にご飯食べたいなぁ、と思っても真白は言わない。
真白は我が儘だねって言われるのが嫌だからだ。
真白は紫月が大好きだから紫月を困らせたり、紫月が嫌だと思うことをしたくなかった。
にっこり笑う紫月は見ていて心がポカポカなるけど、少し怒ったみたいに眉をきゅぅっと寄せた顔は真白の心をチクチク痛めた。
今、紫月は真白が知らない男の子に微笑んでいる。
格好いいなぁ、素敵だなぁ、と思うのと同時に良いなぁ、羨ましいなぁ、とも思った。
心はポカポカするけど、ほんの少しだけイガイガした苦い気持ちになるから、紫月が他の誰かに微笑みかけるのを見るのは嫌いだった。
真白はメロンパンを一口かじった。中からクリームがとろりと出てきて甘さが口いっぱいに広がって、イガイガした気持ちを少しだけ減らしてくれた。
「真白、また1人か?」
背後から声を掛けられて真白が振り返るとそこにはつい先日に知り合った学生が立っていた。
スラリとした身長に模範生のように生真面目に着用された制服。
「椿くん!」
真白は彼を確認するとニコッリ笑った。
「俺もここで食って良いか?」
もちろんだよ、と真白が答えれば椿は真白の隣に座った。
「またアイツ見てるのか?」
パリッと売店で買ったおにぎりをあけながら聞いてくる椿に、真白はコクンと頷いた。
「だって、紫月くんの笑顔見たいんだもん」
へにゃと笑う真白に、椿は心中で舌打ちをして。
「他の男と楽しそうにしてるのに?」
椿が意地悪で言った言葉に真白は眉をへの字に曲げた。
椿はしゅん、とする真白を見て抱き締めたい衝動に駆られたが、小さな頭をポンポンと撫でるのに留めた。
「真白、ごめん。ほら、これやるから」
真白の為に買ってきたプリンをそっと手の上に乗せると、真白は顔を上げて椿を見た。
「良いの?」
「あぁ。真白の為に用意したからな」
「椿くん、ありがとう!」
へにゃんと笑う真白に椿はホッとして、向かいの棟で真白じゃない男と手を繋いで歩き出した紫月を睨み付けた。
「真白、」
「う?」
真白は椿が指差す先を見て、へにゃっと悲しそうな顔をした。
「やっぱり紫月くんは優しいね…」
真白の言葉に椿は眉根を寄せた。平然と浮気をしているやつのどこを見て真白は優しいと言っているのか。
椿は目線で続きを促した。
「あのね、紫月くんの事が好きな子っていっぱいいるでしょ?でも紫月くんは僕とつき合ってるから、他の子は紫月くんとつき合えないからね」
だからね、あぁやって仲良くしてあげてるんだよ、紫月くんって優しいよね、と言う真白本人は気付いていないのかちっとも納得しているとは言えない表情をしている。
「真白はそれでいいのかよ」
「椿くん?どうしたの」
いつになく真剣な表情の椿に真白は困惑した。
真白の前で椿は怒ったり不機嫌になったりしたことはなくて、いつも穏やかなのに。
「…いや、どうもしない。アイツは優しいから、真白がいながら好きだと言ってくるヤツの相手をしてるんだな」
真白がうん、と頷くと椿はふぅん、と言って何かを考えるかのように頭を仰け反らせた。
「椿くん?」
何かマズいことを言ってしまったのか、と真白が恐る恐る名を呼ぶと椿は勢いをつけて姿勢を戻し、真白の両手を包み込んだ。
「真白、」
「は、はい!」
真剣な表情の椿に、真白は背筋をピンと伸ばして返事をする。
「俺は真白が好きだ。だから俺と付き合ってくれ」
「ふ、ぇ?椿くん?」
突然の言葉に真白は目をぱちくりと瞬かせた。
2週間程前にこの教室で偶然出会って、一緒にご飯を食べるようになった椿。
「あの、僕紫月くんと付き合ってるんだよ?」
だから、無理だよ、と真白は続けるつもりだった。
「真白、だめか…?」
「椿くん…」
あまりにも悲しそうに自分を見る椿に、真白は言葉を続けれなかった。
『断ったら可哀想でしょ?』
紫月の言葉が瞬間的に頭に蘇り、真白は無意識のうちに口を開いた。
「ダメ、じゃないよ…」
紫月くんに悪いかもしれない、と一瞬思ったが、椿が悲しい思いをするほうが真白は嫌だった。
「真白…」
ほぅ…と息をつき体の力を抜いた椿を見て、真白もいつの間にか力の入った体を弛緩させた。
椿の大きな手が真白の頬を包み込んで、真白は自然と目を瞑った。
「真白…。プリンついてるぞ?」
ペロリと舐められたのは唇のスレスレの場所で。
なんだかお強請りするみたいに目を瞑った自分が恥ずかしくて、真白は顔を真っ赤にした。
はは、と声を出して笑う椿につられて、真白も笑った。声を出して笑うなんていつ以来かな、なんて考えながら。
明日も一緒にご飯食べような、と言う椿に、真白は久々に明日が楽しみになった。
いつの間にかトゲトゲした気持ちはなくなっていた。
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20111007 黒野世
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