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No Title(非王道)
甲斐(かい)
生徒会長。どっちかと言えば王様気質。人の上に立つことに慣れている。

円(えん)
生徒会副会長。物腰柔らか敬語キャラ。

土岐(とき)
書記。チャラい系。喋り方も緩い。

安岐(あき)
会計。双子兄。女の子みたいな容姿。

奈津(なつ)
総務。双子弟。無口で強面。


加悦(かや)
王道的な転校生。転入して数日で生徒会の方々と仲良しに。
我が道をひたすら突き進む。

須衣(すい)
茶道部部長。通称、青の君。









甲斐はいつになくイライラしていた。彼のために特別に用意されたふわふわの椅子も香り豊かな紅茶も、甘さ控えめなお茶請けも全然甲斐に癒しを与えてくれなかった。

なぜならばほんの数メートル先の、同じ部屋の中で騒がしくする奴がいるせいだ。

騒がしいだけなら甲斐もこんなにイライラしない。高校生なんてまだまだ子供。大勢が集まれば知らず知らずに騒がしくなるものだ。

「甲斐!何やってんだよ!こっちに来いよ!そんなの後でできるだろ!」

そう。大勢ならば甲斐とて許せた。許容範囲だ。これほどの騒音(すでに甲斐には騒音以外の何物でもない)をたった1人で発しているのだから驚きだ。

喉が渇いたと喚き、給湯室にポットがないと喚き、ティーカップがないと喚き、茶葉がないと喚き、紅茶を煎れようとして零しては喚き、紅茶を飲んで美味しいと喚き。

ここまで騒がしくできるともう一種の才能ではないかと思った。

甲斐は右手首の腕時計を見て、そろそろ長針と短針が上下に真っ直ぐなりそうなのを確認すると眉間に皺を寄せた。

授業が終わり、生徒会室に来たのが4時過ぎ。

溜まる一方で減る気配のない書類にいい加減処理しなければならないと腰を上げたのは会長である甲斐だけだった。

他の役員は始めてくる春に浮かれて仕事を放り出し、きゃっきゃうふふと蝶々を追いかける乙女になり果てていた。

何を言っても聞きそうにない役員に、それならば自分1人でやってしまおうと考えたのだが。

何故にこいつがここにいる?

生徒会役員の心を射止め天真爛漫な美少年。

それが甲斐の目の前でギャーギャー騒いでいる加悦だった。

今日は役員の奴らと誰かの部屋で映画鑑賞だかお茶会だかを開くと聞いたから生徒会室に来たのに。なぜだ、と甲斐は呟いた。

「かーい!ほら、円に貰ったクッキーだってあるんだぜ!」

日頃から役員が生徒会室に加悦を引き入れるため、勝手知ったる何とやら。加悦は我が物顔でソファに腰掛けている。

確か生徒会室は部外者の立ち入りは禁止だったはずだ。いや、それよりもなぜ加悦は1人でここにいる?円や土岐はどうした!

ぐるぐる渦巻く疑問と、騒音からくるイライラに甲斐の手は止まったままでちっとも書類は減ってくれない。

もう一度右手首に目をやって、すでに6時を回ったことに気付いた甲斐は慌てて加悦を見た。

「もう遅いから帰れ」

「いいよ。甲斐が帰るまで待ってるし」

「いらん。さっさと帰れ」

スパン、と甲斐は一刀両断したつもりだったが加悦は大丈夫だって、と意味の分からない返事をしてきただけだった。

「誰か呼ぶから帰れ」

「だぁかーら!甲斐の事待ってるって。大丈夫!ずっと生徒会室にいるし!」

いや、むしろ生徒会室から出ていって欲しいのだ、とでかかった言葉は何とか飲み込んで。こうなれば実力行使。

甲斐はポケットから携帯を取り出すと円に電話をかけた。

『はい、』

「円、今すぐ生徒会室に来い。加悦がいるから」

「甲斐!良いってば!」

通話を阻止しようと飛びついてくる加悦をひらりと交わしたのは良いが、避けられると思っていなかったのか加悦の体はぐらりと傾いた。

『え、加悦そこにいるんですか?すぐに行きます!』

「あぁ。今すぐ来い」

何やら慌てた様子の円の声を聞きながら、倒れる前に受け止めた加悦の体を離そうとしたその時。

「失礼致します」

生徒会室の扉が開いた。

甲斐の腕にしがみついていた加悦はババッと体を離すとダッシュで扉に向かった。

「あ、おっ!お前なんだよ!こんな時間に来るなんて!どうせ甲斐目当てなんだろ!」

「いえ、僕は提出物を、」

「そんな見え透いた手に騙されるか!さっさと帰れ!」

バン!とデカい音を立てて扉をしめた加悦に甲斐はただ呆然とするだけだ。

今そこにいたのは誰だった?加悦が追い返したのは誰だった?

「す、い…?」

「ったく!甲斐の迷惑考えろっての!」

そうだ、あれは須衣だったはずだ。生徒会に提出する部の予算概要を今日の6時過ぎに提出して欲しいと言ったのは甲斐だ。

甲斐の大切な、大切な恋人の須衣。

6時には仕事を終えて、一緒に夕食を取る予定だったのだ。

それなのに、だ。

目の前の男は何をした?

あまりにも一瞬の出来事に甲斐は先ほどの体勢で固まったままだったがすぐさま携帯で須衣に電話をかけた。

「な、甲斐。もう今日は帰ろうぜ。おれ腹減ったし」

くいっと裾を引っ張る加悦の手を払い落としながら甲斐はコール音に集中した。

数秒してプッとコール音が切れた瞬間甲斐は間髪入れずに須衣を呼んだ。

「須衣!今どこに…!」

だが、帰ってきたのは無機質な機械音。現在電波の届かないところにいるか電源が…とアナウンスされ甲斐にしては珍しく声を出して悔しがった。

「あーっ!くそっ!」

あまり携帯電話を携帯しない須衣のことだから、もう一度かけたところで同じ事になるだろうことが予想できて甲斐は携帯をポケットにしまった。

「甲斐?どうしたんだよ?疲れてんのか?今日は早く帰ろうぜ!なっ?」

横でピーチクパーチク騒ぐ加悦をまるまる無視して甲斐はこれ以上仕事を続ける気にもなれず帰る準備を始めた。

「加悦!ここにいたのですか!」

「円!!来なくて良いって言っただろ!」

「円、遅い。さっさと連れて帰れ」

鞄片手に甲斐が帰ろうとしたその時生徒会室に呼び出した円・副会長が入ってきた。

息を切らし、髪の毛を乱しているところを見れば走ってきたことが分かったがあと5分早く来てくれれば今頃須衣と一緒に帰ることができたはずなのに。

はぁぁ、と甲斐は重たいため息を漏らした。

「甲斐は何故こんな時間まで生徒会室に…?」

「あ?仕事が溜まってんだよ。でも今日はやる気ないから帰る」

「そう、でしたか…」

円は会長の机の上に山積みになっている書類を見て複雑な顔を見せた。

「な、もう今日は終わったんだろ?帰ろうぜ!」

甲斐の腕に纏わりつく加悦を振り払うことさえめんどくさく、甲斐は円と共に3人帰路についた。




相変わらず甲斐の机の上には書類が山積みだが、今日は役員の殆どが生徒会室に集まっていた。といっても仕事をしているのは甲斐と円の2人だけなのだが、1人でするよりもずっと早く書類が片付き書類の山も三分の一まで減っていた。

そして今日もやはり数メートル先では騒がしい奴らがいた。他の役員と加悦だ。

大人数が集まれば騒がしくなるのは仕方がないと思う甲斐だが今回は違った。

昨日帰ってから須衣に何度か連絡をしたが結局連絡を取ることが出来なかったのだ。

これもそれも全て加悦のせいだと思うと同じ空間にいるだけでイライラが抑えれなかった。

それでも甲斐は加悦を怒鳴りつけたり追い出したりすることはしなかった。

「なぁ!2人ともこっち来いよ!土岐がお茶入れてくれたから休憩しろよ!」

そう、例えば甲斐の邪魔しかしてなかったとしても、だ。

「…甲斐、少し休憩しませんか?」

そう言った円の表情が心配を含んでいるのを見て、甲斐は一息ついた。

「そう、だな。少し休むか」

軽く伸びをして甲斐は立ち上がると開いているソファにどさっと座った。

「な、甲斐!これ食べてみろよ。めちゃ美味いからさ!」

加悦が差し出すどこか海外のお菓子は、甲斐が苦手とするクドいほどの甘さしかしないもので。甲斐はいらん、と一言言って紅茶に手を伸ばした。

「なんだよ。美味しいのに!円、食べてみろよ!」

「えぇ、ありがとうございます」

あぁ、こんな時須衣ならそっと隣に座って甲斐のために甘さ控えめのお茶請けを用意して疲れを癒してくれるはずなのに、と甲斐は思った。

「そーいえばさぁ。青の君が恋人と別れたらしいよー」

「ボクも聞いた!今日はその話題で持ちきりだったよね!」

「………は?」

ゆったりと須衣への思いを馳せて疲れを癒していた甲斐の耳に入ってきたのはとんでもない話しで。

「青の君?誰それ?」

「あぁ、加悦は知らないのですか。茶道部の部長で、とても穏やかな方ですよ。去年あたり恋人ができたらしいのですが…」

「ずっとしてた指輪を今日はしてなくて別れたんじゃないかって皆が言ってるんだよねぇ」

「ちょ、え……?」

円と土岐が加悦に青の君について説明しているのを遠くに聞きながら青の君とは確か須衣のことを示しているはずだ、と甲斐は頭の中で自分に問いかけていた。

「そいつ有名なのか?」

別れた?誰と誰が?
「そうですね。この学園では有名な方ですよ」

須衣が?俺と?

「名前は須衣って言って加悦と同じ2年生なんだよ」

俺が?須衣と?

「へぇ!!一回会ってみたいなぁ!」

いや、そんな筈はない。

疑問と答えがぐるぐると頭の中に渦巻く甲斐を現実に引き戻したのは加悦の馬鹿でかい声だった。

「あっ!お前!昨日のやつだな!また甲斐の邪魔しに、」

「須衣!」

「青の君!」

ハッと気が付けば生徒会室の入り口に青の君こと須衣が立っていた。

きゃんきゃん喚く加悦を押しのけ、逃がさないとでも言うかのように甲斐は須衣の肩を両手で掴んだ。

「須衣、昨日はどこに、いや!指輪はどうしたんだ?」

「指輪?」

「ちょっと待った!甲斐!酷いぞ!」

須衣の言葉を遮ったのはやはりと言うかなんと言うか加悦の馬鹿でかい声だった。

「は…?」

「こんな大勢の前で別れ話なんてソイツが可哀想だろ!ちゃんと2人きりでしろよ!その後で言うなら言えよ!じゃないと俺はお前に返事しないからな!」

分かったな!と言い捨てると加悦は颯爽と生徒会室を出て行った。

生徒会室に残された者達はただただ加悦の行動にポカーンと口を開けるだけだった。

そんな中いち早く立ち直ったのは甲斐だった。

「…よし、落ち着け。今俺は須衣に指輪の件について問いかけた。そうだな?」

「え、えぇ。青の君に話しかけましたね。加悦には一言も声はかけませんでした」

次いで復活したのは円で、甲斐の言葉にしっかりと返事をした。

「あぁ、そうだ。ちょっと待ってろ。まずは須衣。指輪はどうしたんだ?」

「えっと、今日は洗顔した時に外したまま忘れたんです」

すみません、と謝罪する須衣に噂はただの噂だったと心底ほっとする甲斐だったが此方を凝視する役員に気が付きはっとした。

「え、青の君と会長って…?」

「あー…、いつかは言うつもりだったんだが…。俺達付き合ってるんだ」

「「「えぇー!」」」

珍しく年相応な表情で照れながら言う甲斐に役員はまさに寝耳に水。驚きのあまり全員が全員、絶叫した。

青の君に恋人がいるのは有名な話だったが相手は全く謎で、校外の人だろうと思われていたのだが。

「いつからなのですか?」

「あー。もう二年になるかな」

まさか我が校の会長がその相手だったなんて。

そっと寄り添う2人は、あぁ、お互い想い合ってるんだなと微笑ましくなるぐらい柔らかな雰囲気を出していて驚愕よりも祝福の方が大きかった。

「長ーい。でもよくバレなかったなぁ。てかバレたら親衛隊とかヤバいんじゃないの?」

甲斐も須衣も学園内では非常に人気が高く、いわゆる親衛隊と呼ばれる組織がある。

もちろん生徒会役員それぞれに親衛隊はいるが甲斐と須衣に比べると絶対的な人数が違うのだ。

そんな人気者同士が付き合ってるなんて賛成派と反対派に二分され、学園を巻き込んだ一大事になるだろうことが簡単に想像できた。

「それなら問題ねぇよ。親衛隊には言ってあるから」

「……はぁぁぁぁ?」

「親衛隊に!?甲斐大好き人間達に青の君と付き合ってるって!?青の君大好き人間に甲斐と付き合ってるって!?」

丸い目をさらに丸くさせた安岐が信じらんない、とでも言うように叫んだのを他の役員がうんうんと頷き肯定した。

「別に問題なかったぜ。むしろ付き合うことに協力的だったし、なぁ。須衣?」

「はい、僕達がお付き合い出来ているのは親衛隊の皆様がいたお陰なんです」

ほんのり照れた表情の須衣になんだか親衛隊やら何やらその他のことを考えるのが馬鹿馬鹿しくなって4人はソファに深く身を沈めた。

「会長と青の君が幸せそうならいいや。おめでとう!」

「そうですね。むしろ青の君と甲斐なら皆納得でしょうし。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる須衣に、そんな須衣を甘く見つめる甲斐。

どことなく他人と一線引いていた甲斐のそんな態度に驚きはありながらも、唯一の人を見つけたのだなと羨ましくも思う4人だった。

「てか、須衣ちゃんは何か用事があったんじゃないの?」

「おい、土岐!軽々しく呼ぶな!」

「そうです。部の予算概要についての書類を提出に来たんです。はい、お願い致します」

「わざわざありがとー!ね、須衣ちゃんお茶でも飲んで行きなよ!」

「安岐!触るんじゃねぇ!」

書類を手にする須衣を安岐がぐいぐい引っ張ってソファに座らせるとすぐさま円が新しいカップを用意して。

「はい、どうぞ。口に合うかわかりませんが」

「わざわざ、ありがとうございます。いただきます」

ぺこりとお辞儀をする須衣の隣にちゃっかり座った安岐と土岐を甲斐は怒鳴り散らし、それを見て須衣がクスクス笑えば甲斐がデレっと顔を崩す。

そしてそれを土岐と安岐がからかい、甲斐が怒鳴り、須衣が微笑み。

生徒会室には温かい笑いが渦巻いた。

散々からかわれた甲斐の怒りが爆発して(と言っても本気のそれではもちろんない)、須衣を抱き抱えるように生徒会室を出て行った後4人は笑い疲れてふぅと息を付いた。

「でもホントビックリだったねぇ」

「えぇ。甲斐にそんな素振りなかったですから驚きました」

冷めた紅茶を飲みながら安岐と円がそう言えば奈津がコクリと頷いた。

「ほんと。お似合いだったねー。まぁ、俺には加悦がいるけどぉ」

「土岐!何言ってんの!加悦は僕のなんだからね!」

「違う。加悦は俺の…」

落ち着いたと思えば途端に騒ぎ出す安岐達に苦笑して円は立ち上がると会長の机に山積みになった書類を一束取った。

「あー!円ってば良い子ぶってぇ。仕方がないから俺も手伝っちゃおー!これで加悦は俺にメロメロ間違いなしー」

「僕だってするもん!…て、あれ。これ財務の書類…?なんで会長のとこにあるの?」

土岐にだけ良い格好はさせまいと安岐と奈津も甲斐の机に駆け寄り、書類を手にとったは良いがそれは自分が処理すべき書類で。

なぜ会長である甲斐の机の上にあるのかと首を捻った。

「私達が加悦に夢中で仕事を放り出してる間、甲斐が処理してくれていたのですよ」

私も昨日気付いたんですが、と言う円に3人は目をぱちくりと瞬かせ、甲斐には適わないなぁと心底思った。

自分だって青の君との時間を取りたいはずなのに、他の役員が加悦と会えるようにとわざわざ進んで仕事をしていてくれたのだ。

自分の事しか考えていなかったことに気が付いて恥入りながら、甲斐はやはり心から尊敬に値する人なのだと再認識するのだった。

そんな甲斐だからこそ青の君と付き合って、親衛隊からも祝福されるのだと納得して、4人は書類を片す為に机に向かった。





翌日の放課後、甲斐が残りの書類を処理しようと生徒会の扉を開いて驚いた。

他の役員が生徒会室にいるだけでなく、机に向かって黙々と書類を片付けていたからだ。

「会長遅いよ!」

ここ数週間見ることがなかった光景に一瞬ポカンとした甲斐だったが、昨日まで山積みだった書類が綺麗になくなっている事に気が付いて甲斐は思わず笑みをこぼした。

甲斐の机が綺麗になった代わりにそれぞれの机の上には小さな書類の山が出来ていて。

理由は分からないが、生徒会役員としての責任を思い出したのかやる気がでたのか。

「ほら、追加の書類だ。暇そうな安岐に任せるわ」

「えぇっ!会長おーぼー!」

手に持った書類を半分程安岐の机の上に置いて、甲斐も自分の仕事をするべく席についた。
(安岐は書類を四等分にしていた)

「あ、しばらくしたら須衣が来るけど昨日みたいな事すんなよ」

溜まりに溜まった書類の手伝いを申し出てくれた須衣に最初は遠慮していた甲斐だったが、一緒にしたら早くすみますよ、と微笑む須衣に、確かにそれもそうだし何より一緒にいれる時間が増えるからと承諾したのは昨日の事で。

「青の君が!お菓子用意しよーと!」

まさか手伝ってもらう予定だった書類が処理されているなど予想外だったが、それならそれでさっさと2人で帰れば良い事。

「私はお茶の用意しましょう」

わざわざ来てくれる須衣には申し訳ないがすぐに帰れるようにと甲斐は目の前の書類に集中しようとした。

「おい!すんなって言ってるだろ!」

が、ウキウキしながら給湯室に入る安岐と円に思わず突っ込みをいれるのだった。

とりあえず2人を席に着かせることに成功し、書類を片付けるようし向けたのは良いがどこかふわふわ浮ついた空気が漂っている。
(甲斐もその一人だから何も言わずに知らんぷりだ)

しばらくしてから生徒会室にノックが響き、須衣が顔をのぞかせた。

「失礼致します。お仕事お疲れ様です」

スッとと頭を下げた須衣に安岐が飛びつくとソファへと促すのと、円がお茶を入れるために給湯室に向かったのを甲斐は溜め息一つで容認して。

「須衣、悪い。せっかく来てくれたのにもうほとんど終わってんだ」

「そうなのですか。じゃあ僕はお邪魔なので帰りますね」

「えぇっ!邪魔じゃない!邪魔じゃないから!ちょうど今休憩するとこだったんだから!」

「そーそー。須衣ちゃんはソファに座ってー」

安岐と土岐が引き止めるのに須衣は、じゃあお言葉に甘えて、と微笑んだ。

ソファに腰掛ける須衣の横に素早く座ったのは甲斐で、安岐と土岐がずるいだのなんだの言っていたが甲斐は軽く聞き流した。

円が用意してくれた紅茶に口をつけながら甲斐と須衣に次々と浴びせられるのは付き合った経緯だとか切欠だとか。

女子高生か、と甲斐は思ったがあまりそんな話しをする事がないのであろう須衣が恥ずかしそうに答えるのがあまりにも可愛くて止める気にもならなかった。

「ねぇ、ねぇ。甲斐と須衣ちゃんの初エッチはいつなのー?」

ヘラリと笑いながらとんでもない質問をする土岐に、安岐は色めき立ち、甲斐と円は苦笑い。

須衣はボンッと音が鳴ったのではないかと思うぐらい一気に赤くなった。

皆が皆、須衣に大注目だ。

「あ、あの、え、あ…か、甲斐…」

助けを求めるようにきゅぅと制服の裾を掴まれて、甲斐は自分の心臓がきゅぅぅぅとなった。
そりゃなるしかない。胸キュンだ。

こんなに可愛い恋人がさらに可愛くなって、甲斐はきゅんきゅんが止まらなかった。

ここに誰もいなけりゃ抱きしめてキスをしていたものを、と甲斐は悔やんだ。

「それは2人だけの秘密だ。な、須衣?」

甲斐はサラッと答えて、恋人の頭を撫でた。さっさと帰って早く2人きりになるしかない。

そう思った甲斐が腰を浮かせようとしたその時だった。

「甲斐!いつになったら言いに来るんだよ!もう!」

そんな勢いで開けたら扉が痛むと思ったのは甲斐だけではないはずだ。

「って、またお前!なんでこんなとこいるんだよ!甲斐が迷惑してんだろっ!」

入ってきたのは言わずもがなの加悦で、ソファに座る須衣を見つけるやいなや唾を飛ばしながら怒鳴った。

須衣も甲斐も他の皆もポカーンだ。

「お前は甲斐にふられたんだろ!潔く諦めろよ!お前可愛いんだから新しい奴がすぐできるって。なっ!」

ポカーンから、さらにポカーン。

「おい、お前は何言ってんだ?」

さすがと言うかやはり一番最初に我に返ったのは甲斐だった。

「何を勘違いしてるか分からんが、俺は須衣を振った事なんてないしこれから先もない。いいか、須衣は俺の恋人だ」

隣に座る恋人の方を抱き寄せると、甲斐は加悦に言い切った。

「な、何言ってんだよ!甲斐はおれのこと好きなんだろ!」

何言ってんだはお前の方だ、と甲斐は呆れかえったが何も言わずに須衣を立たせると扉に向かって歩き出した。

「なぁ、甲斐ってば!」

「先に帰るわ。戸締まりしとけよ」

加悦の声を完全に無視して、甲斐は生徒会室を出た。

最後に、お邪魔しました、と言った須衣の言葉がしんとなった生徒会室にふわりと広がった。

「甲斐のやつなんだよ!」

信じらんねー、と呟く加悦を4人はまるで奇異なものを発見したかのように見た。

加悦が甲斐に特別な感情を抱いているのであろう事は4人とも気付いていた。いつだって加悦が気にしているのは甲斐だった。

気付いていたけど、それでもいつも元気で明るくて、生き生きと、キラキラと輝く加悦に惹かれるのを止めることはできなかった。

4人が好きだったのそんな加悦だ。

それが今は何だ。

「なぁ、酷くないか!?」

同意を求められては4人はたじろいだ。

先程の甲斐を見て、甲斐がどれだけ青の君のことを大切にしているか分かったいるから。
優しく、甘く。大切に大切に青の君を慈しむ甲斐の姿は、かつて他人と一線を引いた付き合いしかしなかった頃の甲斐を知っているだけにその本気が見えた。

そもそも何を持って加悦は、甲斐が加悦に告白をすると思っているのか不思議だった。甲斐が加悦に興味を持ったことなどなかったはずだ。

4人が興奮して甲斐に加悦のことを話したときも、甲斐に加悦を会わせたときも眉一つ動かさなかったのに。

「加悦、あの…、甲斐は先程の方、青の君とお付き合いされてるのですよ」

言い辛そうに円が言った言葉に加悦はキョトンと首を傾げて、

「別れたんだろ?」

いっそ清々しいまでにそう言い切った。

いや、あの、だから。

「かいちょーは青の君と別れてないよ?加悦の勘違いだよ」

いつも加悦にべったり引っ付いていた安岐がほんの少し、ほんの少しだけ苛立たしそうに言った。

「何で?だって甲斐はおれのこと好きなんだろ?それなのに他の奴と付き合ってるなんかおかしい!もしかして、甲斐のやつ脅されてるんじゃ…」

あいつ最低だ!

加悦の言動に4人は呆れとか驚きとかを通り越して吹き出しそうだった。

もともと加悦は人の話を聞かない所があったけど、それにしたって酷すぎる。
甲斐から直接言われ、円にも安岐にも言われているのに、加悦の思考回路はどうなっているのやら。

「かーや!青の君がそんな事するわけないでしょー?」

「土岐!土岐まで脅されてるのか?おれがなんとかするから!無理すんな!」

優しく言った土岐の言葉に加悦は必死になってそう言ってきて、土岐はえぇー、と小さく呟いた。

まるで宇宙人だ。言葉が通じなけりゃ意志疎通もできない。

昔はあんなに好きだったはずなのに、今は…。

「失礼しまーす!」

なんとも気まずい空気を壊してくれたのはノックと同時に入ってきた生徒だった。

「ども、摩津です。青の君の親衛隊長してます!」

ビシッと敬礼のポーズを取る生徒、摩津は先程まで部活をしていたのか剣道着姿だ。

一瞬動き(というか口)を止めた加悦だったが青の君、と聞いて形相を変えた。

「お前、止めとけよ!青の君なんてやつ甲斐や土岐を脅す最低なや、」

つなんだから、と勢いよく言う加悦の顔をスレスレに横切ったのは摩津の拳だ。ヒュッと息を止めた加悦に摩津が一言。

「殺すぞ?」

本気の声色に加悦は驚き、固まった。

いつだって加悦が正しくて、加悦がルールだった。皆が皆、加悦のことを大切にしてくれたし、この学園に来てから少し違う事もあったけど円や土岐だってそうだった。

加悦は自分が世界の中心にいるんだって思っていた。

「お前が何を言おうが構わないが。青の君を乏すことは赦さない」

こんなにも真っ直ぐ嫌悪を向けられる事なんて初めてだった

「な、なんでだよ…?おれ悪いことしてない!あいつが悪いんだろ!なぁ、円!」

ジワジワと溢れてくる涙をぎゅぅっと我慢して円に助けを求めた。

だって当然に助けてくれるはずだから。

それなのに、円はすいっと加悦から目を反らした。しっかり目があったはずなのに。

「円も…、円も何か脅されてるのか?お前もあいつに脅されてるんだろ!」

勘違いも甚だしい。

おれがなんとかしてやるから、と言い募る加悦があまりにも煩わしすぎて。

摩津は我慢ができず、右手で加悦の頬を叩いた。

拳ではなく平手だったのは僅かに残った優しさからだった。

大して力を入れたつもりなどなかったのに加悦の体は床に叩きつけられた。

「な、な、お前!!暴力なんて最低だぞ!お、おれは、お前を助けたいのに…!」

いや、もう。まじで。何言ってんの?

5人は心の底からそう思った。

「青の君がわざわざ様子を見てきてって言うから来たのに。来なきゃよかった…。まぁそんな訳で、失礼します」

はぁぁ、と深いため息を付いた摩津は生徒会役員にお辞儀をすると生徒会室を後にした。

「おいっ!待てよ!話は終わってないぞ!」

摩津を追いかける加悦の背中を見ながら、なんであんな子を好きだったのだろう、と思った。

「……恋は盲目」

ぼそりと呟いた奈津の言葉に円、土岐、安岐はなるほど、と深く頷いた。


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110528 日記からの再UP


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あきゅろす。
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