まいご日和
相馬立芳は授業終わりに片付けを命じられた地図を両手に抱えて、資料室ばかりが並ぶ階をトテトテとなんとも危うげな足取りで歩いていた。
クラスメートの何人かが代わりに行くよと申し出てくれたが立芳はフルフルと首を振って好意を辞退した。
頼まれたことを他の人にしてもらう上に、限られた昼休みを奪ってしまうのは申し訳なかったのだ。
あまり人通りのない階は昼休みが始まったことも重なって人の気配が全くなく、なんとか資料室に地図を片した立芳はまたトテトテと足音をたてながら教室に向かっていた。
今日のお昼ご飯は何を食べようかな、なんて小さく鳴ったお腹をこっそりさすって立芳は昼休みに会えるであろう人に思いを馳せてほんにゃり微笑んだ。
「…?」
なんて考え事をしながら歩いたのがいけなかったのか入学してまだ1ヶ月も経っていない立芳は全く見たことのない場所に立っていた。
けれど自分が迷っただなんて思わない立芳は確か右の方から来たから帰りは左、と疑いもせずに進んでみると。
そこにはだらしなく制服を着崩したなんとも素行の悪そうな人たちが3人。
ひょっこり現れた立芳を見て3人はにんまり笑うと互いに顔を見て頷きあった。
「あんたさぁ、ちょっと金貸してくんね?」
「俺たち金なくて困ってんだよねぇ」
ニヤニヤ笑いながら立芳の周りに立つと、なんとも安っぽい台詞を次々と立芳に投げかけた。
「財布、出せよ」
胸ぐらを急に掴まれたかと思うと次の瞬間には後ろの壁に叩きつけられて、1人が立芳が逃げないように壁へ押さえ込むと残りの2人が立芳の制服のポケットに手を突っ込んだ。
ブレザーの内側にある内ポケットまで抜かりなく調べた2人は出てきたのが携帯と数個の飴だったことに舌打ちした。
「チッ!しけてんなぁ!」
なんて理不尽なことを言う3人を尻目に奪い取られた携帯がチカチカと光りメールだか着信だかを知らせているのに気づいた立芳は確認しようと携帯に手を伸ばした。
けれどその手はいとも簡単にたたき落とされて、同じく携帯が光っていることに気付いた1人が勝手に携帯を開いた。
折り畳み式の携帯はディスプレイを確認しなければメールか着信かは分からない。
「あ?ダーリン2号?んだこれ?」
長く光っていることから着信であることが分かったけれど、ディスプレイを見た1人が訝しげな声を出して、残りの2人もそれをのぞき込んだ。
そして3人はやっぱり顔を見てさっきと同じくニヤリと笑った。
「お前男とつきあってんだ?この学校じゃ珍しくないけどよ。」
「金の代わりに俺らの相手してもらおうかな」
「流石に廊下は不味いから教室に移動しようぜ」
ニヤニヤニヤニヤ、笑いながら立芳を近くの空き教室に押し込めるとやっぱり急に胸ぐらを掴まれて次の瞬間には床に押し倒された。
ガツンと後頭部を打った立芳はちょっぴり眉をしかめて、未だにちかちか光り続ける携帯を見つめた。
その視線に気付いた男が携帯を耳に当てて、相変わらずニヤニヤしたまま声を出した。
「もしもーし。ダーリン2号さん?こちら3号でーす!今からお楽しみの時間だから邪魔しないでねー!」
ゲラゲラ笑って一方的に話すだけ話して通話を終了させたらしい男は携帯を教室の隅に投げて、さらに別の男が教室のドアの鍵を施錠した。
ダーリン2号はきっと今の電話で必死に探すだろうけどこの広大な敷地を誇る学院の教室1つ1つ順番に確認するなんて相当の時間がかかるに違いなくて。
3人はどうやって遊んでやろうか、と立芳のブレザーを開け広げその下に着ていたカッターシャツをたくしあげた。
そこに現れたのは白い肌に点々とついた赤い花びら。
唐突に服をはだけられた立芳はつい昨日の恋人との情事の跡を暴かれてうっすら全身を朱色に染めた。
その艶やかなまでの変化に3人はヒュゥと唇をならして、さっきまで感じなかった色気にゴクリと唾を飲み込んだ。
「こいつ、エロ…」
「あ、あぁ、やべぇな…」
きょとりとしたままの立芳は未だにこれから先何をされるのか見当もつかないようで不思議そうに3人を見上げていた。
「早速頂きますかね。暴れんじゃねぇぞ。大人しくしてたら優しくしてやるからよ…」
こきゅんと唾をもう1度飲み込んで、立芳の肌に触れようと手を伸ばしたとき。
ドカンッバキッと不穏な音がして。
何事かと3人が振り返れば鍵を掛けたはずのドアに誰かが立っていて。
「はるちゃん、みっけー!」
こちらを指さして上機嫌な声を上げながら近付いてくる男に3人は絶句した。
「ひぃっ!あ、悪魔っ!」
「んん?人のことは指さしちゃ駄目でしょー」
自分がしたことは棚に上げて躾がなってないなぁ、なんて呟きながら立芳達のすぐ側まで来ると、青ざめて震える3人には目もくれず、はるちゃん大丈夫?と声をかけた。
こくりと頷いた立芳は床に手を突いて上体を起こした。
「な、なんで、青鷺颯斗がっ!?」
「知るかよっ!や、ヤバいぞ」
3人はまさかの人物の登場に冷や汗ダラダラ、血の気がすぅと引いていくのが分かった。
青鷺颯斗はこの学院で良い意味でも悪い意味でも有名人で、その整った外見はまるで御伽噺に出て来る白馬の王子様のように見目麗しく、しかしその実そういった、つまり裏っ側の世界では容赦ない暴力を振るい相手を完膚無きまでに叩き潰すのだ。
青鷺に叩かれた人々は青鷺の名前を聞くだけでその場から風のように逃げ去るのだと嘘のような事実があった。
自分達が手を出した人物がまさか青鷺の知り合いだっただなんて。もう終わった、と3人は思った。
「颯斗、ハルは?」
絶望に打ちひしがれていた3人の前に新たな人が現れて、その人を視認した瞬間3人はさらなる絶望へと突き落とされた。
「竜司、はるちゃんは大丈夫だよ」
青鷺が視線を上げた先には、日本人離れした体躯でこれまた日本人離れした容姿の男、宮部竜司がいた。
宮部竜司もまた青鷺と同じく、いやそれ以上に学院でその名を知らぬ者はいないほどの有名人で、まるで帝王の如く君臨する姿に畏怖を込めて一部では魔王と呼ばれているのだ。
その魔王が青鷺の側にいる少年、立芳の元へ歩むとその乱れた制服を実に優しい手付きで直し始めた。
そう言えば今年の新入生に魔王の恋人がいるだとかなんだとか噂が流れてきたのだけれど、自称魔王の恋人はどの学年にもいて、それが真実だとはこれっぽっちも思わなかったのだ。
だが、目の前の魔王の雰囲気に実はその噂が本当でしかもその恋人に手を出してしまったのだと気付いた3人は頭の中が真っ白になった。
「ハル、どっか痛いとこは?」
すっかり立芳の制服を整えた魔王こと竜司は柔らかい声でそう尋ねた。
立芳はほんの少しだけ考えてからそっと後頭部を撫でた。
押し倒された時、床にぶつけた頭はほんのちょっぴり痛むだけで、立芳としてはたんこぶができていないか確認しただけだったのだけれども。
竜司と青鷺にとってはそうではなくて。
青鷺は3人に向かってにぃっこり笑って、竜司は立芳の頭を柔らかくそぅっと撫でた。
「ハル、俺らちょっとコイツ等に用があるから陣と保健室行って手当てしてもらえ」
分かったか、と言う竜司に立芳はこくりと頷いて、その場から立ち去ろうとしたけれどクルリと竜司を振り向いて、竜司の制服の端をちょんちょんと引っ張った。
「ん?どうした?」
恋人の幼い仕草に竜司はやっぱり柔らかく答えて、頭を屈めた。
立芳はほんの少し背伸びをして内緒話をするように竜司の耳元に口と両手を持って行き、竜司に伝えたいことを言った。
それを聞いた竜司はクスクス笑って、立芳の唇を掠めとった。
立芳は突然のことに一瞬きょとんとして次の瞬間に顔を真っ赤に染め上げた。
「やっぱり俺がハルと保健室行くわ。颯斗、後は頼んだ」
立芳の腰を抱えてこの場から立ち去る魔王に3人はほぅと息をついた。
けれども。
「さて。お姫様を拐かした悪人達をどうしてくれようか?」
目の前で実に楽しげに笑う悪魔を見て、3人はついた息を吸い上げた。
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(あのね、りゅう先輩。お腹空きました)
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