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夢喰い獏の夢
わぁぁっと教室の真ん中から賑やかな声が湧き上がった。それと一緒に教室の中の空気も賑やかになる。

僕は教室の隅っこの方でちょっとだけ良いなぁ、羨ましいなぁ、って思った。

みんなキラキラ笑ってて楽しそう。

太陽を浴びてぐんぐん育つ綺麗なお花みたい。

その点ぼくは学校の裏にある掃除用具の倉庫のさらに裏のじめっとした所で育つコケみたい。

休み時間は本を読んだり授業の予習復習をしたり。

友達と話はするけどみんな僕と似たような感じで、目立たないように隅っこでコソコソ話をするだけ。

また笑い声が大きく響いた。

笑いの渦の真ん中の、一番キラキラした人が綺麗に笑ってる。日高君だ。

テレビに出てきそうなぐらいかっこ良くて、いつもたくさんの人に囲まれてる人。

笑顔もだけど存在自体がキラキラしていて見てるだけでほんわかした気持ちにさせてくれる。

だから日高君の周りにはたくさんの人ができるんだと思う。

あ、まただ。

僕がぼぅっと自分の考えに浸っていたら視線を感じた。

最近、どうも日高君に見られてる気がする。うんん、気がするんじゃなくて見られてる。

そぅっと日高君の方を見るとバッチリ目があってニコッと微笑まれた。

僕はどうしたらいいか分からなくて戸惑っていると、友達に何か言われたのか日高君はそっちの方を向いてしまった。

ほっと安心して僕は開いてる本に目を移した。

日高君の僕を見る目はいつもと少しだけ違うように感じる。

みんなといるときの日高君は普通に楽しそうに笑ってるけど、僕を見るときは何かが違うんだ。

うまく言い表せれないけど、少しだけ怖い。

目が合うといつも笑ってるから思わなかったけど、実は僕の事が嫌いなのかもしれない。

たまにこっそり盗み見てるのに気付いてて、ウザイなとか気持ち悪いって思ってるのかも。

日高君は優しい人だから僕に直接言えなくて、目で訴えてたのかもしれない。

そこまで考えて僕は少しだけ落ち込んだ。








「先生、消毒液の補充終わりました」

「おぉ!お疲れさん、高宮」

保健室に入ると保険医の板倉先生が回る椅子に座ったまま労いの言葉をかけてくれた。

僕は保険委員会に入ってるから週に1度こうして保険委員の仕事がある。

普通は何人かでするんだけど僕以外の人は部活に入っていたり、サボったりしてあんまり来ない。

だから僕1人で仕事をすることが多い。

「高宮、あと1、2時間待ったら送ってやるけどどうする?」

「待ってます!」

仕事は別にイヤじゃないし、こうして板倉先生が車で家まで送ってくれたりするから逆にラッキーだなって思う。

「じゃあ、先生ちょっと会議行ってくるから誰か来たら頼んだぞ」

僕ははい、と返事をして先生を見送った。

グラウンドの方から野球部とかサッカー部のかけ声が聞こえてくる。

部活中に怪我をしない限り保健室には誰も来ないだろうし、どの部活にもマネージャーがいるはずだから本当に酷い怪我じゃないと来ないだろうと思う。

だから僕が保健室にいてもやることなんかないから、横長の椅子にゴロンと横になった。

放課後の保健室はなんだか秘密の部屋みたいでドキドキする。

小さい頃見つけた秘密の基地みたいな、特別な感じ。

「ふ、ぁ……」

ふんわり香る消毒液の匂いと遠くから聞こえる運動部のかけ声に包まれながら、僕の意識は気付いたらフェードアウトしていた。
















「…ん、…?」

なんか、息苦しい…?

息がしにくくなって僕はうっすら目を開けた。

いつの間にか寝てたんだ、て思いながら目をパシパシさせると目の前には…。

「んっ!?んぅぅ!」

ひ、日高君っ!?

本当に目の前、3センチ先に日高君の顔があった。

びっくりして声を上げようとしたのにくぐもった声しか出なかった。

なんで!って思ってたら口の中にぬるりとした熱い物が入ってきた。

え、ぇ!?

僕、日高君とキスしてる!?!?

びっくりし過ぎて何がなんだか分からない。

日高君の体をバシバシ叩くと日高君もはっとなって僕の上から飛び退いた。


「うわっ!起きたの?う、わ、しまった…。夢中になりすぎた。や、でも美味かった…」

「ひ、日高君…?」

ブツブツ言う日高を指差して僕はあんぐりなった。

「な、ななな!なんで!」

だって日高君の体が。

「なんで、浮いてるの!?」

ふわふわ空中に浮いていたんだ。

びっくりするしかないよ!だって、人が宙に浮くなんてそんなのあり得ないもん!

「こ、これは夢…?夢なんだ…」

「そう、夢だよ。だから、もう1回食べさせて…」

そっか、そうだよね。夢かぁ。

僕はうんうんと一人納得して、また近付いてくる日高君の綺麗な顔にうっとりなった。

ほんとに綺麗な顔。男でも日高君みたいな人にならキスされても得した気分になっちゃう。

近付いてくる日高君の顔をまじまじ見ながら僕は少しだけ照れた。

夢、なんだけどなぁ。

「保健室で盛るな!このあほんだら!!」

「ぃっ、てーーー!!」

目を閉じかけた僕だったけどガツンと何かを殴る音と悲鳴にパチッと目を開けた。

「何すんだよ!板倉!邪魔すんじゃねぇよ!」

「黙れ。貴様は真の馬鹿だ、阿呆だ。その頭は飾りか?中身がなんにも入ってないんだろう。ちょっと降ってみろ、カラコロ音が鳴るんじゃねぇのか?ん?」

「鳴るか!俺の頭にはみっちり脳みそが詰まってんの!入りすぎて頭重いぐらいだし。超絶優秀な俺の頭を殴るなんて世界の未来を壊すようなもんなんだからな!」

宙に浮いたまま胡座をかいて頭をさする日高君と白衣を着た板倉先生が言い合いしてる。

「なるほど、何も入っていないから鳴らないのか。可哀想に。せめて何か入れた方がいいよな?俺様がその頭を開いて入れてやるよ。豆腐を。そこのスーパーで5時から2割り引きしてるやつを買ってこい。今日の晩飯は鍋だ!」

「よし来た!!キムチ鍋だな!締めはやっぱりラーメンだよな?」

キムチ鍋、美味しそうだなぁ。そろそろ冬だし鍋っていいよね。

「馬鹿いえ!水炊きだ!ポンズであっさり食う。締めはうどんスープを入れて雑炊に決まってんだろ!!冷やご飯をさっと洗って沸騰した出汁に入れる!よく溶いた卵で閉じて完成だ!」

雑炊も美味しいから僕は好きだな。ラーメンか雑炊。悩むところだなぁ。

「えー、締めはラーメンだよ。これだから老いぼれはイヤになるぜっ、てぇ!殴んなよ、馬鹿!」

って!違う違う!

「あ、あの!」

また言い合いが始まりそうだから僕は思い切って声を出した。

「「あ、」」

あ、て僕の存在完璧に忘れてましたね。そりゃ僕はどうせ存在薄いけどさぁ…。

「た、高宮!すまん!とりあえず翔はいい加減浮くのを止めろ!」

「あ、忘れてた」

ごめんね、と言いながら日高君は地面に足を着けた。

「あの、日高君はマジシャンなの…?」

恐る恐る聞くと日高君も板倉先生もぶはって笑い出した。

「マジシャン!!初めて言われたっ、はははっ!」

だって宙に浮くことができるのはマジシャンか…。

「も、もしかして!ゆ、幽霊…?」

「ゆっ幽霊!ひぃ、ははっ腹痛い!」

日高君も板倉先生も涙浮かべながら笑ってる。ちょっとさすがに恥ずかしいんだけど…。

僕がむぅと拗ねていると笑い終わった板倉先生がまた日高君の頭をバシッと叩いた。

「笑うなこのバカ。高宮が困ってるだろうが」

目尻に涙溜められたまま言われても有り難くないです、先生。

それでも日高君は漸く笑うのを止めてくれた。

「ごめんね、あまりにも笑いのツボに入っちゃって。だって、マジシャンに幽霊…」

口元隠しても笑ってるの分かるよ、日高君。

そんなに変なこと言ったかなぁって思いながらもこんな間近で日高君の笑顔を見れたからお得な気分だ。

「だいたい翔が不用意な事するからだろ。高宮になんて説明するんだよ、この馬鹿」

「別に問題ないって。本当の事言ったらいいじゃん」

日高君は僕を見てにっこり笑った。その後ろでは板倉先生が大きいため息をつきながらこめかみを手で押さえてる。

「俺ら、実は人間じゃないんだ」

「え?」

「高宮は獏って知ってる?夢を食べるって言う生き物」

「聞いたことはあるよ。確か中国の伝説の生き物だよね?」

悪夢を食べてくれるって聞いたことがある。

日高君はそうそれ、それ、と言いながら僕を指さした後自分を指差して。

「俺、それなの」

そう言った。

「え?」

きょとんとする僕と、にっこり笑う日高君。

「でね、高宮の夢を食べさせて?」

「えぇ?」

「さっき少しだけ食べた高宮の夢って最高に甘くて美味しかった。」

舌で自分の唇をペロリと舐めた日高君は僕を見た。

その目は教室で見た少し怖い目だ。

ゾワッて背中に寒気みたいなものがして助けを求めるようにして板倉先生を見たけど、先生は呆れたように頭を横に振るだけだった。

「大丈夫、痛いことなんてないよ?高宮が寝てる間に食べるだけだから。」

ね、高宮良いだろ、と強請るように甘い声で言われて僕は無意識のうちに首を縦に振っていた。

だって日高君をよく見たら餌を目の前にお預けされてる犬みたいだったんだ。

頷いた僕を見て日高君はすぐに満面の笑みになって、僕に飛びついてきた。

僕はキラキラし過ぎる笑顔と驚きで固まったまま日高君のされるがままになった。

「盛るなっ!この馬鹿やろう!」

板倉先生がまた日高君の頭を殴るまで僕は抱き締められるままだった。

日高君が小さく、やっぱり甘くて美味しい、と呟いてとろけるよう微笑んだのを真正面から見た僕はなんだか恥ずかしくなって一気に顔が火照った。

日陰のじめじめした所から急に日向に連れ出されてしまった気分で落ち着かなかったけど、日高君の笑顔を間近で見れた僕は心がホカホカ暖かくなった。







20091202


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