5
太陽の家は学校近くの駅を真ん中に、俺の家とは真反対にあった。とにかく早く会いたくて、俺はひたすら走った。
閑静な住宅街に太陽んちはあった。玄関に藤井という表札が出ているのを確認して一応チャイムを鳴らしたが、村松の言うとおり誰もいないのか対応がない。渡された鍵で勝手に玄関を開けてお邪魔する。
メモには綺麗な字で「太陽の部屋2F」と書かれていて、俺が知らないことを知っていることも、無駄に字が綺麗なこともムカついた。用のなくなった紙切れはぐしゃっと握りつぶして、ズボンのポケットに突っ込むと静かに階段を上った。
チャイムに反応できないほど太陽は疲れてんのかとか、その原因が村松にあんのかと思うと、腸が煮えくり返りそうなぐらいムカついた。好きな奴が、他の男とセックスをしただなんて叫びだしたくなるほどムカつくし、泣きたくなるほど悔しい。…太陽も少し前まではこんな風に思ってたのか?
太陽と付き合う前は、太陽に見せ付けるようなことを何回もしてきたし…。
やばい。
急に不安になってきた。本当に太陽は俺と別れたがってるのかもしんねぇ。じゃなきゃ、太陽が村松とするなんて信じられない。
とたんにゾッとして、俺はこのまま帰ってしまおうかと思った。
けど、ここで帰ったら絶対に後悔する。
よし、と気合を入れて最後の階段を上ると、すぐ右手の扉に『太陽』とプレートが掛かっていた。太陽らしくてふっと笑ってしまう。寝ているかもしれないから俺はゆっくりと扉を開けた。
ベッドが盛り上がっていて、太陽が寝ていることが分かった。後ろ手にそっと扉を閉めて、一歩踏み出したとき。
「しのちゃん…?」
聞こえた言葉に動けなくなる。
やっぱり村松が良いのか…?
続きを聞きたくないと思っているけど、太陽はこっちも見ずにそのままぼそぼそと続けた。
「オレね、やっぱり諦められないよ。」
「もう一回、朔先輩に告白してみる。」
「だって、オレ、朔先輩のこと好きだもん…」
「…俺も好きだ。」
「えっ!?」
思わぬ太陽の告白に今までの不安は吹っ飛んだ。寝ている太陽に近づき、ふわりと頭を撫でれば太陽はガバっと飛び起きた。
「え、え?朔先パ、イ?」
なんで、と言いたそうな太陽の口をとりあえず奪って黙らす。
キョトン、とした表情の太陽の小さな顔を両手で包んで、そこかしこにキスをすると見る見るうちに太陽は真っ赤になった。なんとも可愛い反応に俺はハハハと笑った。
現金な奴だと自分でも思う。太陽の気持ちがまだオレにあるということを知っただけで心がすぅっと軽くなった。ただ、自分の軽はずみな行動でこんなにも太陽を不安にさせてしまったことを本当に後悔した。
「ごめん、太陽。」
謝罪の意味が分かってないのか、太陽はきょとんとしている。きっと太陽は俺に酷いことをされたと思ってないんだろう。俺はもう1度、ごめん、と謝った。
「太陽、お前のことが好きだ。」
まっすぐ目を見つめて言うと、太陽は一瞬固まったあと、ぼんっと音が出そうなぐらい真っ赤になった。愛しい反応に小さな体をそっと抱きしめると、太陽は小さくオレも好きです、と言ってくれた。
しばらく無言で抱きしめあう。腕の中にあるぬくもりに、ほっと安心する。
「三辻とは何もねぇからな。」
みっともなく言い訳をする気はない。俺にそんなつもりがなくても腕を組んだことは本当にあったことだ。
「俺が好きなのは太陽だけだから。」
そっと囁くと太陽は俺の胸に顔をうずめたままこくりと頷いた。
寝癖のついたままの髪の毛を指に絡めて弄ると、くすぐったいのか太陽が身じろいだ。くるくると指先で遊びながら、体を離してデコ、目尻、頬、鼻先にキスを落とす。恥ずかしいのか目をぎゅぅと固く瞑った太陽をベッドに押し倒して、唇にもキスをする。
少しだけ開かれた口の中に舌を侵入させて、太陽を味わう。久しぶりの太陽とのキスはいとも簡単に欲望に火を灯す。押さえきれない獣が体の奥底から這い出してくる前に、理性を総動員して唇を離すと、布団を太陽にかけてベッドから降りた。
「朔先輩…?」
目元をピンク色に染めた太陽が不思議そうな表情でオレを見上げてくるのに苦笑して。
「俺さ、ちょい前に田崎に携帯見つかって取り上げられてんの。言わなくて悪かったな。」
連絡くれたんだろ、と言えば太陽はそうだったんですか、と驚いた。
「田崎先生、厳しいですもんね。」
なんて言われて、反省文を書いたことを教えれば太陽はもっと驚いた顔をしてくすくす笑った。
「朔先輩が反省文って、似合いませんよ!」
いつもの太陽がそこにいて、心の中でほっと安心する。
お前と一緒に帰ろうと思って待ってたときに見つかったんだからお前のせいだぞ、と言うと太陽は飛び起きた。
「本当ですか!?」
「ほんと。結局、田崎に説教くらって、終わったら誰もいなかったけどな。」
とんだ災難だった。田崎のネチネチしつこい説教を思い出して思わず舌打ちが零れた。なのに太陽はニコニコ嬉しいそうに俺を見つめてくる。
「…何だよ?」
「朔先輩が待っててくれたのが嬉しかったんです!」
「一緒に帰れなかったけどな。」
「でも、嬉しいです!ありがとうございます!」
「あぁ…。また、待っててやるよ。」
「本当ですか?絶対ですよ!約束です!」
本当に嬉しそうな太陽にくすぐったくなる。放課後誰かを待つために学校に残るなんてバカらしいと思ってたのに。太陽ならそれも許せてしまうから不思議なもんだ。
こんな風にふとした瞬間に俺は太陽のことが好きなんだと実感する。
だから、少し赤く腫れた目元に苦しくなって、止まらない激情をその小さな体にぶつけてしまいそうになる。
キラキラと目を輝かせる太陽の髪の毛をくしゃりとかき混ぜて、目尻にキスを落とす。
「じゃあ、俺帰るわ。」
「え、帰っちゃうんですか…?」
「あぁ、急に来て悪かったな。」
「…っ!」
寂しそうな太陽に、悪く思いながらも長居はすべきじゃないと自分に言い聞かせて、もう一度、帰るからと言えば、太陽はガバっと頭から布団を被った。
「え、おい、太陽?」
どうしたんだ、と慌てて布団を剥がそうとするけど、きつく握り締めているのか剥がせない。
「太陽、どうした?」
このまま太陽を放っておくわけには行かなくて、何があったのかと問いかけるが、返事がない。
「太陽、おい!」
「…てっ、…!」
「はぁ?何だって?はっきり言え。」
そんなに気が長いほうじゃない俺は思わずきつい口調になった。
「…っ!先輩は、俺のこと好きじゃないんだっ!」
「はぁ!?何でそうなる?」
布団の中から聞こえてきた太陽の言葉の意味が分からず、訝しい声が出る。俺は好きでもない奴の家に授業をサボってわざわざ来るような人間じゃない。
さっきあれだけ言葉にしたのに太陽は分かってくれないのか。
「だって!!朔先輩はオレとしてくないんでしょう!」
布団から出てきた太陽が涙声で叫んだ。俺はそれにもまた、はぁ?と声を出した。
「なんでそうなんだよ…」
「だって、だって…。朔先輩帰るって…。オレは朔先輩としたいです!」
きゅう、と唇をかみ締めた後、太陽はそう言って俺をまっすぐ見つめてきた。嬉しい言葉なのだと思う。
けど。その言葉は今の俺にはムカつくだけのものだ。
「ふざけんな。俺としたい?よく言えたなっ!んなことがよっ!」
一瞬にして頭に血が上った俺は太陽を怒鳴りつけた。傷ついた顔で青ざめる太陽を見ても、怒りは治まらない。
「昨日、散々抱かれたんだろうが!他の男によっ!」
「し、知らない!オレは朔先輩だけだもん!」
泣きはらした顔をまた涙でぐちゃぐちゃにした太陽が叫ぶ。
「黙れ!村松としたんだろ!動けなくなるほどによっ!」
「しのちゃんは…っ!」
太陽が何かを言う前に噛み付くようなキスをして黙らせる。卑怯なことをしている、と思うけど太陽の口から村松の話しなんか聞きたくねぇ。
村松としたことを責める資格がないことなんて分かっているけど。それでもききたくなんかねぇ。
昨日の今日だ。行為のあとが残っている状態でしたい、などと言う無神経な太陽に腹が立って仕方がない。
そのままベッドに押し倒して、華奢な両腕をシーツに縫い付ける。
どこかしょっぱいキスは太陽の涙の味だ。
ひっく、と太陽の喉がなって、漸く唇を離す。
ポロポロと涙を流す太陽に罪悪感が襲ってくるけど、怒りは治まらない。
「ふっ…、先輩は、オレとしたくないの…?」
「今日はしたくねぇだけだ。」
太陽を直視できなくて、視線を外して言う。したくないわけじゃない。
太陽のことは好きだ。好きだからこそ今日は嫌なんだ。
「オ、オレが、下手だからですか…?どうしたら、いいですか…?」
しゃっくりをあげながら必死に言う太陽に、そうじゃねぇよ。そんなんじゃねぇんだ、と言う。
「今日は嫌だ。太陽が嫌いだからとかじゃない。好きだから嫌だ。分かるか?」
「わ、分かんないです…。な、んで、ですか…?」
震える声が縋るように問いかけてきて、どこまでも分かってくれない太陽に嫌気がさす。
はぁ、と胸の中にあるドロドロとした感情を吐き出して小さく呟く。
「村松としたんだろ。さっき聞いた。だから、今の太陽は嫌だ。」
太陽を手放したくないと心のそこから思うけど、昨日の今日で許せるほど俺は心が広い男じゃない。
今したらきっと太陽を傷つける。散々泣かせたところで、今更だけど。
結局は自分のためなのだ。
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