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『もしもし?あなたが五月さん?』

五月が言葉を発する前にスピーカーから聞こえてきたのは浩介ではなく、鋭い女の人の声だった。

『悪いけど、浩介は私のものだから。家に来るのとかやめてもらえます?』

高圧的なしゃべり方と、その言葉の内容に五月は喉が張り付いたように声が出せなかった。

『いつもいつも付きまとわれて迷惑だって浩介も言ってるの。金輪際、私たちに近寄らないでくださいね。』

そう言って電話は切れ、ツーツーという無機質など音が耳元で鳴り響いた。

頭がよく働かず、五月は手の中の携帯を見つめた。

何かの間違いだと、そう思いたかったけれど。はっきりと五月の名前と浩介の名前を言っていて。

聞き間違いでも、間違い電話でもない。確かに五月の携帯に、浩介の携帯から電話がかかってきた。

「は、はは…。なに、これ……」

五月は呆然とそこに座り込み、一瞬にして引いた汗に寒さを感じながらも動きになれず腕に顔を押し付けた。

その細い肩が小刻みに震え、時おり抑えきれなかった嗚咽が漏れ聞こえる。

「ぅっ…、く……」

迷惑がられていただなんて気付きもしなかった。週末に会う浩介は確かに優しくて、自分との時間を楽しんでくれていた、そうだと思っていたのに。

勘違いだったのか。いつからそう思われていたのか。

本人に言われるよりも、知らない人から言われる方が真実味を帯びていてずっとずっと辛い。

知らない女の人の言葉に五月の心はザックリ切り裂かれて、ドクドクと血を流す。

信じたくない。信じたくなんかないけれど鳴らない携帯が、真実だと無言で訴えているようで、五月は携帯を強く握りしめた。

その時。携帯が振動した。五月はディスプレイを確認もせず、携帯を耳に当てた。

「もしもし…」











「さっちゃん、本当に行くの?」

進は怒ったような悲しそうな複雑な顔をして五月を見た。

「なんだよ進。オレちゃんと帰ってくるよ?」

「そうじゃなくてっ!!」

五月は笑って言ったのに、進は複雑な顔のまま声を荒げた。周りを歩く人が何事かと2人をじろじろ見ている。

五月と進は今、空港にいた。

浩介の携帯から電話があった後にかかってきたのは五月の叔父からだった。

数年前から海外に住んでいる叔父は五月の事をとても可愛がっており、また五月も叔父のことを慕っていた。大学に入るまで長期休暇は必ず数週間は叔父の所に行っていた程に。

勿論、今年の夏休みも叔父の所へ行く予定でいたのだが、浩介と一緒にいるために五月は日本に留まっていた。

しかしこの前の電話で冬こそはおいで、と言われ五月は迷うことなく頷いた。出来ることなら明日にでも行きたいと言った五月に叔父はすぐにチケットを手配してくれその4日後には日本を立つことになった。

これが逃げだと言うことは勿論分かっていた。けれど、校内で浩介に会うのが怖い。ただでさえ心が弱っているのに、もし本当に迷惑そうな目で見られたら。

そう思うだけで五月は怖くて、叔父にすがりついた。そして五月は冬休みいっぱい叔父の所で遊ぶことにした。

まだ授業は残っているがあとでノートを見せてもらえば何とかなるし、バイトも今はそこまで人手不足ではないため少々渋られたが辞めた。

歴史を感じさせる古い建築物に豊かな自然、日本とは全く違う場所で疲れきった心を癒す。

次に浩介に会ったとき、心が揺れないように。

この事を進に伝えた時、浩介とちゃんと話し合えと言われたが、五月は首を横に振った。

会いたくない。今まで止めることがなかった浮気と、五月が行くと分かっていながら、女の人とベッドで寝ていたことが答えなのだ。

進に連絡をした後、携帯は電源を切って引き出しにしまい込み、旅行の準備をするため実家に帰りマンションを出た。











「そろそろ時間だから行くね。」

五月は大きい荷物を引っ張り、ゲートに向かった。

「さっちゃん!」

大きな声で自分の名を呼ぶ友達に五月は手を振ってゲートに入っていった。



どこまでも広がる青と白の世界に、五月は静かに目を閉じた。

次、目が覚めたときは浩介も進もいない異国の地に降り立っているだろう。

一滴の涙が頬をつたった。

      to be continued


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