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週末は必ず2人で出かけたり、家でゆっくりテレビを見たり、付き合い始めた頃に戻ったように過ごした。
五月は嬉しかったけれど、少し不満だった。
浩介が全く五月の体に触れなくなったのだ。軽いボディタッチはあってもそれは友達同士のようなもので、夏休みのように官能を匂わせる熱く激しいものではなかった。
ソファに並んで座るときも2人の間には空間があって、まるでそれが心の距離のように感じて切なかった。
それでも浩介は会うと必ず好きだよ、と囁いて五月にキスをしてくれる。
優しいキスなんかじゃなく、思考も何もかもを奪われるようなそれをして欲しい、そう心の中で思っても五月は言葉に出せなかった。
自分がとてもイヤらしく感じて恥ずかしいのと、もう1つ。
後期が始まって1ヶ月程たった10月下旬、それは五月の耳に入ってきた。
浩介と一夜をともにした子がいる、という噂。それも1人だけじゃなく何人もいるのだと。
五月はそれを聞いた時、男の体には飽きて女の子の方がよくなったんだ、と思った。
女の子のように柔らかくもなく抱き心地も良くない、自分の体。抱いて寝るなら女の子の方がいいに決まってる。
もし浩介を求めて拒まれたら、気持ち悪がられたら。
その先まで考えると怖くなり五月は何も言わず、浩介から与えられるものだけで満足しようとしていた。
「なぁ、さっちゃん。良いのかよ?」
「ん?何が?」
講義のない空き時間、五月と進はカフェテリアにいた。
もう11中旬。外は木枯らしが吹き、息を吐くと白くなる。2人の前には湯気が立ち上るカップが置いてあった。
「三村だよ!さっちゃんの彼氏なんだろ?」
「そうだね。」
周りを気にして、小声でしゃべっても進の声は鋭かった。
「じゃあ!何で怒ってないんだよ!さっちゃん苦しいんだろ!?」
浩介が色んな女の子と遊んでいるというのは大学で有名な事だった。
あれだけ格好いい男だから周りがほっとかず、遊びでも良いからと言い寄る女の子は後を立たなかった。
「そうだね。」
進の言うように心も体も、何もかもが苦しい。
1度だけ浩介に直接聞いたことがある。
「オレといて楽しい?」
遠まわしかもしれないけど五月にはこれが精一杯だった。浩介はにっこり笑って。
「楽しいよ。だって五月といるんだよ。」
そう言った後、優しいキスをしてくれた。
その言葉に嘘や偽りは感じず、それだけで十分な気がして五月は何も言うことが出来なかった。
「苦しい、けど。けどね…」
浩介が自分を好きだと言ってくれる間だけは夢を見ていたい。
元々住む世界が違っていて、叶うなんて思ってなかった恋だから。
そう言って五月は笑った。
「さっちゃん…」
元々線の細い五月がそうやって笑うと今にも消えてしまいそうで進はそれ以上何も言えなかった。
「えー!うそー!!」
後ろの席からの突然の大声に進は不快そうに眉をひそめた。
「本当なんだって!!ダメ元でね、言ってみたらオーケー貰えたの!!」
興奮しているのか声はますます大きくなるばかりで、黄色い声が耳についた。
「まじでぇ!いいなぁ!三村君でしょう!私も言ってみようかなぁ!」
「ダメダメ!こーすけは今から私が落とすんだから!!」
会話中の名前にピタッと五月は動きを止めた。
『三村君』『こーすけ』
三村浩介。
ありきたりな名前だけど思い当たる人物は一人しかいない。
五月の恋人の、三村浩介だ。
きゃっきゃ言って騒いでいる女の子の声がやけに遠く聞こえた。
「さっちゃん……」
進が心配そうな顔で自分を見ている。
「ごめん、帰るや。またノート見せて。」
五月は早口にそれだけ言うと俯いてカフェテリアを出た。
浩介が色んな女の子と遊んでいるのは知っていたし、五月もそれを止めなかった。
けど実際に当事者の声は聞いたことがなくて。
甘えたような声で浩介の名を呼び、まるで恋人気取りだった。
胸が痛い。
家に着くと五月は自分を守るように体を丸めて布団に潜り込んだ。
何も聞きたくない。
何も見たくない。
何も、考えたくない。
目をぎゅっと瞑って、五月は自分の体を強く抱きしめた。
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