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WJ
夜の月・後(カカナル)
きっと気付いているのは自分だけなんだろう、とナルトは思った。カカシがナルトの名を呼ばなくなったことに。

かつては事あるごとにナルト、ナルトと呼んでくれていた優しい声はその音を紡ぎ出さない。

一緒に任務ができるだけ十分だってばよ。

最近、家にいるよりもずっと増えた森の中は、ナルトの心休まる唯一の場所だ。
木々の合間から覗く月が、まるで自分を見守ってくれているようでほっと安心するのだ。

めっきり会う回数がなくなったイルカ先生は元気だろうか。今日だって会う約束なんてしてなかったけれど、カカシのそばにいればきっと不快な思いを抱かせてしまうだろうから疑われない理由を付けて逃げ出した。

任務がある毎に声をかけてくれるサクラとサスケはいつの間にか2人で話していることが増えたのは仲良くなったからだろうか。サクラが誘ってくれたのは本当に嬉しかったし、サスケとも一緒にご飯を食べたかった。
けど、自分がいることで不快な思いをさせてしまうのが怖かった。

何より、ここ最近は食事が喉を通らないのだ。無理やり胃に詰め込んでもものの数分でもどしてしまう。そんなみっともない姿をカカシに晒したくなかった。

はぁ、と溜め息をついて、重くなった体を起こす。

今日は久々にカップラーメンでも買って帰るってば。

新作のラーメンでも見れば食欲が湧くかもしれない。森に一時の別れを告げて、人目に付かぬようスーパーに向かった。

結局食べたいと思える物がなくて、でも何も買わずに出ていくのは嫌だからと牛乳のパックと喉越しが良いゼリーを買って帰る。

片手にビニールの袋をぶら下げて、夜の町を歩く。

昔カカシ先生と歩いたな、と唐突に思い出して幸せな気分に浸る。
あれはそう、ナルトの家でご飯を食べるときに醤油が足りないからと二人でスーパーへ買いに走ったのだ。一緒にカップラーメンも買ってもらって、帰りはこっそり手を繋いで。

楽しくて幸せだった、思い出。今はもう、隣を歩いてくれる人などいないけれど。

「あ…、」

カカシ先生だ。

道路の反対側、ナルトの心を掴んで離さない、けれどナルトが突き放した銀色の人。

その横に寄り添うように立つ美しい人はカカシを見上げて嬉しそうに笑って、カカシもそれにそっと笑みを返す。

良かった、カカシ先生ってば幸せそうだってばよ。

絵になる美しい二人に心から良かった、と思う。

「ふっ…ぅ…」

なのに、ぶわりと溢れた水の膜が二人を歪ませる。

カカシには幸せになって欲しい。皆から祝福されて、幸せになって欲しい。そう思うのに、声にならない声が嫌だと叫ぶ。

どこまでも浅ましくて醜い自分が嫌で、ナルトは二人に背を向けるとその場から無我夢中で逃げた。






「はぁ…、っ…」

嫌だと思った。カカシの隣に立たないで、そこは俺の場所なんだ、とあの女の人を突き飛ばしたかった。

そんな風に思う自分はなんて嫌な人間なのか。カカシの幸せを願っていたはずなのに結局は自分の幸せが大切なんだ。

本当は分かっている。カカシにサクラ、サスケ、イルカに他の皆が大切なら距離を取るだけじゃなくて、目の前から消えるのが一番の方法なんだと。

皆があまりにも優しくて暖かいから、それに甘えて縋って、そこから離れようとしないのは自分だ。

嫌な奴だってば…。

でもやっぱり手放したくないのだ。唯一の暖かな場所を。

「ほんと、やな奴だってばよ…」

「んー?誰のこと言ってんの、」

ギリッと髪の毛を後ろから引っ張られ、ナルトは痛みに相手をキッと睨み付けた。

「はぁぁ?何その態度、自分の立場わかってんのー?」

しまったと思った時にはすでに遅く、ナルトの体は地面に突き飛ばされた。

「お前の立場ってもんを教えてやるよ」

ニタニタ笑う大人達は見たことがないけれど、これから起きる悪夢は簡単に想像がついた。人気のない路地裏。何処からかつけられていたのだろうか。
気配を感じなかったと言うことは目の前の大人達はきっと忍に違いない。襲いくる暴力は里人とは比にならないだろうことを覚悟して、ナルトは体の力を抜いた。




延々と繰り返される呪詛のような言葉は確実にナルトの心に傷を付ける。肉体以上に悲鳴を上げる心に気付いていないだろうが的確でこの上ない暴力だ。

「ぐぁ、ああ…っ!」

ボキリ、と太い枝が折れるような鈍い音。どこかの骨が折れたのだろう。全身を鋭い痛みが覆っている中、どの部分が折れたのかなんて興味がなかった。

体を中心に暴力を奮うのは顔に傷が付き、事件が露見することを畏れているからなのか。地面に擦れて、頬が切り傷を作っているのだからそんな気遣いなど不要だとナルトは思った。

散々ナルトの体をサンドバックにした事で満足したのか、シネ、この化け狐と最後に吐き捨てられた言葉と共に腹部にクナイが刺さった。

「ぁ…ぅ……、」

痛みは感じない。ただ、そこかしこが熱い。きっと全身は泥と血にまみれているだろう。

忍が遠ざかり喧騒をどこか遠くに聞きながらなんとか動く右腕を気力で動かして、腹部に刺さったクナイを引き抜いた。

「っ…!」

ドロリと血が溢れ出すのがわかった。もしかしたら内臓に達しているのかもしれない、と鋭く磨かれたクナイを見て思った。

これだけ殴りつけられて未だに体を動かし、息があるのは腹に狐を飼っているからだろう。人とは違う、忌むべき力。

化け物と罵られる理由だ。

化け物なんて生きる価値がないんだよ、と憎々しげに言われた言葉。シネ、と叩きつけられた言葉はナルトになのか、九尾になのか。そんなことわからないけど。

そんなに俺が嫌いなら殺せばいいのに、と思う。
チャンスならいくらでもあったのに誰一人として手を下さないのは、九尾が解放されることを畏れているから。

そんなことあるはずねぇのに…。

ふぅ、と息をついてナルトはクナイをしっかり握ると、首の真上に持ってくる。

これが皆が幸せになれる方法。大分前から気づいていたけれど、怖くてできなかった。
けど、今なら大丈夫。
カカシ先生が幸せになったのも無事にみれたし、もう未練はない。ナルトにとってこの世界はモノクロだ。

「ぁ…」

満月だってばよ…。

まん丸い月がぽっかりと夜空に浮かんでいるのに気づいて、やっぱり思い出すのは銀色の人だった。

最期に名前、呼んで欲しかったってば…。

残念だなぁと心の中で呟いて、右手を振り下ろした。

「ナルトっ!」

カッ、と首筋に熱さが走ったとき。微かに聞こえた銀色の声に都合が良すぎるってばよ、と突っ込みながらでも幸せだってばよと微笑んで。

そぅ、と目を閉じた。









ぴくっと瞼が動くのをナルトは感じてそっと目を開けてみた。
きょろりと眼球を動かして真っ白い天井と窓にカーテン、点滴を確認してあれ、と思う。

天国というよりも病室といった方がしっくり来る場所にナルトは助かったのか、と無感動に思った。

確実に頸動脈まで達した筈なのに九尾ってばすげぇってばよ、と改めて九尾の力の巨大さに感心する。第一発見者も驚いただろうなぁ、なんて人事のように思いながらそっと体を起こそうと両手をついたが、無様にベッドに逆戻りしてスプリングがギシリと響いた。

「ナルト!?」

扉から飛び込んできたのは最期に夢見た銀色でナルトは目を見開いた。

カカシ先生と声に出したはずなのに、けほっと咳が出ただけで音にはならなかった。

カカシがサイドボードにある急須をそっと口元に運んでくれ、水分を流し込んでくれる。
コクリと喉を潤しながら、何故カカシが此処にいるのか不思議に思ったけど、ただただ喜びが大きかった。

ナルト、なんであんなこと、と絞り出すように言ったカカシにきょとんとなったがすぐにあの事だと気づいた。

自らの手で首にクナイを突き立てたあの時、最期に名を呼ばれたのは気のせいではなかったのだ。

ナルト、答えなさいと諫めるような声に体が震える。

どうしてあのまま逝かせてくれなかったのか。あの時自分は確かに幸せだったのに。こうして生き長らえてもカカシの傍には居られないのに。

せんせーには、関係ないってばよ。

カカシに助けられたことを嬉しいと思いながらも迷惑をかける事なんて出来ないから。だからまた遠ざける。

布団を頭からすっぽり被って、泣きそうになる自分を隠す。

あっそう、ふぅん。関係ない、か…。ま、良いけどね。あぁ、そうだ。お前には関係ないけど、先生結婚するから。

え、え、誰と、なんて言葉が飛び出しそうになったけどナルトはぐっと息を詰めた後、そっと呟いた。

おめでと、ってばよ…。

ちっともめでたくない声だったけどナルトにはそんな事に気づく余裕なんてなくて、布団の中で体をぎゅぅと丸めた。

でさ、先生担当から外れるから。

届いた音はナルトを絶望に突き落とす最後の攻撃。

ふぅん、と興味のないような相槌を打ったのは口を開けば嗚咽が漏れそうだったから。

カカシの隣に立つ人は結婚という大義名分を手に入れただけでは飽きたらず、カカシとの唯一の接点すら奪おうというのか。

美しい女の人が、カカシを見て幸せそうに微笑む。カカシも幸せそうに微笑んで、その腕の中には2人の愛の結晶。

ナルトには到底できない無理な事。

悔しがったって仕方がない。泣いたって意味がない。
そう思うのに鼻の奥がつんと痛くなって、キツく目を閉じてるはずなのに後から後から涙が溢れてきた。

じゃあね、お前も頑張って。先生もう行くから。

布団の上から頭を撫でられて、ガチャンと扉の閉まる音。しん、と静まり返った空間にナルトただ一人。

ぅ、ぇ…やだってば!せんせ、行っちゃや…!ふぅっ…!

布団の中できゅぅと体を丸めて、堪えきれない嗚咽を零す。

嫌だ、嫌だ。傍にいて。

叶わぬと知っている願いを願うのはなんて愚かなことなのか十二分に解っていたけど、それでも今だけは許して欲しい。

「せんせ…、そばにいて、てばぁ…っ!」

絞り出した声はずっと、ずっと言いたかったこと。

「言うのが遅いよ。全く、頑固だね」

ひっくと息を吸い込んだとき頭上から聞こえた声にぴくっと体が震えた。

うそ、うそ、なんで。

都合のいい幻聴なのかと恐る恐る顔を出すと、困ったように笑う銀色がいた。

あーぁ、そんなに目を真っ赤にして。もっと早く言いなさい、ナルト。本当に嫌われちゃったのかと思ったでしょ!

全く、冷や冷やしたと言いながらふんわり涙を拭われて、ナルトはなんで、と呟いた。

先ほど出ていったはずのカカシがそこにいるのだから、自分は都合の良い夢を見ているに違いない。

だって、じゃないと…。

なんでって。ナルトが言ったんでしょうが、傍にいてって。

何でもないように言うカカシにナルトは慌てて、うそ、さっきの嘘だってばよ、と否定した。

ふぅん、嘘なんだ。あっそう。

あぁ、嘘なんて嘘なのに。せっかくカカシが戻ってきてくれたのに。
ジクジク痛む心は見ない振りして、自分自身に嘘をつく。仕方ないってば、と心の中で呟いてナルトはうなだれた。

別に良いよ、嘘でも。俺、ナルトの傍から離れないから。

え、え、せんせ、何言ってるんだってばよという言葉はカカシに遮られて。

何を言われたのか知らないけどね、俺はナルトなしじゃ生きていけないよ。ナルトが好きだし、ナルトの傍にいたい。楽しいことも悲しいこともナルトと一緒に経験したい。ナルトがいない世界なんて、生きてる価値がない。

両手で顔を包まれて、真っ直ぐ見つめてくるカカシ。いつもの顔を隠している覆面もなく、ただただ真っ直ぐに見つめられて、ナルトは瞬きを忘れたかのようにカカシを見つめ返した。

ねぇ、ナルト。ナルトは?俺は迷惑?

問いかけられてナルトはひっくと息を吸い込んだ。

おれ、おれってば、

言ってしまって良いのだろうか。ずっと願っていたことを。

言いたいけど言ってはいけない。そう思うのに次から次に喉を押し上げる止まらない感情が爆発しそうだ。

ん?と促すように目元を親指で擽られて、ナルトは我慢が出来ずに思いを溢れさせた。

「おれ、せんせぇが好きなんだってばぁ…!」

言葉と共に抱きついて、せんせ、せんせぇと繰り返した。

「うん、ナルト。ナルト、ありがとう…」

ぎゅぅと抱きしめられて、優しいカカシの声と言葉にナルトはわんわん泣いた。






目、真っ赤になっちゃったね。大丈夫なの、と柔らかく聞かれて、ナルトはうんうんと頷きながら溜まった涙をゴシゴシと拭った。

あ、こら。擦らないの、ナルト。駄目でしょ。両手を取られて、ペロリと目元を舐められる。

う、わ!と驚くナルトにカカシはふふと楽しそうに笑って、また一舐め。

ねぇ、ナルト。体は痛くない?大丈夫?と表情を一転して心配そうにするカカシに全然平気だってばよ、と元気よく答えた。
実際あの時折れていた骨は今は元通りにくっついているしどこにも痛みなんてない。

けれどカカシは納得してないのか少し曇った表情で、ナルトの首筋にそっと触れると、巻いてある包帯をスルリとほどいた。

良かった、跡になってない。

ふぅ、と息をつくカカシに、うんとしか言いようがなくて、そっとカカシの手に自分の手を添えた。

「あのね、ナルト。退院したら一緒に住もっか」

明日は晴れそうだよね、なんてそんな軽く言われてナルトは一瞬何を言われたか、分からなかった。

え、えと。良いんだってば?と聞くと当たり前でしょ、ずっと傍にいるって言ったじゃない、と当然のように返された。

う、ん。そうだった、てば。あ、でも大丈夫!せんせーの邪魔はしないってばよ!

だから安心してと続けるナルトにカカシは、はぁ?と訝しげな声を出して。

あ、やっぱり嘘!何にもないってば。

ふいっと目線を外して何にもないってば、と繰り返すとこら、ナルト。何考えてんの、言いなさい。と叱られた。

ぅ、あ…、とカカシの顔を見ずに、だってせんせー、結婚、と言うと、あっ、と大きな声が返ってきた。

やっぱり、一緒に住むのは無理だよな、だって狐だもん、とちょっぴり沈んでいたら、結婚なんて嘘に決まってるでしょとあっさり言われて。

え、嘘?嘘って何がうそ?と聞く羽目になった。

何って結婚。ナルト以外とする分けないでしょ。あ、一緒に住むならいっそのこと結婚しよっか。ねぇ、ナルト。俺と結婚してくれますか?

え、ぇ?え?

戸惑うナルトに断ったらそれを断るからね、なんて理不尽な事を言っておきながら、返事をください、と続ける。

お、俺なんかで良いんだってば…?と聞くとナルトだから良いんでしょ、と返事が返ってきて。

ナルトは都合の良い夢を見てるんだと思って、自分のほっぺたをむぎゅぅと抓った。

痛い…、と呟くと当たり前でしょ、そんなキツく抓ったりして。駄目じゃない、
とほっぺたを撫でられる。

夢、じゃないってば…?

夢?なぁに、夢だと思ってるの?夢じゃないよ。ほら、触ってご覧。ね、ここにちゃんと居るでしょ。

片方の手をカカシの胸に導かれて、そこから伝わる確かな鼓動にこれは現実なんだと今更だけれど実感した。

ね、分かった?分かったら、返事をちょーだい?くれないとナルトのこと浚っちゃうから。

なんてとんでもないことを言いながらも、ナルトが口を開くのをしっかり待ってくれていて。

ナルトは小さく深呼吸をすると、カカシの目を見てはっきり言った。

「俺も、せんせーと結婚したいです、てばよ」

「うん。一緒に、一生幸せになろうね」

本当に、本当に嬉しそうに幸せそうに笑いながら、ね、ナルトと言われて、ナルトは止まっていたはずの涙が次々に溢れ出してしまった。

あれ、俺ってば、なんで、と涙を必死に止めようとするナルトに、カカシが優しく涙を拭いながら嬉し涙だね、可愛いね。と言った。

うれし、なみだ…?

ん、そう。嬉しすぎると涙が出ちゃうんだよ。俺もね、ヤバいの。

そう言うカカシの目の縁に零れ落ちそうな水の膜があって、それを見たナルトはさらに涙が止まらなくなった。

ふっ…ぅ、せんせ、せんせ!おれ、嬉しいんだってば、幸せなんだってば…!

ありがと、せんせーと言ってカカシの体にきゅぅと抱き付いた。

俺の方こそありがとう。

そう聞こえた時、首筋にポタリと水滴が落ちたのをナルトは感じた。

ぴったりとくっついて離れない銀色と金色を、闇に浮かぶ月がそっと優しく包み込んだ。



END!!


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