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WJ
夜の月・前(カカナル)
ナルトが健気で可哀想なお話。最後はハッピーです。
所々痛い描写あり。



漆黒の闇夜の中、まん丸い月が浮かんでいる。そっと柔らかく輝く月にあの人の事を重ねて考えた。

「この化け狐がっ!」

罵声と共に腹部を蹴りつけられ、ナルトは痛みに耐えるため体を丸めた。
何が面白いのか数人の男たちはニヤニヤと嗤いを顔に張り付け、丸くなったナルトを蹴り付ける。

聞くに耐えない罵声と暴力を散々奮った大人たちはようやく気が済んだのか、ぐったりと動かなくなったナルトを見て満足げに嗤った。

「カカシ上忍も堕ちたもんだよ。こんな化け物と付き合うなんてよ!」

「よっぽど具合が良いんだろ」

ゲラゲラと嗤いながら遠ざかっていく大人達にほぅと安心しながらも、途切れ途切れ聞こえてくるナルトを罵った言葉と、カカシを侮辱するような言葉にギリッと歯を噛みしめた。

自身のことならまだ赦せる。心にキツく蓋をして身体をぎゅっと丸めてジクジクとした痛みに耐えればいい。聞かなかったことにしてしてしまえる。

でも。でも、カカシ先生の事は無理だ。聞かなかったことになんかできない。

そっと柔らかく優しくナルトを包み込んでくれる大人。イルカ先生とは違う、心が体がムズムズくすぐったいような、ほっこり暖かいような不思議な感情を抱かせる銀色の人。

そばにいれるだけで幸せだったナルトに、好きなんだと照れくさそうに、けれど真剣に告白をしてくれたのはカカシだった。

一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って、一緒の布団で寝る。カカシの存在は幸せそのものだった。

里を代表するような忍として、誰よりも優しく誰よりも強いカカシが見も知らぬ里の人に侮辱されるなどあってはならないのに。

ナルトと言う存在がそれを引き起こしている事実。

共に切磋琢磨する可愛らしい桜色の少女と無愛想な黒髪の少年、嘗ての恩師にまでそんな事が起きているかもしれない。

自分のせいで後ろ指を指されるようなことが。

「そんなの、嫌だってばよ…」

そっと零れた言葉は確かな覚悟を秘めていた。





今日の任務は草引きだよ、と2時間遅れで現れた担当上忍にえー、俺ってばもっとすげぇ任務がしたいってばよと騒ぎ立て、任務中は無駄にサスケに突っかかってケンカをし、サクラに怒鳴られた。

いつものやり取り、いつもの風景。

じゃあね、バイバイと大袈裟に手を振って3人に背を向けた。

これもいつも通り。

人気のない道を選んで走る。じわりと滲む涙を飲み込んで、こんな事で泣くなってばよと自分に言い聞かせる。

今日、一度も目を合わせなかった上忍はきっと夜家にくる。
痛いほど背中に感じたカカシの視線に何度振り向こうと思ったことか。
あの優しい腕の中に飛び込んで、泣きわめいてしまいたかった。胸の内にある不安や恐怖を吐き出して、大丈夫だよと言ってほしかった。
カカシならきっとナルトを真綿で包むように優しく、大切に抱きしめてあやしてくれる。

でもそれではダメなのだ。ナルトはそれで充分過ぎるほど幸せになれるが、カカシは違う。
カカシはナルトを庇うことで里からの風当たりは強くなり、陰口を叩かれるのだ。狐に唆された愚かな忍だ、と。

ナルトがただ願うのはカカシの幸せだ。サクラやサスケ、イルカが無事平穏に生活すること。

ナルトなんかがその邪魔をしてはいけない。

「大丈夫だってば…」

こぼれ落ちそうになる涙を袖で乱暴に拭って、ベッドに倒れ込んだ。

自分なら上手くできる、大丈夫、と自分に暗示をかけて、頭の中で考えた台詞を何度も繰り返す。

ごめんなさい、と無意識に零れた言葉は枕に吸収された。






コツコツと何かが当たる音がしてナルトはハッと意識を浮上させた。
部屋はとっぷりと暗闇が満ちていて、欠けた月がうっすらと灯りを灯している。

「ナルト、お前どうしたの?今日変だったよ」

何かあったのかと聞いてくる低音に、ナルトは体が震えるのが抑えられない。

何度注意しても窓から侵入するカカシは、こっちからの方が早くナルトを抱きしめれるでしょと言って、玄関から入ったことがない。非常識だってばよ、と頬を膨らませながら非難したけれど本当は嬉しかった。だからわざと窓の鍵を開けっぱなしにして、カカシを待っていた。

でも。それも今日で終わる。

「ナルト?」

「入ってこないで!」

窓枠から脚を下ろそうとするカカシを制して、ナルトは強く言った。

雲が月を覆い隠し、暗闇が充満する。カカシの顔を見ることが出来ないことに幾分がっかりしながら、自分の表情が相手に見えないことに安心を覚えた。

用意した台詞を引っ張り出し、喉の奥から吐き出そうとする。けれど言葉よりも先に嗚咽が漏れそうになって、ナルトはきゅぅと口を噤んだ。

「ナルト…?」

自分の名を呼ぶ、低くて優しい声。呼ばれるだけでほっこりと心に炎が灯ったように嬉しくなる。きっとこれが最後、大切に心の中にしまっておこう。

震える指先を強く握りしめて、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「もう、カカシ先生と付き合うのやめる、ってば…」

頭の中で何度も繰り返し、そのたびに胸がズキズキ痛んだその言葉はするりと外へ飛び出した。

「え…、」

「ぉ、俺!別にカカシ先生の事好きじゃない!先生が言うから仕方がなく付き合ったんだってばよ!」

カカシが何かを言う前に、用意した言葉を叩きつける。ズキンズキンと痛む心は見ない振りをして、声が震えないように力を振り絞る。

「カカシ先生なんか、迷惑なんだってば。もう家に来ないで!」

顔も見たくないってば、と全てを言い切って、床を睨みつける。

「何、それ…。ナルトはずっとそう思ってたってこと…」

掠れたカカシの声に、全部嘘だから、嘘なんだよと言ってしまいたい。
両目から溢れそうになる涙を耐えて、そうだってばと肯定の言葉をなんとか吐き出した。

「はは、俺の独り善がりだったんだ?迷惑かけて、ごめんね?でも、…もう金輪際関わらないから安心しなよ」

突きつけられた言葉に心が悲鳴を上げる。初めて聞く、カカシの氷のように冷たい声。

嫌だ、と声を出すよりも早くカカシの気配が消えたことにほっと一安心して、ナルトはその場に立ち尽くした。

痛い、心が痛い。

あの優しい人を言葉で傷つけた自分に嫌悪が走るけれど、これで良かったのだと言い聞かせる。カカシ先生なら女の人が放っておかない筈だから。自分よりももっとずっとカカシ先生に似合う人を見つけて欲しい。

今まで一緒にいてくれてありがとう。

心からそう思うのに、止まらない涙に心底困った。





ねぇ、ナルト。あんた大丈夫なの?と声をかけてきた桜色の少女に、ニカっと笑って何がだってば?俺ってばちょー元気、とブイサインを作りながら答えるのはこれで何度目になるのか。

いつもは憎まれ口しか叩かない黒髪の少年も無理するな、ウスラトンカチと話しかけてきた。

泣きそうになるぐらい暖かい仲間。心配してくれてありがとう、俺なんかがそばにいてごめんと心の中で呟いて、雑草を毟りとった。

一方的に別れを切り出した次の日から、カカシは里外任務に出向いていた。暗部に所属していたカカシは常々高ランクの任務が舞い込んでいたが、教え子がいるからと断り続けていたことは有名な話だ。

それが急に仕事を引き受けるようになったことで、第七班の担当から外れるのではないかという噂が囁かれている。

俺が顔も見たくないって、言ったから…。

同じ班でいることすら嫌になったのかもしれない。

嫌われた。

ツキンと痛む心に自分は悲しむ資格など疾に放棄したのだからと痛みをなかったことにする。

あれからすでに二週間。
色褪せた世界はゆっくりとナルトから離れていく。

「おーい!集合!」

合同任務をしきるアスマの声にハッと振り返り、額ににじみ出た汗を拭った。

今日はここまで、明日も同じ時間に集合するようにと告げるアスマへ一斉にブーイングがでる。

もうこれで草引き3日目じゃない!もう嫌だー!という言葉にナルトももうウンザリだってばよ!と声を荒げた。

「こらこら、これも立派な任務でしょー」

散々文句を言っていた声がピタリと止まり、全員が揃ってぐりんと後ろを振り向けば顔の下半分を隠した忍がやぁ、と手を挙げた。

カカシ先生、と呟いた声は微かすぎてイノとサクラの声にかき消された。

元気だねぇ、お前たち、とのんびり呟きながら視線を動かすカカシを食い入るように見詰めるナルトは、カカシにスッと視線を外されたのに気付いた。

サクラとイノがカカシにどこに行っていたのかと問い詰めるのをどこか遠くに聞きながら、自業自得なんだと、こうなって当然の事をしでかしたのだと言い聞かせる。

自分から切り捨てながら未練たらしく銀色を目で追いかける。なんて浅ましい。
こんな自分に吐き気がする。

「…ぃ!おいっ!大丈夫か?」

「ぇ?あ、大丈夫だってばよ?」

ぐっと腕を捕まれたことで思考の迷路から抜け出せたことに密かに感謝しながら、シカマルに向かって腹が減ったんだってばよー、と笑う。

どこか痛々しそうに見つめてくるシカマルにどうしたってば、と聞けば何でもないと首を振られる。

変な奴と指差してかった後、俺ってば帰る!じゃあね、と走り出した。

ほんの少しでも二週間ぶりに見ることの出来たカカシを嬉しく思いながらも、スッと反らされた視線に心が痛んだ。

俺ってば本当わがままだってばよ。

家についてからそっと呟いて、苦笑する。
無意識に窓の鍵を開けっぱなしにしているのは、いつカカシが来ても良いように


もしかしたら来てくれるかもしれない、なんて甘い幻想を抱いて二週間。一度も来てくれたことはなかったけれど。
もしかしたら今日は、なんて無意識に考えだしていて、ナルトは頭を勢いよく振ってその考えを追い払った。

この部屋には優しい思い出が詰まりすぎている。キッチンもお風呂もベッドも、
どこもかしこもカカシとの思い出の場所で。
大切な思い出達は今のナルトには辛すぎた。

「外、出るってばよ…」

窓も扉もしっかり施錠して、闇色に染まり始めた森に向かう。誰も受け入れない死の森は誰も拒まないことをナルトは知っている。

鬱蒼と生い茂る木の中に体を横たえて、空を見上げる。半分欠けた月はそれでも柔らかい光でナルトを包む。

あぁ、カカシ先生みたいだってばよ。

ナルト、と優しく名を呼ぶ彼の声をそっと思い出しながらナルトは目を閉じた。






今日の任務は大変だよ、なんとここの草引きです!なんてやっぱり2時間遅れでやってきた上忍は目を細めながらそう言った。

えー、またぁ!もう嫌です!なんてサクラが文句を言えば、カカシは仕方がないなぁ、と頭を掻きながら、終わったらどっか連れてってあげるよ、なんて珍しくご褒美を提示した。

やったぁと喜ぶサクラと一緒にナルトも元気よく一楽がいいってばー!と声を張り上げてみる。

はいはい、良いからさっさと始めなよ。終わんないよサクラ、と言われて、慌てて草引きに取り掛かる。

お昼休憩もそこそこに、一心不乱に頑張った成果か、日が暮れるより大分早く終えた三人にカカシはやれば出来るじゃないと感心したように言った。

じゃあ行きますかね、サスケはどこ行きたい?とカカシが聞けばサスケは、俺は…いや、どこでもいいと珍しくそう答えた。じゃあ、サクラは?と先頭を歩くカカシに向かって、ナルトはあっ、とデカい声を出した。

「俺ってば、イルカ先生と約束してたんだってば!」

忘れてた、と言えば何よそれ、あんたカカシ先生が奢ってくれるなんてめったにないわよ、だから一緒に行くわよと引き止めるサクラにごめんってばよ、3人で行ってきて。じゃあね、またね!そう言って背中を向けた。






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