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甘苦


「エイズで死ねばいいわ、このホモ!」
 給仕と支配人が一人、彼女の差別的な台詞に一瞬怯んだが、支配人が一歩踏み出した。
「お客様…」
「ああ、彼女は帰るそうだから」
 彼女は真っ赤にした顔を徐々に白くして、しまいには青くなった。
「離婚届けは出しておくよ」
 荒々しく踵を返す彼女を見ずに言うと、支配人がやや非難的な視線をくれた。
 誰もが息をひそめ、無関心な振りをしながらこちらの様子を伺っている。
 残った温野菜を片付けると、支配人が呆れ顔で静かに溜息を吐いた。
「───お客様」
「デザートにしてくれるかな」
 冷静を保ってキッチンへ向かった給仕のあとに続いて、乱れた皿やグラスを持って行こうとした支配人を
「今橋さん」
 と呼び止めた。
 きちんと整えられた黒服に真っ白いシャツが好対照の彼は、やや怪訝な顔で振り向くと
「はい」
 とやわらかな声で答える。
「僕は出入り禁止になりますか?」
 問うと、彼はなんとも言えない表情で微笑んで、
「今後は女性の方とのご来店は、お断りさせていただく場合もございますかと」
 僅かに身を寄せてひそりと囁いた。そのシャツの胸元からほんのかすかに清潔な石鹸の香りがして、ひどく満足した気分になる。
「なるほど。まあ、今後女性と食事には来ないと思うけれど」
 ふふ、と笑って、彼に向かって目を細めてみせる。彼は困った様に微笑み、会釈をして背を向けた。
 来店の度に見掛けて、その優しい微笑と三十半ばを過ぎてなお美しい容貌の虜になった僕は、彼のほっそりした後ろ姿を存分に見送る。
 身軽になった夜。
 運ばれて来たカフェ・アフォガートは、とろけて、甘く、はかなく、苦い。
 まるでこれから始める日々の様だと僕は満足した。






匿名さんリク
「別れ話夫婦と支配人、夫(年下)→支配人(36)片思い」

こ、こんなで…どうでしょう?
むしろ食事シーンに力を入れすぎた感100%(失笑)



20051104 鈴木さら
(11.03に2万達成でした。ありがとうございます!)





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あきゅろす。
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