R-10N
ある朝、コーヒーを飲みながらニュースサイトを流し見ていた井ノ内は、機械音声が読み上げた内容に耳を疑った。
震える手がやっとの事でテーブルにコーヒーカップを置く。嘘だ、と呟いて、慌てて部屋を出た。
人間が睡眠を取るように、アンドロイドも眠る。大抵は働く施設内部にそれ用の部屋があり、アンドロイド達はそこで決められた時間、システムをダウンさせ、同時にメンテナンスも行う。
井ノ内が会社に辿り着いた時、社員出入口では警備のアンドロイドの夜勤と日勤が交替した所だった。
「おはようございます。お早いですね」
毎朝会う彼は少し不思議そうに人間じみた挨拶をしたが、井ノ内はIDをかざして早口で尋ねる。
「外商部の井ノ内武美だ。リオンは起きているか?」
「リオン…?」
わずかに顔をしかめたアンドロイドに井ノ内は苛々と捲し立てる。
「事務課の、R-10Nだ。今どこにいる?」
「ああ、R-10Nでしたら、起きていますよ。事務課で作業中です」
「ありがとう」
清掃マシンが動く音の他にはほぼ無音の廊下に、井ノ内が走る足音は響いた。
事務課の入口でIDをかざし、名乗って声紋を認証させる。所属と異なる部署に出入りする時には必ずしなければならない認証だった。
ドアが開くのも待てずに、井ノ内は開こうとする隙間に無理やり身体を捩じ込んだ。
あるはずのない物音に、リオンが立ち上がった。
「……井ノ内さん?」
ずかずかと近付き、井ノ内は淡い水色のワイシャツの肩を掴んだ。
処理能力がついてこないのか、それとも対応のマニュアルを検索しているのか、リオンは無防備に井ノ内を見上げている。
「───知ってたのか」
押し殺した声に、リオンは唇を開いた。けれど何も言えずに、どこか悲しそうな顔をする。
これが人間じゃないなんて、と井ノ内は震える手を必死で抑え、
「知ってたんだな」
また、低く言った。
リオンは観念したように小さくうなずく。
「───どうしてだ!」
不意に声を荒げた井ノ内に、リオンはびくりと身体を震わせた。
「どうして…!」
嗚咽するように、叫ぶように、井ノ内は声を振り絞る。目を伏せたリオンは、自分の肩を掴む井ノ内の手にそっと触れて、ごめんなさい、と囁いた。
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