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R-10N


 知識は大量に積まれているが感情は置かれた環境によって学習するのだという。
 様々な感情を学習するが彼らが暴走しないのは、制御システムが完璧だからだ。日本の開発チームが世界に誇るシステム───大学で井ノ内はそう学んだ。
 リオンはどちらかと言えば初期型に位置するが、その微妙な仕草や声は、まるで人間の様に見える。
 井ノ内は、リオンのうっすらと青味がかった人工眼球に真っ直ぐみつめられ、どきりとして目を逸らした。
 ほっそりした身体は───全身が人工のものだとわかっているのに、唇は甘そうで、指先は繊細だ。
「わ、…」
 廊下の角を曲がった所で、向かって来ていた女子社員の一団にぶつかり、リオンと井ノ内はほんの一瞬、揃って壁際に重なった。
「きゃ、ごめんなさい」
「すみません、大丈夫でした?」
 重なった身体のしっとりした重みに、井ノ内は内心焦りながら
「ああ、大丈夫。あんまり広がって歩くと危ないから、気をつけて」
 冷静に、と自分に言い聞かせて彼女達に微笑んだ。その手はまだ、偶然を装って頼り無げな肩を抱いている。
 薄く、細い身体。けれど、確かに存在する重さ。
 頬に触れた細い髪───
「…大丈夫、かい。…リオン」
 まったくこれじゃ変態じゃないか、と半ば反省しながら井ノ内は言った。
 少しばかり乱れた髪を指で梳いて、リオンは
「はい。ありがとうございます」
 とにっこり笑う。
 あまりに純粋で透明なその笑顔に、井ノ内は暗い下心を恥じて俯いた。


 新人の頃に見掛けた彼に、井ノ内は一瞬で目を奪われた。たおやかという言葉そのものだった。
 元からの仕様でにこりともしないアンドロイドは少なくない。だがリオンは、いつもどこかほんのりと寂しげな微笑と雰囲気をまとって、そこにいたのだ。
 気になるんだと言うと、同僚達は大笑いした。ロボットが気になるなんて疲れてるんじゃないのか、と。
 井ノ内は苦々しい顔をしながら、それでも笑ってやった。むきになって言い返すと、リオンの立場を悪くするような気がしたからだ。
 流通の裏で、アンドロイドが性的商品として扱われていた事件が発覚したばかりの頃だった。
 感情を抱いてはいけないのは人間の方だ、と井ノ内は自らを戒めて心に誓った。
 もう二度と、誰にもこの想いを告げまいと。




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