Heaven is a place on earth
大口を開けてあくびをすると、そのくちもとをばしりと叩くように塞がれた。
勢い余ってその手に噛み付くと、今度は頭を叩かれる。
「痛いな。何するんだ」
「こっちの台詞だ。
牙が見える。場所を考えろ、公爵。お前が知ってる古き良き十八世紀はとうに過ぎたんだ」
「わかっているとも。今は二十一世紀で、ここは、ええと? バーミンガムだったか? ベルサイユか?」
「冗談なら面白くないぞ」
「皮肉と言ってくれ」
レッドカーペットがシャンデリアに反射する。とにかくなにもかもが眩しくて、目を細めた。
私の知っている本当の上流階級とは程遠い、アメリカナイズされた上流民が、良く冷えたシャンパン片手に笑いさざめいている。
「……駄目だな。『セレブ』なら食えるかと思ったんだが」
隣りを歩く男は私の台詞に苦笑する。
「お前は好みがうるさすぎるんだ。菜食主義者は血があっさりし過ぎ、太っているのも、喫煙者も駄目、薬は問題外」
「過度なスポーツをやる奴も、美容整形をしてるのも駄目だ。サプリメントを常用してるのも、そう、ロックやパンクを聞くのも」
「今時流行らないな」
「ごく普通を望んでいるんだがなあ」
「だから今時それは普通じゃないのさ。それこそ育ち切らない子供…」
「子供は駄目だ。それが一番駄目だ」
生ハム付の野菜サラダからハムだけをつまむと、睨まれた。
「誰も見てない」
「そういう問題じゃないだろう」
この口やかましい男は私の古くからの友人だ。
濃い灰色の髪に金の目───察しの通り狼男で、少し北米の血が混じっているが、ベースは日本だ。
絶滅したはずのニホンオオカミ最後の一頭は、アメリカのセレブのハロウィンパーティでシャンパンを飲んでいる。
シュールだ。
「帰るか?」
私はうーん…と唸って、最後に一度だけ会場を見回した。やっぱり駄目だ、と肩をすくめる。
「クロークに行ってくる。その辺りからふらふらするなよ」
子供に言い聞かせる調子で言われたが、いつもの事なので気にはならない。
「わかってる」
壁の隅に寄って、私はおとなしく待つことにした。
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