残光の国V
具合が悪いのをごまかし誤魔化し。
機嫌が悪いのをごまかし誤魔化し。
人生は虚飾だ。
うつろな、かざり。
私達二人にぴったりじゃないか。
「───隣に座ってもいいかな」
頭の真ん中辺りに響く低音に黒湖は閉じていた目と意識を開けた。
地味なスーツだ。もっと小洒落たものの方がその男には似合いそうな気はするが、それも似合わない訳ではない。
男は返事を待っている。
どこかで見た顔だ、と黒湖は思いながら、成人男性が三四人は座れるソファを見た。許可をするも何も、ない気がする。
「……どうぞ」
鷹目は自分を見上げたその目の色に、内心、宝物でも見付けたような気持ちになる。
金と茶が複雑に混ざる、ひどく美しい瞳。奥に、深い虚ろの闇色。
「では、失礼」
男があまりに近くに座ったので、黒湖は少しうんざりして足を組み直す。
途端にすうっと指先から血が引いたようで、黒湖は息を詰めた。
いつもの、だ。
いや、いつものより、少しばかり激しいくらいの。
首のあたりからぐらぐらしだして、目眩がする。
魔法を探して伸ばした指は何も掴まない。
ただ焦る。
ソファに爪を立てた。
「───きみ、」
苦しげに背中を屈めた黒湖に、鷹目は慌てて手を伸ばした。
「……、ぁ…」
喉から振り絞ったような声に、一瞬どきりとする。
「きみ、どうしたんだ……
待て、今、…」
先生を呼ぼう、と言うと、いい、と言うようにかぶりを振る。
だからせめて、鷹目はその背に手を当て、膝を強く握っていた彼の手を自らの手で包んだ。
不意に、驚いたように顔を上げる。その表情からほんの少しだけだが苦しさが消えていたので、鷹目はほっとして微笑んだ。
どこか眠たげで、野心を抱えた、美しく、虚ろな瞳。その目に、魔法なしで自分を治めた男を映しながら、黒湖はやっと男の名を思い出した。
「……、鷹、目」
その猛々しい目が表わす名。
その時やっと、互いの目に、相手が映った。
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