恋をするなら(鋼ロイエドパラ
雨の夜更けだった。
2LDKのリビングで、増田はぼんやりと深夜のマイナー映画を眺めながら三本目の缶ビールを空けようとしている所だった。
映画は三流のホラーで、始まって三十分でオチが見えたが、バラエティを見る気にもならず、増田は主人公の女が殺人鬼に追われるのを無感動に見続けていた。
ビールを飲み干して、ピスタチオをつまむ。
殺人鬼と女が息を潜める。
唐突に、インターホンが鳴った。
さすがにびくりと肩を震わせた自分を少し笑って、増田は深夜の来訪者に向かって不機嫌そうな声を出した。
「───はい」
《あ………っ》
幼い、小さな声だった。
いたずらか。それにしても、子供が外をふらふらしていて良い時間でもない。
《あ、あの、…っ、》
咎めるような声を出しかけて、増田はとどまった。
《……Mr.マスダ……?》
間違いない。顧問弁護士・江陸氏の息子、エドワードだ。
「エドワード、きみか?」
《Yes! I…》
「今行く。そこにいなさい」
濡れ鼠で、エドワードは震えていた。
「傘はどうした! いや、そんなことはいい。どうしたんだ、きみは…!」
早口に捲し立て、エドワードを中に引き入れる。
「マスダ…」
「話は後だ。風呂に入れ。すっかり冷えているじゃないか」
半ば引きずるように風呂場に入れて、どうせだからと服のまま頭からシャワーを浴びせた。
「Oouch!!」
冷えきった肌に降り注いだ湯にエドワードは悲鳴を上げたが、増田はかまわず細い肩を強く掴んで、立ち上ぼる湯気に少しだけ目を細めた。
「静かにしたまえ。何時だと思ってるんだ」
「………」
うなだれたエドワードの手にシャワーヘッドを持たせて、増田は
「着る物を探してくる。…もう少し温まりなさい。服は脱いで、洗濯機に……」
言って、一度口をつぐんだ。薄い肩が、まだかすかに震えていた。
「……エドワード」
今度は思ったより優しい声が出せて、増田は内心ほっとした。子供の扱いはわからない。
「私は怒っていないよ、エドワード。…心配しているんだ」
上目遣いに見上げるごく薄い茶色の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。増田は慌てて、俯く少年の目線まで身を屈めた。
「その、日本は海外に比べて治安が良いと言っても、夜中に出歩くのは危ない。最近は変な事件も多いんだ。しかも外は雨。───怒っているわけではないんだよ、エドワード」
言い含めるように言ってやると、ほんの僅かにうなずいた。
部屋に戻って、濡れてしまったパジャマを着替え、エドワードが着れそうなものを探すが、どう考えてもあるわけがない。
仕方ないのでタオルと一緒に、紺色のパジャマの上下を脱衣所に置いておく。
しばらくして出てきたエドワードは、あきらかに大きすぎるパジャマの袖や裾をまくって、少しばかり自尊心を傷付けられた、という顔をしていた。
「…似合うじゃないか」
増田が笑うのをこらえているのを恨めしそうに睨んで、
「……Thanks」
エドワードは苦々しく呟いた。
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