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雨の夜には
 


「Ca va?」
 ずかずかと部屋に入ってくるなり男はよく響く声で言った。声を出すのも億劫で黙っていると
「ハウ、アーユゥ、ダーリン」
 からかうのもいい加減にしろ。言いたいが、薄目を開けてせいぜい冷たい目をしてやるのが精一杯だ。
「……無茶するからだ」
 今度は苦笑いするようにぽつりと呟いて、ひやりと――ほんの少し冷たいだけの指が、やけに心地良い――首筋に触れる。
 つい、瞼を閉じた。
「お前、今、自分が何もかも半分になってるってちゃんとわかってるのか?」
 ああ、わかっているとも。いやというほどわかっているとも。
 戦争に負けて、西と東に引き裂かれて、俺はかつて無いほど地の底にいる。
 望んだ場所は、手に入ることはなかった。
「……まだ若いのに気ィばっかり張ってるからだ」
 心地良い手。いつまでも触れていてほしいなんて、馬鹿げた事を思う。
 ああ、身体が怠い。
「……フ、ランス」
「…うん?」
「雨が、降っているか」
「雨? ああ、外は霧雨だ」
 雨か。
 ああ、それなら仕方ない。
「……フランス」
「……ん」
 この微かな頭痛も、微熱も、きっと、雨のせいだ。
「フランス…」
「…雨だからな。止むまでここにいてもいいだろう?」
 返事のかわりに、手を伸ばして、顔を近付けさせる。
「……雨、だから、な」
 触れた唇が、程よく冷えていて、俺は少し夢中になった。















その後。










 急にどうしたっていうんだろうか。
 こいつがこんなに弱気なのは初めて見る。
 雨だから、と囁いた直後に口づけられて驚いた。
 目がどこか虚ろだったが、身体が近付くとぼうっとした熱を帯びているのがはっきりわかった。
 体調が悪い相手に悪さはできないよなあ、と思っていた俺に、更なる衝撃が襲う。
 は、と熱っぽい息を吐いたドイツはそのままもう一度唇を重ねると、今度はゆるく開いて俺の唇を食んだ。
 どうしちゃったのお前。
 聞きたかったがそれも叶わない。なにしろ、今度はゆっくりと舌を差し出したのだ。
 粘膜が熱い。やっぱり少し熱がある。
 湿った水音。鼻から抜ける弱々しい声。
 このまま美味しく頂いてしまうのもよかったが、それは理性を総動員して否決する。
 そっと、名残を惜しむように口づけを中断して
「少し寝ろ。……雨もしばらく止みそうにない」
 そう、何故かそこはひやりと冷たい金髪を撫でた。





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