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far away(鋼-ロイブロパラレル


俺を
さらって逃げて。
あなたとなら
どこだっていい。


 *far away


「え…」
 真剣な顔で言われた言葉に、デニーは言葉を失った。
 聞き間違いでなければ、目の前の彼は
「結婚を前提に、見合いをするんだ」
 ああ、聞き間違いではなかった、とデニーは俯いた。しかし、ロイは真っ直ぐに見つめる目を逸らさずに続ける。
「私は…結婚などする気は無い。
───断るつもりだよ」
 デニーは代々マスタング家に仕える使用人一家の次男だ。マスタング家の次期家主であるロイの、幼い頃は遊び相手として、成長してからは世話係として長年を過ごして来た。
 しかし、二人の間にはいつしか使用人と次期家主という関係を越えた感情が生まれていた。
「でも、…旦那様」
 デニーが顔を上げると、やや長めに揃えた蜜色の金髪がぱさりと揺れる。
「大旦那様が、お許しにならないでしょう…?そんな、…結婚しないなどと」
 ロイはデニーに、デニーはロイに。
 二人は互いに熱い想いを抱いていたが、口には出せずにいた。
「……デニー、お前は、…私に」
 見つめるロイの視線と、デニーの視線が絡んだ。
 ロイが長年秘めていた禁忌を、とうとう冒そうとしているのがデニーにはわかった。
 しかし、デニーはそれを止める術を知らぬ様に、ただロイの熱を帯びた黒い瞳をじっと見つめる。
「私に、…知らない女と結婚して欲しいのか…?」
 言いながら、ロイはデニーの美しい金髪に手を伸ばした。デニーが口を開いて、ためらう様にまた閉じた。
「…デニー」
 答えを促す様にロイが呼んだ。甘い声だった。
「……いいえ」
 小さな声が薄い唇から零れる。デニーの頬にそっと触れたロイの手に、自分の手を重ねる。
「…いいえ、…結婚なんか、…しないで下さい」
 デニー、とロイが囁く様に呼んだ。
 きつく、強く、抱き締められる。
「デニー…」
 耳元で呼んだ声に答えるように、ロイの背中に腕を回す。
「───ロイ…」
 と、陶器の砕ける音が二人の抱擁を引き裂いた。
 開かれた扉の横に、執事のエドワードが青い顔で立ち尽くしている。足元には割れたポットから零れた紅茶が染みを広げている。
 そしてその後ろには、ロイの義理の母であるラストが、険しい顔で立っていたのだった。



 鐘が鳴っている。祝福の鐘が、遠くで───


「いい加減その不機嫌なツラをおやめ下さい、ぼっちゃま」
「…ぼっちゃまはやめてくれエドワード…」
 真っ白いタキシードの胸に薔薇の花をさせて、ロイが眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
「辛気くさいツラもおやめ下さい」
「エドワード…」
 テールコートの裾をぴらぴらさせながら、執事のエドワードは絹の白手袋を差し出す。
「……あきらめたらどう?」
 この、ロイよりも若い執事を雇ったのはロイの父だ。
 こ生意気だが、優しい。父の目は確かだ、とロイは思う。
「無理な相談だ…」
 あの日、ロイとデニーが抱き合うのを目撃したのがエドワードだけだったなら、話は今より丸く収まったかも知れなかった。
 しかし、ロイだけではなく使用人達とも折り合いの悪い義母のラストがその場に居合わせた事が、不幸に直結した。


「離れなさい、ブロッシュ」
 ラストの声にデニーがびくりと震えて、慌ててロイから離れようとした。だが、ロイは抱き締めた腕を解かなかった。
「ブロッシュ」
「何か御用でしょうか、義母上」
 ロイは低い声で挑戦的に言った。ラストが忌々しげに顔をしかめる。
「結婚を前にしている身だというのに、そんな下賤の者に何をしているのです」
 ラストの台詞にロイが顔を険しくする。
「彼を貶める様な発言は謹んでいただきたい」
「下賤を下賤と言う事に何か問題が?」
「貴様…」
 ロイがぎっと歯を噛み締める。
「お、…おやめ下さい、奥様…」
 エドワードの弱々しい声をラストは鼻で笑った。
「あなたが恥知らずで無いなら、今すぐここから出て、二度と我が家の跡取りを誘惑しない事ね」
「ラスト…!」
 激昂しかけたロイを、青褪めたデニーが押しとどめた。ロイがデニーを見ると、ふるふると頭を振る。
「……っ」
 そろそろと抱擁を解いたロイの腕から、デニーは静かに抜け出した。
「…っ、デニー…!」

 デニーは、振り向かなかった。


 そして今日、ロイはたった一度しか会った事がない女性と結婚式を挙げる。
「…エドワード」
 花嫁の様子を見に行っていたエドワードが戻ってくると、ロイは硬い声で呼び掛けた。
「…デニーは」
 エドワードは微かに頭を振る。
「奥様がおっしゃった通り。…参列も許されてません」
 ロイは神を罵る言葉を小さく吐く。渦巻くのは後悔ばかりだ。
 暫くの沈黙のあと、エドワードが口を開いた。
「ぼっちゃま」
「だから、ぼっちゃまはやめてくれと…」
「俺はあんた達を嫌いじゃない」
 ロイは俯いていた顔を上げた。エドワードの金の瞳が深い色をたたえて輝いている。
「…ブロッシュを、愛してる?」
 この執事は隠し事が上手い、というのをロイはその時思い出した。
「愛してる?…答えてよ」
 この場に彼が、デニーがいてくれたら、とロイは心から思った。
「愛しているよ」
「…世間から、はじかれても?」
「ああ」
「家も、地位も、全て捨てるとしても?」
「ああ。
全て捨ててもいい。それでも───…エドワード?」
 小柄な執事はとてとてと作り付けのクロゼットに近付いた。
「だってさ」
 き…、と音を立ててクロゼットの扉が開く。
 ロイは座っていた椅子から立ち上がった。 夢を見ている様だった。
「…デニー……!」
「ロイ、…」
 見つめあい、二人はどちらからともなく強く抱き締めあった。


どこまでも
どこまでも。
あなたと ふたりで。


「エドワード、ありがとう…!」
 ロイの言葉にエドワードはひょいと肩をすくめてみせた。
「別に。俺に感謝してる暇があったらさっさと行った方がいいんじゃねえの?」
 裏に馬車があるぜ、とぶっきらぼうに言う。照れているらしい。
「ああ、…この礼は必ず返すよ」
「ありがとうございます、エドワードさん」
「あーもう!いいから行けよっ!あとは俺が誤魔化しとくからさ!」
 窓を開けると、色とりどりの花が咲く庭がすぐ目の前に広がる。ロイは先に庭に出て、デニーに手を差し出す。
 ロイの手を支えに窓枠を飛び越えたデニーをしっかり受け止めて、ロイはエドワードをもう一度見た。
「本当だ。…一生、この恩は忘れない」
 エドワードは、はいはい、とどこか愉快そうにまた肩をすくめる。
「んじゃ、俺がクビになったらぼっちゃまが雇ってくれよ」
 ぱちり、とウインクして窓を閉じる。早く行け、と手を振った。
「…ロイ」
 どこか不安そうな顔をするデニーの上気した頬にキスを落として、
「ああ、行こう」
ロイは力強くそう答えた。

 木陰に隠した馬車の側ではエドワードの弟、アルフォンスが二人を待ち構えていた。
「ああ、良かった。無事に抜け出せたんですね」
 小麦色の髪をした少年がほっと息を吐き出して、嬉しそうに微笑んだ。
「アルフォンス、きみまで…」
「必要そうなものは兄さんと二人で積んでおきました」
 早く乗って、とアルフォンスは二人を急かす。
 アルフォンスが御する馬車は、ほどなくして町外れの街道に出た。
 ゆっくりと止まる。
「色々と…ありがとう、アルフォンスくん」
 小さな御者は、いいえ、と笑った。
「お二人とも、気をつけて行って下さい」
「ああ、また会おう」
「ありがとう、アルフォンスくん」
 馬車から降りたアルフォンスは、ひらひらと手を振って、去ってゆく馬車をしばらく見つめていた。

 がらがらと車輪が回り、町が遠ざかってゆく。
 日が傾き、辺りは薄闇に包まれている。どこからか、春の花の香りが漂って二人を包んだ。
「…寒くないか?デニー」
「大丈夫…」
「───今頃、義母上はエドワードをクビにしているかもな」
 くす、とロイが笑う。デニーは少し顔をしかめて、とがめる様な声を出した。
「笑うなんて…」
「いや、違う。違うんだ」
 夜の帳が降りようとしている。東の空に一番星がちかりと光った。
「頑張って───彼らを雇えるほど稼がないとな」
 ロイの台詞にデニーがそっとうなずく。
 でもその前に、とロイはデニーの肩を抱き寄せた。
「想いを伝えられなかった長い年月を、埋めなくてはね」
 デニーが恥ずかしそうに微笑んで、ロイにキスをする。
 白い、春の月が、二人の行く道を優しく照らしていた。






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