愛の言葉も知らぬまま
ふらふらと、いつもの散歩をしていたイタリアは、偶然通り掛かったバールのカウンターに、見知った相手を見付けてその店に入った。
「フランス兄ちゃん?」
黒縁の眼鏡と地味めな服装で変装のつもりなのか。けれどそのゆるくウェーブした金髪と、地味と言っても品の良い服は紛れもなくフランスのものだった。
フランスはイタリアにそう声をかけられて、一瞬びくりと肩を震わせたがイタリアを見ると
「イタリアか。びっくりさせんなよ。一人か?」
そう、開いていた本を閉じて笑った。
「うん、一人だよ。散歩してたら兄ちゃんが見えたから」
「そっか。あ、おやじさん、こいつに甘めの白とチーズ」
フランス訛りはあるが、しっかり巻き舌のイタリア語でフランスは言う。すぐに、イタリアの前には程よく冷えた白ワインとチーズが置かれた。
「兄ちゃんなにしてたの?」
「あ? あー、まあ、なんだ、読書」
バールで読書? と、イタリアは口の中のチーズのせいでもごもごと訊く。
「うちのカフェじゃ何だか落ち着かなくてな。読書っても、まあ、ちょっと調べものって言うか…」
「へえ、何の本読んでるの? あれ、これドイツ語?」
フランスが自分のワイングラスを傾けている隙に、ひょい、とイタリアがその本を取る。
「辞書だ」
「こら、イタリア」
奪い返して、フランスはそれをイタリアの手の届かないあたりに置いた。
「兄ちゃんとドイツ最近やっと仲良くなったもんね」
「いや、まあ、な」
「おれもドイツ語知ってるよ! He!(こら!)とかWarten Sie!(待て!)とか」
「……お兄さんたまにお前が心配だよ…」
「あ、あとNein!(だめだ!)とか良く言う。
兄ちゃんは何調べてたの?」
イタリアの問いに、んー…、とフランスは黙って微笑んだ。
それから
「ピザでも食いに行くか、イタリア」
「うん、行くー!」
イタリアの気をそらすと、小さなバッグに辞典をさっとしまう。
どこだかに新しいリストランテが出来てそこのが美味しいんだ、と話すイタリアに、そうかそうか、と答えながらフランスは内心苦笑する。
調べはしたものの、ドイツ語で愛の言葉など言えそうもなかった。
絶対噛むに決まってる。
仏&伊
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