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春望(鋼-ヒュロイ?


 花開不相賞
 花落不同悲
 欲問相思處
 花開花落時





 今年も、庭の木は白い花を咲かせた。
 彼が、好きだった花だ。
 毎年、ここから庭の木を眺めては、他愛のない話をした。
「───お茶をどうぞ」
 静かな声に私はゆっくり振り向いて、ほのかに微笑する彼女に会釈する。
「お構いなく」
 ティーセットをテーブルに置くと、彼女は隣りに座った幼い娘に、隣りの部屋に行くようにと言った。
 麗らかな春の陽射に、新緑が宝石の様に光っている。
「───敵を、討っていただいたそうですね」
 彼女の瞳には、紅茶の薄紅色が揺れている。
「ありがとうございます」
 彼女の声は、いやによそよそしく私の心に響いた。私は答えずに、午後の光りに美しく揺れる白い花を見つめる。
「あのお金は、お返しします」
 憎しみではないかというほど、彼女の声は冷たい。
「もう、軍から過分なほどいただきました。お返しします」
 彼女から夫を奪い、娘から父を奪った。
 その機関からの補償金で、彼女らは暮らす。皮肉な話だ。
 いっそ、彼を返してくれと泣き叫ばれた方が、気は楽だったに違いない。
「一度差し上げたものです。お好きなようになさって下さって結構です」
「───あなたはそれが贖罪だと思っていらっしゃるの」
 突き刺すような声に、私はきつく目を瞑る。
 陽の光の残像が瞼に焼き付いて踊る。
「存じていました。あなたと、───主人のことは」
 返す言葉など、あるはずがない。
「これで、二人分の罪を、償ったおつもりですか」
 瞬間、風が吹いて、まるで彼女の声が白い花を散らしたような錯覚を見せた。
 しん、と静まり返った部屋に、私の靴音が響く。
「急にお邪魔して、申し訳ありませんでした」
 彼女は私を見ようともしない。私はそっと頭を下げて部屋を出た。
 風に巻かれた白い花びらは、まるで雪のように舞い上がって、私に降り注いだ。

 他愛のない話をした。
 あの日、あの庭で。
 






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