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女医、社長、弁護士。



「隣りに座るっていうのはね」
 オレンジフレーバーの紅茶にほんの少し砂糖を入れて、黒髪の女医が少し肩をすくめた。
「気を許しあっていないと出来ないの」
 夕方過ぎのケーキ屋は若いカップルや仕事帰りのOLでほぼ満席。弁護士と社長は、長い足と大きな体を居心地悪そうに小さくさせている。
「食べないの?」
 カスタードクリームに細かいオレンジピールが混ざったミルフィーユの、繊細なパイ生地をフォークでさくりと裂いて、女医が二人を見た。
 丸テーブルを囲んで座る。弁護士がまず軽めの溜息を吐いた。
「それじゃあ我々は、互いに警戒しあっているわけかな」
 弁護士の尤もらしい口調に、ふふ、と女医が笑う。何が可笑しい、と弁護士は厳めしい顔をしてみせた。
「円卓に着く理由は何時だってひとつ。首謀者が誰か分からなくする為」
 濃い青の───そのせいで黒に見える視線を、女医はちらりと社長に投げた。
 官能的に深い黒焦茶のチョコレートケーキに集中していたらしい社長は、女医と弁護士の視線を集めている事に気付いて、やっと琥珀の目を上げた。
「………何だ?」
 女医は訝しげな社長ににっこり笑い返して、いいえ、と答える。弁護士は手を差し延べ、
「構わずに堪能すると良い」
 差し障りのない微笑みを浮かべた。
 フォークが、ねっとりとした、濃い甘いチョコレートケーキに埋まる。社長は一口、恍惚に似た表情でそれを咀嚼すると、次の一口を運んだ。
 滅多に見せないやわらかな表情の社長を、弁護士は他のものは何一つ見えていない様子で見つめている。
「…私達には、このくらいが丁度良いのだわ」
 頬杖をついて、そっと呟いた女医の声は、どちらも幸福そうな二人には届かなかった。





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