[通常モード] [URL送信]
残光の国W


 時折出会うだけの仲。
 そうして隣り合って座って、ごく短い会話を交わすだけの仲。
 それ以上に何がある?
 ───望む事は怖い。
 この手からすり抜けて行ったものを知っているから。




「顔色がいいのじゃない?」
 黒髪の女医は開口一番嬉しそうに言った。
 あまり笑うと顔を横切る傷が引き攣るので、黒湖はただ唇を歪めるだけにする。
 アイボリーのシャツと黒に近い濃焦茶のスーツ。ネクタイはない。
「休みを取った。昨日と、今日は」
「あら」
 女医が本当に驚いた顔をするので、黒湖はますます唇を歪めた。
「昨日は、一日中眠っていたから顔色もいいだろう」
「ええ。とても」
 自分の目を指差して、
「クマが消えてるわ」
 彼女がそう微笑すると、黒湖は座った椅子に身を預けて、何か思い出すような顔で目を閉じた。
 すう、と空気が引き込まれるように沈黙が満ちる。
 黙ったまま見つめていると、薄目を開けた黒湖がゆるゆると、聞いた事もないようなやわらかい声を出した。
「彼が、───そうしろと、言った」
 そうしてまた緩やかに目を瞑り、肘掛けに投げ出していた手を組む。
 彼、というのを女医は誰か知っていたが、黙って、黒湖が口を開くのを待った。
「…真面目な顔をして、秘書に抗議する、と言いやがった」
 まるで子供のように安らかな微笑を浮かべ、愛しいものの名を呼ぶように呟いた黒湖に、女医はふふ、と小さく笑う。
「…素敵な、お友達が、できたのね」
 女医の台詞に、黒湖は小さく頷いた。

 言い出せなかった事があった、と黒湖は夕日に包まれた待合室でぼんやり思い出した。
 しかし、とても言い出せるような内容ではない、とも思う。

 ───離れられなくなる。
 そんな、痛々しい予感だった。







[前][次]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!