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メモリア(ゴッ輝-倉北




 あなたを忘れて
 幸せに と、
笑って。


 メモリア


 眠るたびに、明けない夜を思うのだと言った。ただ一度だけ。

「───俺がついてます。倉橋さん」
 俺は若くて、今ほど腕もなくて、年功序列な権力社会の、医療とは呼べない医療に、たった一人で立ち向かおうとしていた。
「若いからって、無理はいけないよ」
 死に至る病の床で、彼は俺に何度も笑いかける。
「大丈夫ですよ」
 清廉なひと。
「そう? でも北見くん」
 痩せた指が俺の頬を撫でる。
 優しくて、いつも、悲しくなる仕草。
「クマができてるよ」
「あ…」
 決定的な治療法が見付からないまま、時間だけが過ぎて行く。研修医の業務をこなしながら、彼の───倉橋さんの病の治療法を探そうと、俺は昼も夜もなく医学書と向き合っていた。
「すみません」
「と言っても、勉強をやめる気はないんだろうね、きみは」
「……すみません」
 いいんだよ、と彼は苦笑する。
「ただ、北見くんはこれから沢山の人を救っていくんだから、こんなところで体を壊しちゃいけないよ」
「普段から鍛えてますから」
「頑固だなぁ」
「すみません」
 消灯後の真っ暗な部屋に、彼の小さな笑い声がわずかに響く。
「嫌いじゃないけどね、北見くんの、そういうところ」
 ひそめた声。
「嫌いじゃないよ」
 乾いた指先が、ふに、と頬を軽く押す。俺は小さく笑って、月明りに浮かぶその人の輪郭を焼き付けようとする。
「僕には、少しだけ心残りがあるんだ」
 眠りに落ちながら彼が言う。俺はその手をそっと握って、静かに訊き返す。
「…心残り、ですか」
「そう、きみに───」
きみに、もう、思い出しかあげられない。
「倉橋さん…!」
 その、死を含んだ台詞に、咎めるような声が出た。
「そんな風に言わないで下さい。…必ず、……必ず、治療法を見付けますから…!」
 彼は薄く開けていた目を閉じて、
「───そうだね」
と、穏やかな声で答えた。
「…寝るよ。きみも、もう休みなさい」
「…おやすみなさい」
「おやすみ」


 誰か。
 誰か。

 まだこの時間には、名前さえついていないのに。

 幸せに と、
笑って。







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