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GUARNIGIONE
「ふーん。つまんねえの」
 篠戸はまた日誌をぱらぱらと捲る。手を止めて、小首をかしげた。
「で?」
 書くのに集中しようとしていた周藤が、あきらめたようにペンを放ってノートを閉じる。
「で?」
 眉間に少し力を入れて、溜息を吐きつつ言ってやる。篠戸がにやりと笑った。
「その後のロマンスがあるんだろ?鞠山がストーカーになる程のロマンスが」
「ロマンス…」
 周藤は苦虫を噛み潰した様な顔をする。


 目を覚ました時、真っ先に鞠山の視界に飛び込んできたのはクリーム色の天井だった。どこからか、かたかたとパソコンをいじる音が聞こえてくる。
 声を出そうとして咳込んだ。誰かがかたりと椅子を引いて立ち上がる。
「──起きたみたいです。…はい、…むせてますけど……はい」
 小さな声。やっと咳が落ち着いた鞠山の視界に、周藤が現れた。
「水です」
 差し出されたコップの冷たい水を飲み干して、鞠山は
「怪我は?」
と、訊いた。
 周藤はその問いに、薄い唇を開いて、迷うように閉じた。何と答えたら良いのか、周藤は知らない。
 怪我をしたのは鞠山で、周藤はただ隊長の指示で鞠山に付いていただけなのだ。
 鞠山はそんな周藤に手招きをする。
 周藤がそろそろと近付くと、鞠山の大きな手が周藤の頭を撫でた。
「怖かったろう」
 ごめんな、と微笑んで見せる。周藤は事態を把握すると、一瞬で鞠山から離れた。
 あ、と鞠山は困ったような顔をする。周藤は微かに震える左手首を、右手で締め付けるようにきつく掴んで、
「───すみません」
と、小さな声で言った。
 物や人に宿る思念や感情や風景を見るのが、周藤の能力だった。
 幼い頃から備わっていたそれは、周藤を内側へ閉じ込めさせる。いわゆる「ひきこもり」になったのは、中学一年の夏だ。
 周藤は、以降守備隊から召集が来るまで、自宅から外へはただの一度も出ていない。
 物はいい、と思う。物には感情が込められている事はほとんど無いから。
 人に触れたり触れられたりするのを、極端に避けた結果のひきこもりだった。人間には強い感情が渦巻き過ぎている。
 周藤は、ほんの一瞬流れ込んで来た、鞠山の中の風景に、目をつぶる。見た事もないような、緑の渦だった。
 おろおろとする鞠山に、周藤は短く
「すみません」
とだけ言って、踵を返した。

「………それだけ?」
「それだけ」
 篠戸は、ああ、と椅子に寄り掛かって天井を仰いだ。
「今時少女漫画でも無ぇよ、そんなの」
 篠戸の呻きを、周藤は構ってられるか、と聞かない振りをする。
「やっぱり男は狩人よ。逃げられると追いたくなるもんなんだなぁ」
 周藤は腹の中で思い付く限りの罵倒を吐く。勿論、篠戸に向かって。
「───巡回の時間だ」
 アラームが鳴り出して、周藤が言う。篠戸がへいへいと立ち上がった。
 守備隊施設内には小さな詰め所が点々と存在し、常時シフトの隊員が詰めている。全ての部屋の壁一面に機械が埋め込まれ、異常があった際には全室で発報する仕組みだ。
「あーあ、暇だよな。泥棒でも入らねぇかな」
「サイバーテロの方がまだリアルだろ」
「サイバーテロな…」
「内部犯行はバレやすいって知ってるか?」
「誰がやるっつったよ。やるならもっと際どいとこやるぜ、俺は」 話しながら角を曲がった時だった。
 篠戸が急に足を止めて、壁際に寄る。周藤もそれに続いた。
「───G会議室だ。使用予定は?」
 ひそめた声で篠戸が言い、携帯パソコンを開いた周藤が首を振る。
「施設内では許可されて無い最新型の音だな…」
 ゆっくりと会議室に近付きながら、篠戸が呟く。聞き流しそうになったが、周藤は聞き返した。
「…何の」
「パソコン」
 その横顔には、うらやましい、とくっきり書いてある。
「くそ、誰だ。没収してやる」
 篠戸はパソコンを愛し、インターネット世界を愛し、情報を愛するあまりに高度なハッキングを繰り返して、最終的にはその腕を買われて特殊隊に入隊した男だ。
 ID認証式の鍵は、音も無く開く。
 電子銃を構えた二人は、一気にドアを開けた。
 金に近い薄茶の頭がぐるりと振り向いた。
 派手な男だ。制服の、濃い緑のベストとズボンを着ているが、与える印象が全く違う。
「…誰だ?」
 携帯パソコンのセンサーを向けるが、該当は無い。派手な男は、二人に向かってにっこり笑った。
「篠戸くんと、周藤くんじゃないか」
 銃は向けたまま、二人は一瞬顔を見合わせる。
「知り合いか?周藤」
「まさか、誰が知るかこんな───」
 目の色はまるで琥珀のように薄い。にこにこ笑う顔は恐ろしく整っている。
「こんなイカレ」
 周藤がそう吐き捨てるように言う。

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あきゅろす。
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