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「へりくつ」



 めずらしく咳なんかしてるから、教授が背中を向けている間に俺はこそこそ席を移動する。
 田渕は、そりゃもういい男だ。百八十を優に超える背に、隙のない切れ長の黒い目。どう見ても大学生には見えない落ち着き払った態度で、よく綺麗なお姉さん達に逆ナンされている。
 眉間にしわ寄せて苦しそうにしてる表情さえ、なんだか格好良い。
「田渕」
 俺がひそひそ呼ぶと、なにしてるんだ、みたいに睨む。
「飴、いる?」
 いちごみるくの袋をがさがさと鞄から取り出そうとする俺に、田渕はしかめっ面で口を開いた。舌の上には既に草色の喉飴が乗っかっている。
「遠慮すんなって」
 いちごみるくの、丸い三角っぷりと、飴なのにさくさくともろい食感が俺は好きだ。
 一掴み、ノートの横に広げる。田渕は思いっきり俺を睨んでから、諦めたみたいに溜め息を吐いた。


  Sometimes,
  a... little.


「田渕、もう夏も終わるのに夏風邪?」
 不機嫌そうな横顔に言うと、睨まれた。奥歯で飴を噛み砕いて
「冷房とかの菌で喉が腫れてんだ」
「田渕、喉弱いんだ?」
「まあな」
 掠れた声。ちょっとヨレっててもかっこいいから憎らしい。
「夏風邪って馬鹿がひくんだって」
「風邪じゃねえって」
「風邪みたいなもんじゃん」
 口を開いて、言い返せずに苦しそうに咳込む。滅多に見られない田渕の弱った姿に、えへー、と俺が笑うと、涙目のままで睨まれた。
「田渕が弱ってるって、新鮮」
 嫌そうな顔をして、新しい飴を取り出す。いちごみるくじゃない、草色の、漢方配合の良く効くやつだ。
「俺があげたのは?」
 訊くと、鞄のポケットに入れているのを見せてくれた。
「なんで舐めないんだよ」
「効かないから」
 飴を口に放り込み、すげなく言い返されて、俺はふくれてみせる。
「折角あげたのにぃ」
 田渕がやれやれと俯いた。
「お前、責任取れよ」
 きつく掠れた小さな声で言うから、聞き返そうと田渕を見た瞬間、だった。
 飴の───漢方系の薬品の匂いが染み付いた唇が、押し当てられた。
 無理やり入口をこじ開けようとするように柔らかく噛み付かれて、俺はぼんやり口を開く。
 かちり、と前歯に草色の飴が当たった。それから、それを押し込んだ舌。
 魂でも抜かれた気分の俺からゆっくり離れて、田渕はいちごみるくの包みをかさかさ開いた。
 舌に残っていた味といちごみるくの味が混ざって凄い味になったらしい。田渕は顔をしかめて、外方を向いた。
「……いまのなに」
 あ、首が赤い。
「……責任取れよって言ったろ」
 どうでもいいけど凄い味の飴だ。
「…あとでもよかったじゃん」
 呟いた俺にぐるりと田渕が振り向いて、赤い顔で
「今だっていいだろ」
 早口で言った。
 だから俺はそうっと肩を寄せて、にへ、と笑う。
「言えよぅ、正直に」
「なにが」
「キスしたかったからだってさあ」
「馬鹿か。お前が食えって言ったから」
 頭いいのになあ、田渕。
 口下手ってか、へりくつばっかり。
 可愛いんだから。

 ときどき、
 ほんの少しだけ。









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あきゅろす。
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