「窓」
くちづける。
冷たい雨に濡れる目に。
Pioggia-
Finestra
下からの視線で見上げる夜の街は、真昼の様に明るい。ここ数年、公共交通機関しか利用していない俺は、車の振動に吐き気を覚えて目を閉じる。
「なあ」
運転席に声をかける。返事は無い。
「吐きそう」
めげずに言うと、窓が降りた。よく冷えた冬の夜の空気がさっと流れて、俺は深く息をする。
「なあ」
視線をやると、整った横顔。ギヤを変える以外は微動だにしない。
「どこ行くの」
見上げるだけの風景はさっきからあまり変わっていない。
曇った夜空を背景に、けばけばしい看板が流れて行く。
ラジオから天気予報が流れて、今夜は雨になると言っている。
と、繁華街の薄暗い路地に突っ込むように、急に車が止まった。
「…平瀬」
ゆるゆると体を起こした俺に、硬い声が言う。表の通りから溢れる光が、薄く車内を照らす。
「上海に、帰る事になった」
逆光で、そう言った顔は見えない。
「そうか」
だから、俺はそう答えるので精一杯だ。
開いていた窓がするすると上がる。密閉された空気。しんと静まり返った車内に、二つの呼吸音だけが響く。
ぽつ、とフロントガラスに雨粒が落ちた。
「深夜の、船で」
言いたくない事を必死な様子で言う。声が微かに震えていた。
マフィアの中にもエリートってのはいて、そのエリートが身も世も無い恋をした相手が俺で。
フロントガラスの雨粒はもう幾筋も流れを作っている。
「──平瀬」
「なあ」
闇に慣れはじめた目が捕らえたのは、ごく薄い茶色の切れ長の目だった。
悲しい色。
あまりに綺麗な。
「…まあ、仕方ないんじゃねえの。俺、…真っ当な仕事あるし」
本心とは真逆の言葉を吐く。
なあ、言えよ。
さらってでも連れて行くって。
すべて捨てさせるって。
愛してるって。
言えよ。
「──…平瀬」
「もう会えないって訳でもないだろ」
切り捨てる様に言う。
ああ、雨音がうるさいくらいだ。
「俺は、行けないよ。
お前の国には」
呼吸を止めたのが分かった。ただ雨音だけが、ガラスに、ボンネットに、響く。
朝焼けを、薄暗い部屋から見たのを思い出す。
土砂降りの空を見上げたのを。
河川敷で打ち上げられた花火を。
──二人きりで見た風景を。
どれだけ時間が経っただろうか。
長い溜息が隣りから聞こえた。
「シュエ」
名前を呼ぶのは最後だと思った。
唐突に、ばん、と運転席のドアが開いて、黒のロングコートが翻る。俺は慌ててシートベルトを外した。
冷たくて大粒の激しい雨がばちばちとアスファルトに跳ね上げて、音を立てていた。
フロントガラスに──辺り一面に、細い川の様な雨の筋。
「リュウ」
泣いている様な声で言う。
俺は走る様に近付く。
「シュエ」
ずぶ濡れの頬に。
カシミアを纏う長身に。
手を伸ばす。
至近距離で吐く息が白く混ざった。
「───」
さよなら、と母国の言葉で囁いた。
冷たい雨が濡らす唇に、俺は口付けた。
雨に溺れそうな夜。
くちづける。
冷たい雨に濡れる目に。
・+・+・+・+
楽々様へ。
Pioggia(雨)
Finestra(窓)
でした。
楽々さんに2000打の代理リクをお願いして、
「窓」をテーマに。
…って、…あれ?
窓?(汗)
小道具として出した感じです。
なんだか下手な香港映画みたいに…あわわ。
すみません。
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