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Memoria-2.15


「花束を、贈る。
愛の花を」


Memoria-2.15


日本中がバレンタインで悲喜交交な翌日。
嬉しくも特別でもない誕生日。
昨日会社で貰った義理チョコが、まだ封も切られずにテーブルに置かれている。赤い包装紙が、翌日にはいよいよ馬鹿の様で、溜息を吐く。
誕生日休暇がある会社を選んで良かったと不意に思う。
誰にも会いたくない気分で出社するのは憂鬱以外のなにものでもないから。
外は嫌味な程晴れている。
テレビをつけて、チャンネルを回して、結局消す。
目を閉じて、万年床と化したベッドに倒れこむと、いつもの様に、暗闇に記憶が映る。

氷の様に冷たい雨の中、交したくちづけ。
さよならと言った声。

と、自堕落なまどろみをインターホンの音が破った。
花屋です、サトウ様からのお花をお届けに、と若い男の声が言う。
サトウ?と訝しく思いながらドアを開ける。
「失礼しまーす!」
相手の顔も見えない様な大きな花束が現れて、俺はたじろいだ。
差し出されるままに、両手でやっと抱えられるそれを受け取る。
「では、こちらにサインを──」
「ちょ、っと、待ってくれ」
サインもなにも、花束を放さないと両手がふさがっている。
花束は居間に置いて、受取書にサインをする。
「…誰だよ」
伝票には片仮名でサトウユキ、と全く見覚えの無い名前。付属のカードを開ける。

そこに書かれていた、たった三文字の漢字に息を詰めた。
棘の無い赤い薔薇の、鮮やかな香り。

花を贈る。
愛していると。
愛の花を贈る。

「……シュエ」
ユキは俺が教えた。
降る雪だと教えた──
視界が、何故か滲む。
柄にも無い事をしていると、どこかで自分を笑いながら白いカードに唇を寄せる。

瞼を閉じると、くちづけを思い出せた。







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あきゅろす。
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