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ル・スールの王と騎士(前)



 一際強く、夜の風が屋敷を揺らした。王と二人の騎士は暖かく守られた暖炉の前にいた。


 ───その日、刻一刻と悪化する戦況に、王はただ一人で取り残された。
 大臣達も、将軍も、いくら呼べども現れなかった。
 城の外壁を越えて、ダグナルの兵士達が上げるときの声が、空っぽになった城に不気味に響いていた。王は父王から譲られた金の指輪を外して、薄曇りの空から差した太陽に翳してみる。
 風を切る燕が、ゆるゆると光った。その嘴には、ダイヤが埋められた小さな稲の穂。
 豊かで穏やかだったはずの美しい国を、自分が終わらせてしまう───自分を慕ってくれた民達を思い、王は胸を痛めて目を伏せた。
 時を同じくして、ダグナルの兵士達が地響きを立ててル・スールの城へなだれ込んだ。王は、ただ悲しみに支配されながら、金の指輪を握り締める。
「───陛下!」
 鎧を派手に鳴らして、一人の騎士が廊下の端から怒鳴った。淡い色の金髪に、小麦の肌。鎧の肩には鷹の紋が翼を広げている。
「……誰だ」
「騎士のジャグ・リラです。早くこちらへ」
 近付くと、その目が琥珀の様な薄い茶だとわかった。王は差し延べられた手をただ茫とみつめて動かない。
「陛下」
「…私をどこへ逃がそうと言うのだ。
この国はもう終わる。お前も…」
「私は最後まで陛下をお守り致します」
「……私の事はいい」
 ち、と騎士は舌打ちをし
「失礼」
 言い放つと同時に、王をその肩に担ぎ上げた。そしてそのまま走るように歩き出す。
「何を…」
「セルカ!」
 抗議の声を遮って、騎士が怒鳴る。角を曲がった所で、もう一人の騎士が姿を見せた。
「ジャグ、お前何て事を…」
「非常事態だ」
 後ろ向きに担がれているせいで、王からはその騎士の姿は見えない。
「馬を頼む。俺は陛下を」
「生き長らえて何になるのだ!」
 ジャグの肩で王が叫んだ。二人の騎士は黙り、王は床へ下ろされた。
「陛下、セルカ・ウィスタと申します。私達二人は近衛隊直属の騎士です」
 そう名乗った騎士は、黒髪に翡翠の瞳。ジャグとは対照的な、穏やかな物腰だった。
「陛下の御為に戦い、陛下を守るのが我等の務め」
「……ウィスタ…貴族か」
 セルカの胸当には、細かく藤の模様。脈々と続く王宮近衛の貴族の一家だ。
「陛下が生きる限り、ル・スールは滅ぶ事はありません」
「だが、実際はどうだ。民は散り散りに、…大臣も逃げ出して」
 どこかで火の手が上がったようだった。空気に薄く煙が混じり出す。
「それでもあなたは私達の王だ」
 ジャグは言い、また王を肩に担いだ。
「さっき話した通りだ。頼んだぞ、セルカ」
「ああ」
 大人の男を担いで、ジャグの走る早さは驚異的だった。見慣れた城の景色が飛ぶ様に通り過ぎる。
 王は手に握った指輪を固く握り締めた。

 無人の厨房を通り抜けたところで、ジャグは片手で剣を抜いた。
「下ろしてくれ」
「このまま裏庭まで参ります」
 暗に、下ろせば足手まといだと言われた様で、王は口をつぐむ。城の中はすでにダグナルの手に落ちた様だった。この城に敵兵が溢れるのも時間の問題だろう。
 裏庭の大きな茂みの前にセルカの姿を見付けて、やっとジャグは王をその肩から下ろした。
「セルカ、王を」
「ああ。陛下、こちらです」
 がさがさと茂みに分け入ると、蔦に覆われた城の外壁が現れる。そこに人一人がやっと潜れるほどの穴が開いていた。セルカの後に王、その後にジャグが城の外へ出る。
「ダグナルの将軍が真っ向勝負を好む奴で助かったかもな」
 膝の土を払い、ジャグが言う。目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
 セルカは木立に繋いでいた馬を引き、王を鞍に乗せる。栗毛の馬はぶるりと頭を振った。
「───どこへ行くのだ」
 それぞれの馬に跨がった騎士達に王は尋ねた。城を見上げていたセルカの瞳が王を映す。
「とにかくこの場を離れましょう。ジャグ、先導しろ。お前の庭だろう」
 同じく悲痛な面持ちで城を見ていたジャグが、セルカの台詞に少しだけ笑った。
「ああ。はぐれずについて来いよ」
 言うなり、その真黒い馬を駆けさせる。
「参りましょう、陛下。ジャグの後をついて行けば、こなまま国境近くまで行けるはずです」
 森へ入る間際、王は振り向いた。
 城の鐘台から鐘の音が響き、旗が引き下ろされるのを、王は見た。





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あきゅろす。
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