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ル・スールの二人の騎士


 慎ましい屋敷に、亡国の王が一人。ただ彼に仕える事のみを望んだ騎士が二人。
 暖炉の前には片耳だけが黒い白猫。
 嵐は前触れなくやってきた。


 夜が更けて風が強まった。二人の騎士、ジャグとセルカは屋敷中の鎧戸を閉めて回る。二人が持つ蝋燭とカンテラの光が、あちこちで揺れた。
「風の音で寝付けないのだ」
 先に休んだはずの王が起き出して言うので、二人の騎士は暖炉の前に酒や肴を持って来て、強まる風の音を聞きながら少しばかり夜更かしをする事になった。
「カードをいたしましょうか」
「それとも、チェスを」
 一人掛けのソファに座った王の膝に毛皮の膝掛けをかけて、二人の騎士はその足下に腰を下ろす。
「それより、ジャグ」
 膝の上に乗った猫の背を優しい指先で撫でながら、王が言った。ジャグは薄茶の目を上げる。
「…あのエメラルドはどうしたのだ」
 穏やかな声だった。けれどジャグははっとして顔を伏せる。セルカが訝しげにその顔を見た。
「……ジャグ。お前が身に着けていたあの、エメラルドのブローチだ。
…亡くなった母君の形見だったブローチだ」
「陛下、───それは、」
「ジャグ、もしや」
 セルカとジャグの声を、王はやんわり遮った。
「私は、あの日すべて失った。指輪も、国も、…民の暮らしも。
それは、苦しい事だった。お前達だけではなく、皆に苦労をかけた…」
 風が一際強く窓枠を揺らす。
「すべてがダグナルの手に落ちた。だが、セルカ。
お前は、一番美しく一番の働きをした馬をあの混乱の中から連れ出し、お前の家紋が入った金の盾も売って、この屋敷を手に入れてくれた」
 王の、深い森のような緑の目が、緩く頭を振るセルカを映す。
「そしてジャグ。
───私はお前に、何を返せるだろう。
母君の形見と引き換えにしてまで、私を…」
「陛下、…陛下」
「…ル・スールに、私達はたった三人だけだ。
だがどうだ、この国の美しく…のどかな事───
セルカ、ジャグ。
私はお前達に何を返せるだろう……」
 俯いた王の手に、金の指輪が光る。微かに震える手に、二人の騎士の手が重なった。
「我等には過分な御言葉───勿体のうございます、陛下」
「わたくし達は、ただ陛下にお仕え出来れば、それでもう何も」
 すまぬ、と王はいよいよ俯いた。ぽつり、と毛皮に涙が落ちる。
 ぱちぱちと暖炉で火がはぜた。
 嵐がやってきたのはその時だった。






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