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ハッピーバースディ、ミスター・バレンタイン


 閉店時間間際の品薄のショーケースを挟んで、店員がひどく優しい笑みを向けながら
「ご自宅用ですか?」
 と訊くので、俺はにっこり笑い返した。
「いいえ、プレゼントで」
 ───誕生日のだけど。


「三十歳おめでとう!」
「どうも」
 ビールとチキンを前に、嫌な笑顔で俺の台詞に応えた里見は、差し出した袋を見て更に苦笑した。
「毎年毎年、芸がないなあ…」
「好きだろう、チョコレート。今年はスイスのメーカーにしてみた」
「……しかしお前も」
 繊細な飾り細工のチョコレートを一口囓って、里見は立ったままの俺を見上げた。
「うん?」
「毎年、さ」
 言い淀む様に閉じた唇の端に、チョコクリームがついている。
「…バレンタインに一緒に過ごす相手くらい、いないのか」
「その台詞、そっくりそのままお返しする」
「……まあ、確かにな」
 ビールじゃチョコに合わないだろう、と里見は立ち上がった。音量を絞ったテレビではオリンピックの様子が中継されている。
「なあ、里見」
「ん」
 俺より少し、高い位置にある唇に手を伸ばした。
 里見は暗い焦茶の目を真っ直ぐ俺に向けて、ぴくりとも動かずにいる。
 睨み合うような視線を外せない。唇の右端についたチョコクリームを、親指の腹で拭った。
 里見は俺の手首を掴むと、親指のチョコレートに舌を這わせる。
 それから目を逸らして
「不毛だな」
 笑った。






20060214





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あきゅろす。
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