子供じゃないんだ(YLお題
「桜宮!」
到着ゲートで、そう呼ばれて振り向いた所に、勢い良く抱き付かれた。
「……守道」
再会はまるで映画の様だったけれど、スーツのサラリーマンどうしが真剣に抱き締めあってるのは、傍から見たら大層滑稽だっただろう。
「今時トレンディドラマでも無いぜ。空港の到着ゲートで偶然の再会なんて」
「守道、食ってから言え。カレイが飛んできた」
「ん、わり」
口を噤んだ守道は、五年前と何も変わっていない。
女に呪い殺されそうなすべすべした頬と長い睫毛、枝毛も無いさらさらの茶髪。
英語も完璧。ドイツ語も中国語も話す。
「…お前は変わらないな」
「んな事ねえよ。フランスで3キロ太った」
王子的な外見に反して、口調が荒いのも変わらない。
「そっちこそ変わってないぜ、桜宮。ちょっと日に焼けたぐらいだろ?」
「…まあな」
守道と俺は営業部の同期だ。
海外向けのプロジェクトチームに二人揃って抜擢されたのが、入社から三年後の事だった。
仕事の過程で俺は米国に、守道は欧州に。
たまに思い出した様に電話を掛け合った。
そして、他愛ない話が途切れたのが三年前。
「…無事にプロジェクトも軌道に乗ったしな」
守道の声に、はっと顔を上げた。
「…え…」
「人の話は聞けよー」
「あ、ああ。すまん」
咄嗟に出たのが、英語だった。あ、と思ったら守道がにやりと笑った。
「だよな。英語出るよな」
俺も、と子供の様に笑う。
ふらふらする守道を肩に、タクシーを止めた。
「守道、ホテルどこだ? 守道」
正体を無くした守道はうにゃうにゃと何か呟くだけで、俺は途方に暮れる。
「すいません、駅前のグランドホテルまで」
帰国決定が急だったせいで部屋を借りる時間が無く、暫くはホテル住まいになりそうだった。
守道もそうだろう。
俺の肩にぺたりとくっついて、何が楽しいのかさっきから小さく笑っている。ご機嫌らしい。
「……おぉみや〜」
「ん」
「…酒くせぇ…」
「酔っ払いはお前だろ」
少しの沈黙のあと、
「お前、なんで電話して、こなかった?」
舌っ足らずの酔っ払いが英語で唸った。
「俺は、待ってたのに」
タクシーがホテルの前に止まって、俺達は降りた。
「…同じホテルか。お前何号室?」
守道が英語のままだったから、俺も英語で答えた。人に聞かれたくない会話はこうするのが俺達のいつもだった。
「…712号室」
「俺は」
フロントで受け取った鍵を、指先に引っ掛ける。
「701」
静かに上がるエレベーターの中で、先に口を開いたのは守道だった。
「なあ。…俺さ、
……迷惑だったか?」
「は?」
まだ酔っているのか、と言いかけてとどまった。
濃い焦茶の目が、真っ直ぐ俺を見ていたからだった。
「…なんつか、…俺、聞き下手だし」
俺ばっかり喋ってたよな、と苦笑する。
「したら、電話こなくなって……桜宮?」
俺は、手を伸ばす。
絹の様な手触りの頬をそっと撫でる。
「…くすぐったい」
くすくす笑う。
それから、つい、と顔を上げて。
「なあ、桜宮」
掠れた声で。
「…桜宮」
触れただけのキスは、エレベーターが止まる頃にはフレンチキスになっていた。
どうしてか、思い出すのはお前だった。
眠るだけのベッドで。
街角のカフェテラスで。
仕事の、ふとした空き時間に。
思い出すのは
思うのは
いつもお前だった。
子供じゃないんだ。
わかるだろ?
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