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Pera giapponese


 林檎の皮は薄く、梨の皮はちょっと厚めに。
 さりさりと、果物ナイフが綺麗な茶金色の皮を剥いていくのを、俺は田渕の少し俯いた顔と交互に眺める。
 ナイフを伝い、指に伝った透明な果汁が、ぽたり、とテーブルに落ちた。


  きみと俺と秋の部屋


 商店街の八百屋のおばちゃんがおまけね、内緒よ、とくれた梨が二個。白いネットに包まれたそれは、手の平に乗せてみるとずしりと重い。
「貰っちゃった。田渕、皮剥ける?」
「…剥けないのか?」
「うん」
 林檎も柿も梨も俺は大好きだけれど、いつも母親が剥くのを横で見ていただけだ。
 実を言えば、包丁を持ったのも、大学に入って一人暮らしを始めてから。
 ちょうど食べ頃の、あの、薄茶と黄色と微妙に緑が混じる皮。ずっしりして重いのは、果実が瑞々しい証拠だ。
「田渕は?」
「剥ける」
「ほんと? じゃあ、はい」
 紙粘土も上手くまとめられなかった田渕にそんな高等技術があるなんて。
 多少その腕を疑いつつナイフと大きな梨を渡した俺は、一瞬のためらいも見せずに刃を入れた田渕に、少し息をのんだ。
 料理してる最中にちょっかい出すのはやめようと心に決める。俺がさばかれちゃうかもしれない。
「───林檎の皮は薄く、梨の皮はちょっと厚めに」
 俯いた田渕が呟いた言葉に、
「何かのおまじない?」
 と言ったら笑われた。
「林檎の皮の近くにはビタミンCがあるから、なるべく薄く剥くんだ。梨は皮の裏のざらざらした緑のところが渋いから、厚めに」
 そんな事も知らないのかよ、と少し得意げに言う。
 真っ白くて水気をたっぷり含んだ梨は、剥いているとどうしても果汁が溢れる。
 さわやかな、甘い香りが部屋に満ちた。
 ぽた、ぽた、とテーブルに汁が滴る。
 大きな梨のとりあえず半分を剥いてナイフを置いた田渕の手を、俺は捕らえた。
 びっくりした顔をした田渕は、次の瞬間真っ赤になって俯く。
 甘い、果汁が絡む、指先───爪。
 ゆるく、一瞬だけ乱暴に舌を這わせると、そのたび、堪えるように肩が揺れる。
 少し柔らかい肉の付いた指の付根にやんわり噛み付いて、手の平の皺に沿って舐める。
「っ……」
 上がりかけた声を、田渕はぎりぎり手で押さえた。
 俺は田渕を見上げ、薄く笑う。
 田渕は涙の滲む目を伏せて、
「……もう梨も林檎も剥いてやらねぇ…」
 小さな声で呟いた。






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