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ヴィオレント



 記憶がない。
 いや、うっすらとはあるけれど。
 本当に彼には苛々するばかりだ。
「……顔怖いよ、葦上」
 誰が怖くさせてるか教えてやろうか。
 それともいっそ、あらんかぎりの罵倒と本音と真実でひどく泣かせてやろうか。
「…葦上?」
 彼は、十余人のこの精鋭隊をまとめる隊長で、つい一年程前に就任した。
 年の割に幼い顔と、未成熟気味な身体。明るい性格で人懐っこい。
 ───マスコットにはいいかもしれないが、人をまとめる器はない。それを俺は、彼が隊長になって一か月で確信した。
「何かあったなら言えよ」
 一日が、苛々と、余分で過剰な仕事で終わった後に、彼に優しく出来るはずもない。他の隊員は、やや遠巻きに雑談をしながらこちらの成り行きをうかがっている。
 記憶がない。
 うっすらとはある。
 彼が仕事を半分しか出来ないから、残り半分と自分の分で。
 ああ、腹の奥が冷えてきた。どんな酷い事でも出来そうだ。
「葦上───」
「うるさいな。気安く呼ぶな。こっちはもう、うんざりなんだ」
 周りの奴等が固唾を飲んだようだった。
 彼は困ったような顔をして、少しだけ笑う。腹の奥どころか全身がすうっと冷えた。
「あんたも鈍いな。あんたのお守りはもうたくさんだって言ってんだ。早く俺の前から消えてくれ」
「葦上!」
 俺と同じように昔からこの隊にいる中道が言う。俺は嘲笑うような顔をして、中道に向かう。
「お前はいいよ、中道。あと二三か月で民間に下るんだから」
 中道が言葉に詰まったように口を閉ざした。
「でも俺はどうだ。成長のない、学習しないこいつのお守りを、いつまでやりゃあいい?」
 唇の端が引きつるようだ。
「───…解散の時間だ」
 俺の声に、全員が同じように時間を確認して、まとめていた仕事道具を持ち、そそくさと帰ってゆく。
「…葦上」
 煙草に火を点けた俺に、中道がひそりとささやいた。
「羽呉隊長も一生懸命なんだから…あまり、」
「お前がそうやって甘やかして、俺に皺寄せが来てるんだよ、中道」
「………」
「お疲れ。またな」
「……葦上…」
「お疲れ」
 煙草を吸い終わって、さて、と立ち上がる。彼はまだそこにいた。
 どうやらひどく泣かされたいらしい。
 旧貴族出の彼は、家柄だけで昇進する。
 俺は、きっと辞めるまでこのままだ。
 馬鹿馬鹿しい。
 細い顎に手を伸ばすと、派手に怯えて身を引いた。苛っとして、無理やり、顎を掴む。
 殺されるか殴られるかされると思っているのか、ぎゅうっと目を閉じる。
 馬鹿馬鹿しい。
 何もせずにいるとそっと薄目を開けるから、真っ直ぐに見つめてやる。
 ゆっくり、身を屈めて、顔を寄せる。きっとまばたきすら出来ない。
「───接吻でもして欲しいのか、あんた」
 嘲笑と侮蔑。
 かっと頬を赤くして、彼は俺の手を打ち払う。
 馬鹿馬鹿しい。
 なんて馬鹿馬鹿しい。
「ひとを、なんだと…!」
「あんたは使えない飾り物だ」
 赤い顔がさっと青ざめる。
「……っ」
「誰もあんたに期待なんかしてない」
 もう一度、顎を掴んで仰向かせた。
 睨み付ける目を真っ直ぐ見ながら、俺は唇を寄せる。
 驚きのあまり無抵抗の唇を散々蹂躙して、静かに退く。
「…………」
 凍り付いた顔。
 俺は薄笑いのまま言ってやる。
「こんな事くらいにしか役に立たないんだよ、あんたは」
 精々、俺の鬱憤の捌け口になるがいい。
 ひどく泣かされたいようだから、ひどく泣かせてやる。








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あきゅろす。
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