乞願
もう本当に駄目だと思う時、
本当にそう思う時。
最後の力を振り絞って尚、
もう本当に駄目だと思う時。
乞願こひねがふ
机に突っ伏す。薄っ暗い休憩室の机に。
体を投げ出す様に腰掛けたパイプ椅子が軋む。
誰もが疲れ果てて、とりあえず一通り溜息を順に吐く。
鈍い耳鳴りにもう一度溜息。
「明日原くん、大丈夫か?」
一際ぐったりしている大学生の男の子に声を掛ける。もう駄目です、と苦笑する。
溜息か苦笑いか愚痴。口を開いて出てくるのはそんなものしかない。
「くそ。やってられるかっつーの」
開店と同時に仕事が始まって、気付けばもう夕方───夜に近い。
「湊」
疲労が濃く滲む静かな声。名前を呼んだのは石町だった。
湊と石町は、仕事の付き合いでは丸二年以上になる。
仕事に関係ないお付き合いは、まだ一ヵ月だ。
「飯食って帰るか」
「金ねぇよ、俺」
「給料出たし奢る」
言い張る時は、何かある時だ。最初はわからなかったが、最近はよくわかる。
「んじゃ、米食いてぇ」
「定食屋行くか」
「おう」
色気のかけらも無いのが、仕事中の付き合いだ。
それでも、日誌に何か書き込んでいる湊の横顔を見ると、柄にも無くきゅんとする。
恋愛って感じがするのはこんな瞬間だ。
「湊さん、隊長どこ行きましたかね?」
「あ?またいねぇの?」
「いないんスよ。報告あるのに」
「石町、隊長どこ行った?」
「また煙草だろ。どしたよ、文川。俺が後で連絡しとくわ」
「そスか?お願いします」
石町は「軍師」で、湊は「将軍」。二人は会社からもそういう認識を受けている。
石町がいなかったら、と湊は帰り支度をしながら考える。
いつも言葉が足りない自分では、今頃だめになっていたかもしれない。
文川と話し込んでいる石町をなんとはなしに見て、ずるずると床に座り込む。
ああ、気付いて無かっただけで俺は石町を大好きだったんだ。
恥ずかしい、と思いながらそんな事を考える。
お前がいたからやってこれたんだ、と石町が言う。
そんな事ねえ、と湊が返す。
いや、と石町が真面目な声で言って、真っ直ぐに湊の目を見る。
どんなに辛くても、もう駄目だと思っても、お前が隣りにいてくれたから、やってこれたんだ。
それはまるで告白で、口説き文句。
もう本当に駄目だと思う時、
本当にそう思う時。
最後の力を振り絞って尚、
もう本当に駄目だと思う時。
そばにいる。
いてくれと、乞い願う。
[≪][≫]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!