Biscotto-3.11
「チョコには有名店があるのに、クッキーには無いとはこれ如何に」
三月半ばの金曜日。朝から悩み顔をしていた同僚に、残業ついでにどうしたと尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「高崎」
「なんだ春田」
「阿呆かお前は」
「真面目な悩みだぞ」
「バレンタインのお返しに真面目にクッキーで返す奴がどこにいる。どうせ本命宛てだろ」
「まあ、そうだな」
「本命にクッキー返してどうすんだ。土日休みなんだからいくらでも物色できるだろ」
顔良し、足長、金持ち、出世頭…と、天から二物も三物も与えられた、この高崎という男。
ほぼ完璧な男だが、恋人は女ではなく男だ。
しかもバカップル。
「高い飯でも食いに行きゃいいだろ」
「伊南はそういうの嫌いなんだよ」
伊南というのが、高崎の恋人だ。
「んじゃ指輪」
「春田お前、発想が飛躍し過ぎ」
「倍返しが世の理だそうだぞ。丁度いいじゃねえか」
「でもなあ…指輪?」
聞き返しながら、すっきり整った顔がだらしなく緩む。
溜息。
「好きにしろよ。クッキーでも指輪でも食事でも」
「冷たいぞ、春田」
「知るか」
煙草に火を点けた。
高崎はすでにパソコンを閉じ、帰り支度を済ませて、薄手のコートを抱えて席を立った。週末なので他のブースも全部空だ。
「春田、まだ残るのか?」
「電話待ちなんだよ。ついでだから資料整理するわ」
「そうか、じゃあお先に」
お疲れ、と返す。
高崎が出て行くと、途端に時計の秒針の音が際立った。
溜息と紫煙を吐き出す。
「俺に相談なんかするなよ、馬鹿」
静寂に、小さく呟いてみる。
柄にも無い。
好きだなんて言えるか今更。
同僚で、悪友。
それでいいんだ。
言えるか今更。
お前が幸福なら、
俺はそれでいいんだ。
煙草を灰皿に押しつけた。
電話はまだ鳴らない。
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