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恋の行方


 歩幅を拡げて早足で講習室を出、どこか儚い青年の姿を探した。
 青年───長谷はちょうど階段を降りてゆくところで、滝川は思わず
「長谷さん!」
 と声を張り上げた。それから急いで追い付いて、驚いて目を丸くしている長谷に、営業で培ったとっておきの笑みを向ける。
 滝川は軽い足取りで階段を降り、中ほどに立ちすくんでいた長谷の隣に並んだ。通り過ぎる人々の不躾な視線に気付いた長谷が、絹糸のような髪をさらりと揺らして顔を伏せる。
 癖なのか、落ち着かない様子で、頬の辺りに触れる髪を耳にかけるような仕草を何度も繰り返す。
 その指先がまた、美しくて、滝川はぼうっと見入ってしまう。
「あ、あの」
 か細い声が言い、潤むような黒々とした視線が向けられる。
「なにか、…ご用です、か」
 今時、いっそ古風とも言える反応に、滝川はなぜか照れ臭くなった。誤魔化すようにわざと明るい声を出す。
「時間があったら、お茶でもしませんか」
 言ってから、これじゃただのナンパじゃないかと慌てた。長谷も一層困ったような顔をしている。
「ええと、その、」
 言い直そうとしてふと視線を巡らせた先に、ケーキ屋の看板が目に入った。イートインも出来るようで、店先の歩道にテーブルが出ている。
 これだ、と思い付いてにっこり笑いかける。
「すぐ近くにケーキ屋があるんですよ。甘い物食べたいんですけど、一人じゃ入るの照れ臭くて。…どうですか?」
 柔らかな物腰と、けれど臆さない姿勢。誠心誠意を体現するような営業姿勢が滝川の最も得意とするところだ。特に保険外交は信頼が第一。滝川の笑みには自信と、相手に信頼を抱かせる強さがあった。
 上気していた薔薇色の頬が段々と落ち着きを取り戻して、長谷は迷うようにさまよわせていた視線を上げた。
「少し、だけなら」
 良かった、と本心の笑顔を見せた滝川に、長谷はまた慌てたように顔を伏せる。滝川はとん、と一段階段を降り、
「行きましょう」
 笑顔でそう促した。






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あきゅろす。
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